精魔大樹林④ 魔女の部屋突入の場合 グレン・フォン・ティルタ・リュニュウス
部屋の扉がノックされ、それに答えると直ぐにオルトーウスが部下のグアンゼ、ハウンズ、ケーリックを連れて入ってくる。
「陛下、グアンゼがこの時間はエリオット殿に付き添います。ハウンズ、ケーリックにはせっかくですから、キッチンを借りて軽食を作らせましょう」
「そうか、確かに少し小腹も好いて来る頃合いだな。……ところで、二人は甘味を作れたりするか?」
とっひょうしもない問いかけに調理を担当する騎士たちは、困ったような表情を見せると「申し訳ありません」と頭を下げた。
あわよくばと思っていただけで、作れない事が悪い訳ではない。
謝る二人に「気にしないでくれ」と伝えると、オルトーウスを連れて二階へ上る。南側の奥にある部屋を目指し歩く。その道中で、オルトーウスが私の方へ視線を向ける。勿論歩は進めたまま。
「陛下、お伺いしても?」
「あぁ、構わない」
「何故、甘味なのですか?」
至極真面目な顔で問うてくるオルトーウスの様子に私は、つい笑みを浮かべる。笑う場面ではない事は重々承知の上だが、彼の男らしいムスっとした顔と質問が噛み合っていない気がして笑ってしまった。
「甘味の理由は、まぁ後々わかるはずだ。それよりも作れる者は居るか?」
「……いいえ」
短く答えたオルトーウスは残念そうに眉尻を下げ、首を振った。予想していた言葉が返り、私はベルトに付けたポーチを見る。
こんな森の中で甘味を用意しろと言うのが無理な話だったのだ。目覚めたニアに食べさせて欲しいと言っていたセシリアには悪いが、これを使わせて貰うとしよう。
二階にあがり廊下を進む。騎士たちが言っていたのはここで間違いないか、とオルトーウスを見れば図面と思われる紙を片手に頷いていた。
「私が開けよう。オルトーウスは、一応危険があるかもしれないから、横で待機しておいてくれ」
「危険があるのであれば、私が……」
「いや、ここは私が行くべきだ」
「ですが……」
「……理由は分からないが、大丈夫な気がするんだ」
困り顔で見て来るオルトーウスを曖昧な言葉で説得しつつ、私は扉の前に立つとうまくいってくれと願いながら息を吐き出した。
ひとまずは試しと言う事で扉のノブを掴みまわしてみる。だが、一切開く気配はなく、体重を込めてみても同様だった。
そこでニアが託した手紙の中に書かれていた通りにドアノブを握り、右に三回、左に二回まわす。するとそれまで何の変哲もない木製の扉に、淡い銀色の魔法陣が現れた。
「呪文は、えっと……アートラータ・フェーレース コングレッスス ウェネーフィカ」
(――古代文字で現代語に翻訳するなら『黒猫は魔女に出会う』と言う意味)
なんとかつっかえずに言い終え、扉へ視線を向ける。どのように開くのか興味津々で見つめる私の前で、カチャっと鍵が開きひとりでに扉が開く。
私の隣で様子見をしていたオルトーウスが「おぉ!」と驚嘆の声を出すと職務を思い出したかのように扉の前へと進み出る。
「それでは、入ります」
と一声かけたオルトーウスは抜き身の剣を持ち、細心の注意を払い一歩踏み込む。そして、中をじっくりと見回した彼は大丈夫と言う意味をこめ私に頷いてみせた。
それに頷き返して、私も室内へと足を踏み入れる。
部屋の中は質素そのものだった。
独り用のベットが中央に置かれているだけだ。それ以外と言えば、天井に取り付けられた明り取りの窓から、柔らかな陽の光が差し込んでいるぐらいでどこか寂しさを感じる。
「陛下、あちらを」
先に入ったオルトーウスが囁くように言うと、ベットを指し示す。
二歩、三歩と近寄りベットのふくらみを確認した私は、眠る瑠璃色の髪の女性に見入った。
年齢は、十代~二十代前半。中肉中背で、幼さの残る顔をしている。
瞳の色は分からないが、魔女=紅玉の瞳と聞いたことがあるため、間違いなくリンゴのような色合いの瞳なのだろうと予想できる。
「起こしますか?」
「あぁ、彼女の助力を得られればニアを救い出すこともできるはずだ」
「声をかけてみます」
「いや、彼女の起こしかたならわかっている。私がやろう」
「ですが!」と渋るオルトーウスを無理やり横へ移動させ、魔女だと思われる女性の口元へセシリアが渡してくれたクッキーを一枚差し出す。
仄かにベリーの香りがするクッキーは、ニアのお気に入りだ。城を訪れた際、彼女とのお茶の時間に良く好んで食べていた。小さな口でクッキーを食み、幸せそうに笑うニアの姿を思い出す。
短い時間の逢瀬ではあるが、あの時間が何よりも大切で幸せだった。そんな細やかな幸せを己の欲望のためだけに奪ったアンスィーラもベルゼビュートもセプモルタリアの者たちを決して許すことなどできない。
ニアを取り戻したその時は、きっちりとその罪を命であがなってくれる!!
じんわりと幸せを感じていた心が、理不尽に奪われた怒りに染まっていく。
「…………こ、この匂いはっ!! クッキー。はむっ」
静まり返る室内に突如、幼子のような声が響くと、指でつまんだクッキーがいつの間にか無くなっていた。