噂の事件、その⑱ 報告と謎 セシリア・ベネディットの場合
囲む塀を通り抜け見える景色は大自然です。
青々と葉を伸ばす木々の幹は太く逞しく、枝を渡るシマリスは可愛らしく首を傾げわたくし達二人を見つめています。微笑ましいシマリスに手を振りながら耳を澄ませば、鳴く鳥の声は美しく朗らかに旋律を奏でています。
道は一本道で自然を壊さないようと言う配慮からか舗装されてはいません。
「あちらですわ」そう言ってパーシリィ様が目を眇め見上げた先には太陽の光を浴びてキラキラとさざめく様に葉を揺らす大樹がありました。幹の麓、根の部分には小さいながらも六角形の東屋が立てられておりわたくしはそこで一日座り祈るのだと教えられます。
「……すご、い」
見上げた大樹は美しく荘厳で、わたくしは思わず感嘆の息を漏らしました。そんなわたくしにパーシリィ様は同意するよう頷くと言葉短かにわたくしを促し大樹へと歩き始めました。
それから十分ほどで白を基調とした東屋へ到着したわたくしは東屋の床にある魔法陣を見つけ更に興奮しました。師匠が作り出した魔法陣とはまた違う文字と形です。しかも、これは師匠が造る魔法陣よりも更に細かく魔法を紡ぎ出すもののようです。魔法陣を繁々と眺め、どういった効果があるのかワクワクと胸を躍らせその場に腰を下ろしました。
「では、こちらをお願いできますでしょうか?」
パーシリィ様の差し出された両手の上には先ほど見せて頂いた魔道具があります。水色の魔石を木で包むように出来たそれは片手でも十分に持てる大きさです。魔石の内側に刻まれた魔法文字には睡眠の魔法が施されていした。
これは………………なるほど! 眠る事で下界との接点を切り女神様にお会いするのですね。これならば説明がなくともわたくしは眠るだけです。素晴らしい発想ですわ。
一人その出来のすばらしさに感動しながらわたくしは魔道具の先端に出た針を指先へと差し込みました。そう時間をおかずゆっくりゆっくりと落ちる瞼と意識に身を任せ眠りついたのです。
*******
お嬢様を大樹に見送りパーシリィ・ヴィズ・アンスィーラが大樹入り口の門から出てくるまで要した時間は一時間。彼女が門から離れ別の仕事へ向かう背中を見送り、門の衛士達へ十二分に警戒するようお願いしました。
その後陛下への報告のため移動しながら神殿に入り込んだ身内へ待ち時間で仕上げた旦那様への書簡を預け、それと同時にパーシリィ・ヴィズ・アンスィーラについての報告を聞き、今後の行動を監視するよう指示を出しました。
離宮の奥では陛下、従者のエリオット殿、そして報告のために来ていた背が高く、鉛銀の髪をした男性と同じ護衛任務が主体のデレク様が難しい顔を突き合わせ話し合いをしております。
「ただいま戻りました」
「お疲れ様です。貴方がヴィルフィーナ公爵令嬢の側を離れるとは何かありましたか?」
室内に入り声をかければ振り返ったエリオット殿がぴくりと片眉を動かしそう問いかけてきました。
「側にいる事が許されなかったのです。それと……彼女についてご報告がございます」
敢えて誰のとは伝えず彼女と言った私の言葉を聞いた四対の眼が私へと集中する中、彼女の不審な行動について話をするべく言葉を発します。
「お嬢様は無事に大樹の元へと行かれました。それで……彼女についてなのですが、この部屋を出たのち、通りすがりの神官見習いに手紙を渡していたようです。その手紙は実家であるアンスィーラ伯爵家へ届けられ、間を置かず慌てた様子で伯爵が神殿へと来たと報告がありました」
「伯爵が?」
眉間に皺をよせ考え込むように眉間をトントンと叩く鉛銀の男性の問いかけに私は頷き同意して見せました。
「それで?」
陛下の先を促すお言葉に私は道すがらのお嬢様とパーシリィ・ヴィズ・アンスィーラとのやり取りを報告したのです。彼女の行動に不審なところがあるとすれば急遽出された手紙と儀式についての説明を後ほどと伸ばしたこと。陛下や旦那様がどのように判断されるのか一介のメイド兼騎士の私には到底判らない。
私に出来る事はお嬢様のご無事を願い祈りながらお嬢様が入り口から出てくるのを待つことだけ……。
「その手紙に何が書かれていたのか気になりますね」
「伯爵が神殿にか……」
「少しよろしいですか?」
考え込むおふた方に鉛銀の男性が声をかけられ退室すべきかと悩んでいた私は顔を上げ彼へと視線を向けました。
意志の強そうな緑色の瞳に太めの眉をした彼はその口端を上げています。
「センス。何か思い当たるものがあったのか?」
「えぇ。これはうちの隊員が伯爵家の方で聞いた話なんですが、どうやら魔道具を使うと言った話があったそうなんですよ」
「魔道具?」
「えぇ」そう言ってセンスと呼ばれた彼は鷹揚に頷きました。
彼が仕入れた情報は、こうです。神殿で行われる儀式の際、眠りの魔道具を使いお嬢様を攫う。そして……お嬢様が王家へ嫁げないようその身を汚し、どこかへ打ち捨てる。そこへ自身の娘をと考えたようですが、それはあくまでも権力を欲する伯爵の考えだとセンス様は仰いました。
「では、同行するセプ・モルタリアがお嬢様を狙う理由は……なんなのでしょう?」
「それが判らない。何故ニアは、セプ・モルタリアに狙われている? 彼女の何が……奴らを引き寄せる?」
重く苦しむような声音で発せられた陛下の声はシンと静まり返る室内に響いた。
「……もう一度探ってみましょう」
「頼む」
「私もこれで失礼します」
「あぁ、分かった」
センス様と共に辞去の礼を済ませ、部屋を退室した私はお嬢様が向かわれた大樹の入口へと引き返したのです。
お待たせしました。
リハビリ兼ね書いてみました。お気に召せば幸いです。