噂の事件、その㉙ ベルゼビュート ロバート・サルジアットの場合
ベルゼビュートと言う家名に、わしは声を荒げずにはいられなかった。
「ベルゼビュート? サルジアット卿?」
わしを見つめ、陛下が訝し気に顔を歪め話を促す。頭に登った血を下げるように数度、深く息を吸い吐く。気持ちが落ち着き、漸くわしはベルゼビュートについて話す。
「これは、わたしがまだ冒険者をしていた頃の話です」と前置きする。
冒険者になり十年ほどが経った頃。ある日冒険者ギルドから緊急のクエストが発令された。
クエスト内容は、”亜竜の群れの討伐”だった。
この国の隣にあるセウベル王国にて、大量の亜竜が発生し国を襲っているという話を聞き、私は急ぎセウベルを訪れた。
国境を跨ぐなり、見える景色が一変した。
黒く渦巻いた空を、亜竜の群れが舞い、地上にあるものへ炎を吐き、家が燃え、それから逃げ惑う人々を襲い食らう。
この世の地獄かと思われるほどの光景に、わしは思わず神へ祈りを捧げたほどだ。
亜竜の群れの討伐は、各国に所属する冒険者ギルドから集まったBランク以上の冒険者たちによって行われた。最初こそは、こちらが優勢だった。
だが、倒しても倒しても減らない亜竜に、皆が疲れミスが増え、討伐が終わった時には、笑えないほどの人数しか残っていなかったのだ。
それでもなんとか倒しきり、国を救った英雄たちに会いたいと言うセウベル国王の言葉に、わしたちは王都を訪れ王への謁見を済ませた。
後は各自が国へ帰り、ギルドに報告して終了になると言う状況下で、わしたちはとある噂話を耳にすることになった。
とある宿で、他の冒険者たちは酒場や、ギルドで……皆が口々に噂するのだ。
『ベルゼビュート大公家が、今回の亜竜を呼んだのだ』と。
噂話を聞いたわしたちはすぐさまギルドに詰めよった。そして――。
「ギルドマスターがこう言ったのです。『今回の件は、ベルゼビュート大公家のご子息で在られるスルーリガ様が、誤って浄化前の亜竜の魔石に魔力を注ぎ込んだために起きた事である』と……」
「な、ん、だと? 誤って?」
「陛下の反応が当然でありましょう」
陛下の反応は常識をわきまえている証だ。
正直、わしですら、同じように反応した。
幼い子供でも当然、知っている事だ。
魔獣から抜き取った魔石には、その魂が宿ると言われている。魔石に宿った魂を浄化して、わしたちが使う魔道具へとするために聖女様がいらっしゃる。
だが、スルーリガなる人物は、聖女様の祈りを受けていない魔石に魔力を流した。結果、魔石の力に反応して、その種族が仲間を――魔石を取り戻そうとしてスタンピードが起こったのだ。
「大公家の子息が知らぬはずはないだろう?」
「えぇ、わしも同じように考え、そして、生き残った皆で、調べました」
一度言葉を切り、細く息を吐き出した。
固唾を呑んで耳をそばだてる陛下の喉元がゴクリと動く。
「知り合いの女冒険者が、大公家の使用人にしこたま酒を飲ませ、聞き出したことですが『スルーリガ様が、実験のために行った』と言う証言が取れております」
「ならば、国王が断罪したのではないのか?」
首を振り否と答えたわしを見る陛下の目が、大きく見開かれる。
確かにあの時、わしたちは国へその事を伝えた。だが、返ってきた答えは大公家を庇うものだったのだ。王家が出したその答えに納得ができはずもない。しかし、諦めるしかなかった。
しがない平民でしかも他国の民であるわたしたち冒険者が、セウベルの先王弟に敵うはずもなく、失意のままその名だけを記憶に残し帰郷した。
それから十年ほどが経ち、ある日突然セウベル王国は滅ぶ。理由は、ベルゼビュートが関わっているとされているが、未だに詳しい事は判明していない。
「ベルゼビュートと言う家名は、この世界で唯一亡国セウベルの元大公家にのみ使われていました。亡国セウベルが滅びるきっかけとなったこの名は忌み名として、今も元セウベル国民には語りつがれているのです」
「ベルゼビュートに、セウベルか……」
知る限りの事を陛下にお伝えしたわしは、聖女様の元へ向かうべく扉へと向かう。退室の挨拶代わりに「どうか、お気を付けください。奴らは命を容易く手折ります」と、当時感じたままの言葉を伝え一礼する。
顔を上げたわしに、陛下は深く頷き、「情報に感謝する」と礼を言って下さった。
短くてごめんなさいー!