精魔大樹林⑪ 狂い始めた計画の場合 ユースリア・ベルゼビュート
これまで、願いをかなえるためだけに魔法陣を起動させてきた。起動に必要な血は、都度都度、沢山の人間、魔獣を殺した。けれど、魔法陣は一度たりとも起動しなかった。
失敗する度に足りないものは何か考え続け――そして、ようやく理解した。
幾度となく魔法陣の起動を失敗する理由。
それは――
「男に使えない光の魔力が必要だなんて、本当に無駄足を踏まされ続けたよ。まぁ、その事はもうどうでもいい。手に入れた彼女の魔力で補えさえすれば……くふふふふ」
今夜、僕の願いは成就する。長年の夢が現実味を帯びて喜びに気分が高揚する。ひとりでにふふふっ、と笑いが漏れ出す。
「君たちは、僕の言う通りに動いてくれた。けれど、国王たちに僕たちのことを話したのはいただけない」
ニアミュールの光の魔力だけでは足りない可能性がある。だから、パーシリィ・アンスィーラを補助として魔法陣にささげる。侍女、囮に使った女たちは、必要なければ殺してしまえばいい。
薄暗い檻の中から僕を縋るように見る彼女たちの視線を感じる。優越感か、背徳感か、背中がゾクゾクとしている。
「あぁ、その眼……堪らなくそそるよ」
ニヤリと笑い、眼を眇めれば口枷をつけられた彼女たちは、肩を跳ね上げガタガタと震え怯えていた。
と、その時だった。
ブオンと不穏な音を立て結界の一部が崩壊したのを感知した僕は、急いで洞窟から広場に移動した。
「ユースリア様! 大変です。何者かが、ここを囲っています!」
「そう。とことん、僕の邪魔をするんだね。ホルフェスは、まだ戻ってない?」
「まだ、お姿を見ておりません」
「アンスィーラめ、愚図だ、愚図だと思っていたけど、ここまで愚図だとは……」
不安に駆られながら報告して来る下僕の様子に冷静さを取り戻した僕は、まずホルフェスの所在を確認する。ホルフェスには、手ごまとなるはずのアンスィーラを呼びに行かせたのだが、まだ戻っていないところを見るとアンスィーラがごねているに違いなかった。
仕方なく周囲を探査する魔道具を握り起動する。何もない空中――僕の目の前に、ここら一体の地図――平面図が現れ、敵意ある者が赤い点となって映し出された。
「チッ」
予想以上の数の多さに舌打ちしながら、状況をどう打開すべきか考える。
国王がこの森へ入った事は報告で聞いていた。なら、ここらにいるのは全て騎士団だろう。ここにいる下僕だけで騎士団を撃退するのは無理か……。
「仕方ないか、ホルフェス」
言葉に魔力を乗せて腹心とも呼べる男の名を呼ぶ。すると、すぐさま僕の影から黒い鳥が現れ、肩に止まった。
『お呼びですか?』
「あぁ、緊急事態だ。ここら一帯を王国の騎士が取り囲んでいる。その上、結界の一部が破壊された」
『なるほど……』
「アンスィーラはまだかかりそう?」
『それが……、こちらも王国の騎士団に囲まれているようで、身動きが取れない状況です』
「とことん、邪魔をしてくれる……」
ホルフェスの報告を受けた僕は、頭の中で結論を出した。
捕えた水晶さえあれば、何の問題もなく魔法陣は起動できるだろう。結界は既に半分以上がその力を失っているため、諦めるほかない。協力者――と言っても今では足枷でしかないアンスィーラがどうなろうと知った事ではないし、下僕たちも僕のためなら喜んで命を差し出すだろう。僕は、無事にこの場から逃げおおせればいい。
『それで、いかがされますか?』
「これがある限り、僕の計画に狂いはないよ。アンスィーラは見捨てていい。君は直ぐにこっちに戻って」
『わかりました』
取り出した水晶をホルフェスに見せ、微笑むと彼は安堵したかのように頷き姿を消した。
大丈夫、予定は少し狂ったが、元々魔法陣の起動さえうまくいけば取り戻した力で、全てを消すつもりだった。計画の順番を入れ替えるだけだ。
ホルフェスが消え、下僕たちには「そのまま作業を続けろ」と指示を出す。下僕たちが動き出すのに合わせ、僕も洞窟へと引き返した。
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一方、グレンたちは――。
魔女リリアの行動が自由過ぎると頭を抱えた私は、どうか彼女を止めて下さいと言う嘆願を込め陛下に顔を向ける。
「センス、諦めてくれ……私では止めることが出来そうにない」
私の意思をくみ取った陛下が、肩を竦め苦笑いを浮かべた。
その間ににも魔女リリアは、魔道具を見つけては、魔石を取り出し破壊を繰り返している。その度にブオンと一定の間隔で、音が鳴り続けていた。
茂みから覗き込む陛下が眉間に皺をよせ「あれが、ベルゼビュートか」と言葉を零す。
隣にかがみ、唇を読むヴィリジット辺境伯も厳しい眼を奴に向けている。
鳥が消え、ユースリア・ベルゼビュートが洞窟へ戻る背中を見ながら「あの水晶に何か――」とヴィリジット辺境伯が言葉を濁す。
それに頷きヴィルフィーナ公爵が「見た事のない色合いの水晶だが、あれが魔法陣を起動させる何かなのは間違いないだろう」と言葉を引き継いだ
暫しの沈黙が訪れ、奴らの動きに注目していた陛下が顔を上げこちらへ向き直る。
「ヴィリジット辺境伯、会話の内容はわかったか?」
「奴らは儂らの存在に既に気付いているようじゃ。アンスィーラは見捨てられたと思ってよい。が、いつどのようなタイミングで動くのかは言っておらん」
「どういう事だ? 我らの存在に気付いているにも関わらず、こちらに攻撃を仕掛けて来る素振りもないとは……」
「嫌な予感がする」
陛下と同じ感覚を持った私は、同意するように頷いた。