精魔大樹林⑩ 魔女の名は!の場合 グレン・フォン・ティルタ・リュニュウス
ユースリア・ベルゼビュートが書いていると言う魔法陣までの移動中、私たちはセプ・モルタリアについてリリア殿に語った。
「なんじゃと! 深滅の魔女ルリアリア・アンブライじゃと?」
「あぁ、ルリアリア・アンブライが七人の魔女を産み落とし、この世に厄災を与えると言われている。その八人を神聖化したのが、セプ・モルタリアだと私は聞いている」
同意を求めるように義父とヴィリジット辺境伯へ顔を向けた。私の話を聞いていた二人は、魔女リリアの視線に気づき頷き返す。
「まったく、何をどう伝えたのじゃ、あやつは……」
「もしや、リリア殿はルリアリア・アンブライをご存じなのですか?」
呆れたように溜息を吐き出した魔女リリアの反応にエリオットが、当然の如く諮問した
「知っているも何も、我の元の名がルリアリア・アンブライじゃ」
進んでいた皆の動きが止まる。ある者は頭を抱え、ある者は、耳に指を突っ込みぐりぐりと回し、ある者は何度も瞬きを繰り返す。そんな中、私もまた自分の耳を疑っていた。
私の耳は可笑しくなってしまったようだ。魔女リリアの口から”元の名”と聞こえたが、きっときのせいだろう。ニアのこと、ベルゼビュートのことで頭が疲れているから仕方ないが、こんな聞き間違いをするとはな。
「何を呆けておる? 我の元の名がルリアリア・アンブライじゃと言うておろう。ちなみに、我の弟子は、七人ではなく八人じゃ」
「は、ははははは。冗談はやめて頂きたい」
「冗談ではないぞ? そうじゃ、改名するにあたっては、其方の言う初代――マティウスグレンが関わっておるぞ――」
――っ、聞き間違いではなかった!!
彼女の話を解釈すると、こういう事らしい。
あの当時の彼女は不老長寿で有名な薬――魔女の秘薬の研究に没頭していた。数十年と言う時を経て、漸く最後の素材となる竜の心臓が手に入った。だが、完成間近と言うところで、薬の存在をかぎつけた帝国――歴史書には、その当時大陸の三分一を掌握していたユールスミスナと言う帝国がある――の王が彼女から薬を奪おうとして返り討ちにあい。自分の悪事を棚上げして、悪魔に取りつかれた魔女などと吹聴。歴史書などにも記述を残したため、帝国が滅亡してもルリアリア・アンブライの名は深滅の魔女――全てを滅びに向かわせる――として語りつがれた。
その後百年ほどが経ち、初代様に出会い腐れ縁となった彼女は初代様の「めんどくさいようなら、名前を変えればよいではないか」と言う軽い一言から、今の名前――セルリリア・インクブスに変えたそうだ。
「何と言うか……初代様も初代様だが、リリア殿もリリア殿だな」
「ほんにのう……。初代様も歴史書に、ちょちょっと今の名前を書いておいてくださればここまで儂らも驚かずに済んだのにのう……いやはや」
「まぁ、何にせよ。リリア殿がいることでセプ・モルタリアに一泡吹かせてやれる」
魔女リリアと初代様の関係はとても気安い物だったのだろう。それならそれで、初代様……なんで、名前を変えたよと一言記述しておいて下さなかったのですか。
話を聞き終え、どっと疲れを感じた私は嘆息する。義父もヴィリジット辺境伯もエリオットでさえも疲れた顔をしているので、皆それなりにこの話については打撃を受けたようだった。
「グレン陛下。じきに到着いたします」
「わかった」
「ほう、魔道具があちらこちらに設置されとるようじゃ。どれ、少し見てようかの」
先頭を歩いていたセンスが振り返り、声音を落として報告する。それに頷き返したところで、沈黙していた魔女リリアが嬉々として歩き出す。
彼女が向かった先は、私たちの進路上にある木の根元だった。しゃがみ込み、掘り返し埋められた形跡のある土を素手で掘り返していく。
「ほう、これか……なんと、粗末な魔法陣じゃ!! 我の弟子であれば、もっと容易く高度な魔法陣をかけるであろうに、本当にセプ・モルタリアとは我の弟子が起こしたものなのか? うう~む」
ぶつくさ言いながら、魔女リリアは掘り返した支柱型の魔道具をグルグルと回している。一体何が、と聞いたところで私には全く理解できないだろう。魔法陣大好きっ子のニアならわかるかもしれないな。彼女が無事戻ってきたら、是非魔女リリアとも合わせてやりたい。
「婚約者(仮)顔が、気持ち悪い。今すぐ考えていることを忘れろ」
「ちょっと、ニヤついたぐらいで気持ち悪いとか言われたくありませんよ。義父上」
「お前に義父上と呼んでいい許可は出しとらんわ! この……まぬけめ」
「ニアの父親でさえなければ、不敬罪で即刻首を撥ねてやるものを!!」
「残念でした~。私がニアのお父様ですぅ~」
「お二人とも、いい加減にしてください。ここは敵陣の直ぐ側なのですよ!」
少し微笑んだだけで、絡んできた義父に疲れを感じていた私はここ数日のストレスをぶつける。あぁ言えばこう言うの繰り返しを数回したところで、眉間に皺を寄せたオルトーウスから怒りの声が飛んできた。
「なるほどの、こうすれば魔道具としての力を失うと……」
歩きながら魔道具をこねくり回すと言う器用なことをしていた魔女リリが、何気なしに支柱からスポッと魔石を抜き去った。
それと同時に、ブオンと不穏な音を立て何かがはじけ飛ぶ。
「ちょ、何してくれてんですか!!」
「ヌアハハハハハ。これで奴らの結界も終わりじゃて!」
焦るあまり素が出ているセンスの声は、魔女リリアの高笑いに消された――。