精魔大樹林⑦ その時センスは……①の場合 センス・ガーセン
時は少し遡る。
私は第七の三人からの報告を受け、アンスィーラ伯爵の動向を探っていた。ヴィルフィーナ公爵家の令嬢を攫うという大胆な行動を起こす予定のアンスィーラ伯爵は、大勢の傭兵を連れのんびりと馬車で精魔大樹林側の村へ到着した。
村の中での奴の行動は、貴族として目に余るものがある。だが、作戦遂行中の今、ここでそれを咎める事はできないのが口惜しい。
「ボス、アンスィーラと別行動していた馬車が精魔大樹林の中へ入った。追跡に二人つけてるが、追うか?」
長年インフォルマーツの副隊長を務めるハンクが報告を上げる。
今回動員したインフォルマーツの隊員は全部で十五名。さてどうしたものか。
精魔大樹林は、一度迷うと出てこられないと言われる魔導の森だ。そこへ少人数で移動するのは流石にまずいか、なら十人を連れて行くとして、残りの五名をアンスィーラ伯爵の元へ残すべきだろう。
「ハンク、五名を連れてお前がアンスィーラの監視を続けろ。残りは私と共に馬車を追う」
「了解だ」
短く返したハンクが足早に立ち去り、八名の隊員が残った。
「これより精魔大樹林へ突入する。各自二名ずつに別れ、装備や食料の確認を終えたら馬車に乗りこめ」
「「「「「「「「はい」」」」」」」」
数分後、必要なナイフや剣、ローブなどの確認を終える。陛下への報告を手紙を書き終えた。
緊急用にもたされた四角い箱型の魔道具の表を上にしてふたを取り外すと、エリオット殿が持つ魔道具へ送った。
これで、アンスィーラ伯爵の動向ともう一台の馬車のことも陛下に伝わるだろう。
一般的に普及されているこの手の魔道具は、基本が据え置き型である。発送は任意で出来るが、受信は自分の意思とは関係なく行われるのでこういう状況では使い物にならない。
それに比べてこの魔道具は、かなり特殊で優秀だと言える。薄く四角い箱の中は表裏で区切られ、それぞれに付けられた魔石に魔力を発生させる指輪を近づけることで表が発送。裏が受信とわかれている。
部下たちが馬車に乗ったことを確認して私も馬車へ乗る。先んずは先行している二名の隊員と合流すべく移動を開始した。
「隊長、こっちです」
精魔大樹林の入口で馬車を降りた私たちは暗闇の中、先行していた隊員のつけた印を辿り彼らと合流した。
「様子はどうだ?」
「それなんですが……」と言葉を濁した隊員の一人が、直ぐ側にある木の根元に座り込み掘り返された地面を指した。
「魔道具だと思います。これ以上近づくと気取られる可能性あって、ここで暫くは待機するしかなさそうです」
「わかった。奴らに動きがあるまでここで待機とする。食事と睡眠は交代で、一瞬たりとも見逃す事が無いよう気を付けろ」
指示を出し終えた私は、頷いた隊員たちを尻目に少し離れた場所へ移動した。
魔道具を取り出すと手紙の返事が来ていないかの確認を取る。魔石に指輪を近づけ光ったのを認め、ふたを開けた。そこには、返事と思われる手紙が入っていた。
陛下が書いたと思われる文字に目を滑らせ、あちらで起こったことを理解する。
私が神殿を離れる時、間違いなくインフォルマーツの隊員を数名配置していた。それなのに出し抜かれてしまった。
村へいるアンスィーラの元へは騎士団が向かうと書かれている。また、娘と協力者は全て捕縛し、王城へ移送済み。これでアンスィーラも終わりだろう。
後はセプ・モルタリアだけだ。拠点の情報などをこちらが得られればいいが……。
「ユースリア・ベルゼビュート。亡国の大公家の生き残りが、今回の主犯か? セプ・モルタリアが主犯だと思っていたが、いったいどうなっているんだ?」
分からない事が多すぎると目を閉じ、嘆息した私は短く箇条書きで書かれた手紙を懐にしまった。
手紙の最後には、短く精魔大樹林に陛下が向う事が書かれていた。
陛下の目的は、清き魔女に助力を願うためらしい。清き魔女とは一体? これまでの話し合いなどで一切出ていなかった魔女の存在を誰が陛下に伝えたのだろうか、と首を傾げる。
と、そこへ「隊長!」と見張りについていた部下の一人が駆け寄る。何か緊急の報告でもあるのだろうかと、顔を向けた私に部下は「こちらへ」と手招きする。
足音を殺し、部下の誘導する方に進む。私の居た位置から大体百五十メートルほど進んだところで、部下が頷き身をかがめた。
「……あれを」
部下に促され茂みの間から、先を除いた。
岩肌が覗く少し開けた広場。そこに今回の敵――セプ・モルタリアだと思われるローブを着た複数人の男女が、忙しなく広場と洞窟を行き来し地面に向かい何かを撒いている。
やつらの拠点は洞窟の中か、何をしている? っ、この鉄臭い匂いは……血? 獣の血であればまだいいが、人だった場合最悪だ!
「ヴィクサル。他の皆に警戒するよう伝えろ。行動する際には必ず、数名で固まって行動するように再度伝えておけ」
気取られないよう頷くことで答えを返したヴィクサルが、物音を立てないよう細心の注意を払いその場を離れた。
長かったので二話に区切りました~。