精魔大樹林③ 小屋の場合 グレン・フォン・ティルタ・リュニュウス
モクモクと狼煙が上がる小屋の前で周囲を調べ終った騎士たちが、オルトーウスに報告を上げている。その表情から問題はなかったのだろうと推測した。
身体を小屋に預ける形で眠るエリオットは、未だ目を覚ます気配がない。
「陛下、ご報告いたします。この小屋ですが、どうも元魔女の住処だったらしく、空間拡張系の魔法が使われているのか見た目と小屋の中の広さが違うとの報告が上がっております。罠の可能性もありますが、中に入りますか?」
姿勢を正し私の判断を仰ぐオルトーウス。
報告の内容を聞いた私は、ふとニアからの手紙の存在を思い出した。
ガサガサと胸ポケットに忍ばさせていたニアの手紙を広げて、読み直す。
”もし、災いが其方を襲うことあらば、精魔大樹林の清き魔女を尋ねよ。”
”清き魔女の居所は、王家の血を引く者であれば迷うことなくたどり着ける。”
”樹木が開けた場所にある小屋に清き魔女が眠っている”
”扉を開ける方法は、ドアノブを右に三回、左に二回まわした後『アートラータ・フェーレース コングレッスス ウェネーフィカ』と唱える”
”彼女を目覚めさせたい場合は、甘味をささげよ”
手紙から目を離し、小屋の周囲を改めて見た私は、もしや……と言う思いに駆られた。
直立不動のまま返事を待つオルトーウスに小屋の中を調べた騎士を呼んでもらう。
すぐさま駆け寄ってきたニルクとクショルと名乗った騎士たちに、この勘が間違いないかの確認を取る。
「小屋の中はどんな様子だった?」と聞く私にニルクとクショルが顔を見合わせた。
「すべての部屋を調べましたが、外観より内観が随分と広いと感じました」
「部屋の数は全部で十五です。各部屋共に綺麗に片付いているのですが、人いるような感じはありませんでした。生活必需品などはそのままあるのですが、誰かがここで生活していたとは思えません」
オルトーウスの報告通り、室内には空間拡張系の魔道具もしくは魔法が使われているのだろう。外観や各部屋の美しさが保たれているのも多分時系の魔法か魔道具だ。
例えばこの国で自分が住むからと、ここまで大掛かりな魔法(具)を仕掛ける場合、国庫を空にする勢いで白金貨が必要になる。そこらへんの貴族ですら、こんな高度な魔法(具)を用意する事などできない。
だが、可能にする人物がこの世には存在していたとされてる。
それが、おとぎ話のように語りづがれる魔女の存在だ。
私が生きてきた限り――と言ってもとても短いが――魔力はそこかしこにある。だが、そこかしこにあるはずの魔力を私たち一般人は動かせない。
だがしかし、魔法使いや魔女なら可能だ。
セプモルタリアの信仰する魔女以外で魔女と言えばニアだが、この小屋の件に関しては除外する。
だとすると、最終的に絞り込まれた一人――清き魔女が残る。
もし、この小屋が初代様の仰った清き魔女の住処だとすれば、オルトーウスの行動の辻褄は合う。
オルトーウスは、先々代の王弟の孫にあたる。王家の血は薄まっているだろうが、その血を継いでいる事に変わりはない。
それなのに、疑ってしまうとは……精神的な余裕がないとは言え申し訳ない事をした。
「小屋の中の部屋で、扉が開かない部屋はなかったか?」
「それですが、一部屋だけありました。二階南側に面した一番奥の部屋です」
その後、いくつかの質問を終え二人に礼を述べる。そして、隣で話を聞いていたオルトーウスに向き直ると「小屋の中で休息を取りつつ、インフォルマーツからの連絡を待つ」と伝えた。
短く返事を返したオルトーウスが、私の言葉を騎士たちに伝え見張りの割り振りを終える。
「まずは、私が先に参りましょう」
「あぁ、頼む」
エリオットを抱え直し、扉を開けたオルトーウスが先陣して室内へ入って行った。彼に続き中へ入った私は、小屋の中の異常さに一瞬呆けしまう。
一歩踏み込んだそこは、木を加工した棚が置かれ、その上には切り花が豪華なツボ。天井には煌めくシャンデリアが飾られていた。正面に視線を戻しオルトーウスの身体から僅かに顔を出し先を見れば、光沢ある木材が惜しげもなく使われた廊下が伸びている。所々にある扉も同じ木材が使われているようだった。
「これは凄いですね」
「あぁ、城にも負けぬ豪華さだな」
「えぇ……、あの天井にある光の魔道具など、素晴らしい一品です。あれ一つで、一体いくらする事やら……」
オルトーウスが見つめる先には、見た事もない光の魔道具が据えられている。あれ一つで城の国庫が丸々無くなりそうだ。などと思いながら、ひとまずはエリオットを寝かせられる場所を探した。
一つ目の扉を開けたオルトーウスが、首を横に振る。何がダメなのか気になった私は、彼の背後から顔をのぞかせ室内を見る。
その部屋は、明り取りようなのか小さな窓がいくつかあり、そ窓辺に作られた木製のカウンターに小さな椅子が置かれた作業部屋だった。
「次に行きましょう」
「……そうだな」
扉を閉め、先を歩き出すオルトーウスに続き隣の部屋へ入った。
ガラス張り温室のような造りの部屋で、奥にはキッチンと思われるものがある。温室には、ソファーがありテーブルも置かれている。三人掛けのソファーならエリオットも十分に寝かせられると判断した私は、ここにエリオットを寝かせるよう指示を出した。
「ソファーに寝かせておこう。誰か一人エリオットに付けておいてくれ」
「畏まりました」
部屋を出ていくオルトーウスを見送り、眠るエリオットに視線を向ける。規則正しい呼吸に合わせ胸が上下に動いている。とりあえずは大丈夫だろうと肩の力を抜き、ホッと息を吐き出した。
終わりが近づいて来たので、更新頻度を上げます~。
一文が抜けていたので追加しました。