精魔大樹林⑤ 魔女実力とエリオットの目覚めの場合 グレン・フォン・ティルタ・リュニュウス
寝ていたはずの女性が紅玉の瞳を潤ませ、もぐもぐと口を動かし咀嚼している。私の指にあったクッキーは、いつの間にか彼女の口に入ったようだ。
「クッキーはもうないのか? あたいのクッキーはないのか?」と、見た目以上に幼い言葉遣いの魔女が一枚目を食べ終え、物欲しそうな瞳で次を要求してくる。
助力を頼むのであればここで出し渋ってはダメだと考えた私は、ポーチを弄り全てのクッキーを彼女の手に渡した。
すると魔女は、嬉しそうにハニカミ、美味しそうに咀嚼していく。
ものの数分で全てを食べ終えた彼女は、漸く自分の立場を思い出したのか、ハッとしたように周囲を見回し、口元を引きつらせながら居住まいを正した。
「我に何用じゃ、人間」
今更何を取り繕っているのか……と突っ込みたい気持ちになったが、ぐっと堪え私たちも居住まいを正すと胸に手を当てた。
「私は、この国――リュニュウス王国の国王をしているグレン・フォン・ティルタ・リュニュウスと申す者。あなたは、精魔大樹林に眠る清き魔女殿で間違いないでしょうか?」
「ふむ。如何にも我が清き魔女と呼ばれておる、夢寐の魔女セルリリア・インクブスじゃ。リリアと呼ぶとよいぞ」
クッキーの屑を口の横につけた魔女は無い胸を張り、鷹揚に答えると立ち上がる。身長は私の胸程度で、ニアと変わらない。だが、口調や仕草は彼女と比べるとずいぶんと子供っぽく見えた。
「夢寐の魔女リリア様に、お願いしたいことがあるのだが――」
「願いか……」と私の言葉を遮り、思案顔を見せた魔女は鼻をスンスン鳴らしぱあ~っと明るい表情を作った。かと思えば、意気揚々と扉に向かって歩き出す。
扉を開けながら魔女は、私たちを振り返る。
「まぁ、どうせ、アヤツの差し金じゃろうて、話は聞いてやる。が、それよりも今は飯じゃ! さぁ、いくぞ。久方ぶりの飯じゃ!」
「……」
「……あ、あぁ」
食い気を優先させる魔女リリアの言動は、私とオルトーウスを呆れさせるには十分なものだった。
魔女リリアの先導した先は、エリオットの眠るリビングだ。部屋に入るなり、キッチンへ吸い寄せられたらしい魔女リリアは、鼻歌交じりに食事が運ばれてくるのを待っている。
その姿はやはり幼子そのもので……本当に彼女が魔女なのかすら疑わしくなった私は魔女リリアに対しいくつか質問をすることにした。
「リリア様、幾つかお伺いした事があるのですがよろしいですか?」
「良いぞ」
待ちきれないのかカトラリーを両手に持ち、キッチンを見つめたまま魔女リリアは答える。
「初代――マティウスグレン様とのご関係をお聞きしたい」
「ふむ。アヤツとは、そうじゃな……腐れ縁じゃ」
「腐れ縁ですか……?」
「そうじゃ。まぁ、話せば長くなるでな、それについては後じゃ! 今は、これじゃ!」
運ばれて来た料理を前にした魔女リリアは、瞳を輝かせ早速食事を始める。ガツガツと空腹に飢えた子供の様に勢いよく口に含み、咀嚼しては飲み込んで行く。その量と、速度に驚きながら私たちも軽く食事を摂った。
「はぁ、はぁ、こ、これで最後です」
と、疲れた顔をしたハウンズが、ドンと大量に盛った肉の皿を置く。にんまりと笑む魔女リリアは、即と肉にフォークを差し込んだ。大口を開けて肉を食べ進める事数分で、最後の皿も空になり彼女は大層満足そうに腹を撫でる。
「むほ~、美味だった。久方ぶりにこんなに旨いものを食べたのじゃ! ここまで馳走になったのじゃ、一つ二つ礼をしてやろう」
言い終えるやいなや魔女リリアはその場でパチンと指を鳴らす。一体何が、そう思いオルトーウスたちと顔を見合わせた。
一体何が起きるのだ? 魔法を使ったようだが、魔力の動きは見えなかった。今の私たち人族には、魔法を使う事は出来ない。だが、魔力を見る事は可能のはずだ。それが見えなかったとなると魔女特有の魔法だろうか?
目に見えないものと言うのは人の不安を煽る。初代様の知り合いと言う事で、魔女リリアが善の魔女だと信じたいと思っている。が、まだ僅かな時間しか交流していない。その僅かな時間で、彼女の全てを信用することは出来なかった。
静まり返る室内に「……うっ」と言う、苦しそうなエリオットの声が響く。ハッと顔を上げた私は、急ぎの寝ているソファーへ駆け寄った。
「エリオット!!」
エリオットと名前を呼ばれた彼は未だ夢心地なのか、眼を開いてはいるが意識は混濁としているようで反応は薄い。焦点の合わない瞳と無理矢理目を合わせ、肩を掴みゆざぶった。
「エリオット! エリオット、しっかりしろ!」
数回の瞬きを繰り返しエリオットの瞳に生気が宿る。
「ぐ、ぐれんさま……ここは?」
「ここは、我の家。安心するがいいのじゃ。そなたを乗っ取っておった呪いは排除しておいた」
フンスとふんぞり返り、エリオットの疑問に魔女リリアが答えた。
「こちらのお嬢様は?」
「ニアの手紙にあった、清き――ではなかったな。夢寐の魔女セルリリア・インクブス様だ」
私の答えにハッとした表情で立ち上がったエリオットは腰を九十度に折り曲げると「夢寐の魔女セルリリア・インクブス様、お救い頂きありがとうございます」と礼を述べた。