噂の事件、その㉛ グレン&ユースリア それぞれの思惑の場合
エリオットが戻り馬車で精魔大樹林まであと一時間というところで、パーシリィ・ヴィズ・アンスィーラを乗せた馬車が襲撃されたという報告を聞いた。
「グレン様、パーシリィ・ヴィズ・アンスィーラの乗った護送馬車が何者かに襲撃を受けました。その場にいた騎士、含め全員無事ではありますが、パーシリィ・ヴィズ・アンスィーラとニア様に化けていた娘の行方分からなくなっております」
早口に報告を上げるエリオットは、今後の対処をどうするか視線だけで聞く。扉の外には、襲撃に遭いながらも私へ報告するため馬を飛ばしてきた騎士がいる。彼らの気持ちに報いるため、未だニアの事しか考えられない頭を働かせた。
パーシリィ・ヴィズ・アンスィーラと偽物だけが行方知れず、か。少し現状を整理しよう。まず、ニアの失踪について知っているのは、私たち王城の者と神殿とヴィルフィーナ公爵、ヴィリジット辺境伯だろう。
それ以外で知りうる可能性がある者と言えば、攫った本人であるユースリア・ベルゼビュートを含めたセプ・モルタリアだけだ。更に、その中で唯一パーシリィ・ヴィズ・アンスィーラを助ける――助けたい者と言えば……アンスィーラ伯爵なわけだが、奴がこちらの状況を理解しているはずはない。奴が動いたのであればインフォルマーツの誰かが知らせに来る事になっているしな。
しかも、今日は月が出ていない。逃げるにしても暗闇の中だ、相手も上手く身動きが取れない可能性は高い。ならば、騎士団を派遣して捜索に当てるべきだろう。
「周辺の捜索に騎士団の三個隊を派遣する。後、その場に居た騎士たちに、パーシリィ・ヴィズ・アンスィーラが消えた状況を詳しく聞き出せ」
「はっ」
エリオットの返事よりも早く、扉の外に居る騎士が声高に返事をして走り去る。
「エリオット、彼らに十分な水と食料を渡してくれ。それから、期待していると伝えて欲しい」
「畏まりました」
臣下の礼を取ったエリオットが足早に馬車を降り、騎士たちの元へと向かう。その姿を見送りながら闇の中にあるであろう精魔大樹林へと視線を向けた。
エリオットが戻り、すぐに馬車を出発させる。夜通し走らせるため御者台には二人の騎士がのっていた。
「皆、寒さにやられていますね。一応厚手のマントなどを支給はしていますが、このままですと朝方までは持たない可能性があります」
確かに寒さ対策は講じていたものの足りなかったかもしれないとエリオットの報告を聞き、私はニアを救い出すことしか考えていなかったと反省した。
「もう暫く進んで、街道の交差する場所で二時間ほどの仮眠をとる。それから少し、遠回りにはなるがアンスィーラ伯爵の滞在する街へ行こう。そこで十分な装備を整え精魔大樹林へと向かう」
「よろしいのですか?」
よろしいかよろしくないかで言えば、全くよろしくはないが私のために命を張ってくれている騎士たちをこのままにはしておけない。それに、何故だろうか……今日直ぐに何かが起こる気がしないのだ。
「ひとまずはそれでいい。朝日が昇り次第、街へ向かうよう指示を出してくれ」
ひとつ頷いたエリオットが窓を開け、追従する騎士へ手文字で指示を出す。その姿をぼんやりと見ながら、瞼を降ろした。
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人ほどの大きさなの尖った石が五つ、丸い円を書くようにして並んでいる。そこをローブを纏う同胞たちが忙しなく動き回る。
長時間の移動を経て、馬車から降りた僕は近くにいた下僕に進行状況を尋ねた。
「準備はどうかな?」
「生贄の血を使い、現在魔法陣を書いております」
「そう。血は足りそう?」
「今の所問題はないようですが、足りない場合いかがいたしましょうか?」
「ふむ」
足りない場合か……。浮かれていて考えていなかったな、と反省しつつそば近くに現れた影へと視線を向ける。
「ホルフェス、何かあった?」
「どうやら、国王たちが動き出したようです」
「もう、偽物だと勘付いたのかい?」
「はい。そのようです」
まぁ、お座なりなパーシリィ・ヴィズ・アンスィーラじゃ直ぐに勘付かれるだろうとは思っていたけど……余りにも早すぎる。国王たちが動くとなれば、一番に疑われるのも彼女たちだろう。…………そうだ、とても良い事を思いついた。これなら、証拠と証言、証人を一気に消せる。うん、そうしよう。
「ホルフェス、パーシリィ嬢とアンスィーラ伯爵をここまで案内して」
「パーシリィ嬢は既に、敵の手に落ちておりますが?」
「そこは、適当に攫ってきてよ」
「畏まりました。数名こちらものたちを使いますがよろしいですか?」
「あぁ、うん。問題ないよ」
「はっ」
靄が消えるのを見届け、未だ囚われの身となっている彼女を月の光に翳す。鈍い銀色に輝く水晶は、月の光に照らされ半透明でとても美しい。
水晶越しに空を見上げ、今夜ではないだろうと思いなおす。
どうやっても追手がここに来る事はないし、まさかこんなに簡単に彼女が手に入るとは思っていなかった。馬鹿な奴らだと腹の底から笑いがこみ上げる。
「くふふふふっ、あはははははは」
ひとしきり笑い声をあげ、頭の中で必死に彼女を探しているであろう国王たちを思い描き「全く、バカな奴らだ」と毒づく。
掲げ持った水晶を持つ指先が、寒さに震えるのを感じて馬車へと戻った。
お待たせしました。
新年あけまして、おめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
そして、新年早々更新が遅くなり申し訳ありませんでした(土下寝)