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覆面姫と溺愛陛下  作者: ao
本編
22/67

噂の事件、その⑰ 儀式開始前 パーシリィ・ヴィズ・アンスィーラ

 まさかの出来事だった。陛下の御前ですらその覆面を外す事が無いと噂されていたヴィルフィーナ公爵令嬢があっさりとわたくしの言葉に覆面を取り払ってしまう。

 布が落ちる音と共に現れたその顔は……誰が見ても美しく、聡明に見えるだろう。その挙動もまた男性ならば庇護欲をそそるようだ。


 ヴィルフィーナ公爵令嬢を呼ぶグレン様の甘い声が聞こえた。その声に思わずわたくしはそちらを見てしまう。そして……わたくしの作戦は浅はかなものだったのだと後悔する。

 恍惚とした笑顔でヴィルフィーナ公爵令嬢以外を映していないとわかる。


 悔しい……。わたくしが一番グレン様に相応しいのに……よりにもよって覆面の下がこんな顔だったなんて……憎らしい。許せない。

 眉間に皺が寄るのがわかる。自分たちだけの世界を楽しむ二人を前に唇を噛みしめ両手を握り込む。


 二人の世界を作り出した空気が不意に霧散した。その理由は、ヴィルフィーナ公爵令嬢のお付きとしてきた侍女の声だった。グレン様から引き離すように彼女を別室へと連れていく侍女にわたくしは良くやったとほくそ笑む。


 だが、そこへ枢機卿のお一人であるサルジアット様がグレン様の従者に連れられてきてしまう。そして……わたくしは再び窮地に立たされたのだ。覆面使用について調べさせて欲しいとの通達について何故だと問われるサルジアット様にわたくしは返答する事が出来ず口を噤んだ。

 ただあの女の素顔をグレン様に見せられるようにするためだったのに……何故、わたくしが責められなければならないの? これも全てあの女のせいですわ!


 怒りに支配されるわたくしは、サルジアット様の言葉尻から覆面の使用許可は枢機卿会議にて既に可決された事柄だったと知り、焦りを募らせる。

 必死に何かを答えなければと考えていたところへヴィルフィーナ公爵令嬢が戻り、その場の重苦しい空気が薄れた。


 サルジアット様は覆面で隠された彼女の顔を見ると驚いたように目を見開き、ボソボソと問いかける。すかさずグレン様が誇るように婚約者だと紹介された。


 だが、いまのわたくしはそれどころではなく。どうにかしてこの難局を切り抜けなければという思いに囚われていた。そして、一人の人物の顔が浮かぶ。

 その人物とは枢機卿であるサルジアット様と同じ枢機卿であり、教会内にて発言権を持つメンダークと言う名の男性だ。


 そうですわ。お父様にお願いしてあの方が指示をしたことにしていただければ……わたくしへの追及は逃られれるはず。それにこの場を凌ぐのに彼の方の名前は丁度いいわ。あの女を大樹へ送り、直ぐに連絡を取るようにすればきっと上手くいきますわ。


 父親に借金のあるメンダーク枢機卿であれば、借金を帳消しにする代わりに今回件の後始末を引き受けてくれるだろうとできるだけ感情を抑えるようにしながら小さくその名を伝えた。

 すると見事に思惑通り話は逸れた。そして、タイミングを見図りヴィルフィーナ公爵令嬢を連れ出すことに成功する。


 大樹へと向かう道すがら父へ急ぎ連絡をとるため、胸ポケットに忍ばせた小さな紙と筆を使い”至急、神殿での面会を”と手紙をしたためる。その際、ヴィルフィーナ公爵令嬢に気付かれないよう細心の注意を図る事も忘れてはいけない。

 近くを通りかかった神官見習いを捕まえ、わたくしの侍女へと使いをさせる。急く気持ちを落ち着かせるように数回深呼吸を繰り返すと再び歩みを進めた。


「パーシリィ様。大樹の儀式は傍に寄り添うだけでよいのですか?」


 呑気な声で話しかけたヴィルフィーナ公爵令嬢は、溢れんばかりの愛情を受けて育ったと思われる無垢な笑顔をわたくしへと向ける。それに笑顔を湛えヴィルフィーナ公爵令嬢へ説明を始めようと矢先、ゆっくりとした足取りながらも追いかけて来る侍女の姿が見え慌てて言葉を呑み込んだ。

 そして、取り繕うかのように「他の方にお聞かせできませんので、大樹への道すがらご説明しますわね」と伝え事なきを得た。


 神殿の中央殿――政などを行う会議室や聖女様の御所がある――から大樹を囲むようにある塀の入口へ向かう。花咲きほこる庭は自然の要塞であり、大樹に害成すものをその道でせき止めるようにつくられている。そこを道順通りに歩き入り口となる重厚な扉の前へとやってきた。


 扉の前に立つ騎士たちに一度視線を移し、頷く。すると騎士たち二人は直ぐに周囲の騎士を集め始めた。

 建国の王として名高い初代王の姿と女神の姿が彫刻された石造りの扉だ。本来、儀式でもない限り開くことのないその扉が、十人の屈強な騎士により押し開けられていく。それを視界に収め、わたくしはヴィルフィーナ公爵令嬢へ振り返った。


「これより先、ヴィルフィーナ様以外の立ち入りはできません。侍女の方はこちらでお待ち頂くか、儀式が終わり次第お知らせしますので一度お戻りになられるとよろしいでしょう」


 伝えた言葉に侍女は一歩だけ前に出て自分の主の胸元へ視線を向ける。そこには、銀に輝く筒のようなものが首飾りとして飾られていた。


「お嬢様。何かありましたらお知らせ下さい。このセシリアが必ずお助けに参ります」

「えぇ。ありがとうセシリア」

「では、わたくしはこちらで待機いたします。くれぐれもお気をつけください」

「いってきます」


 二人の会話を白々しい思いで見ていたわたくしはヴィルフィーナ公爵令嬢が朗らかに笑い侍女に挨拶を済ませ、歩み寄る姿を確認して再び扉へと向き直ると中へと歩みを進めた。

 門を一歩潜ればそこは、自然豊かな森林が広がる。人が人工的に作った唯一の小道を進みながら侍女に邪魔された説明を張り付けた笑顔で始めた。


「儀式についての流れをご説明致しますわね」

「はい。お願いいたします」

「まず、儀式の前にヴィルフィーナ公爵令嬢様の()()()()()()()()と流していただきます」

「血をですか?」

 訝しそうに首を傾げるヴィルフィーナ公爵令嬢に「昔は血の制約なるものがございましたでしょう? その名残ですわ」と説明すれば彼女は「なるほど」と簡単に騙された。


「これがその魔道具ですわ。神殿の物ですし、血が悪用されることもございませんからご安心くださいませ」


 ローブの隠しから取り出した例の魔道具を片手で持ちあげヴィルフィーナ公爵令嬢に見えやすくしてやると彼女は興味深げにその魔道具を繁々と見つめる。そして彼女は何かを納得するように頷くと魔道具から視線を外し「他にはございますか?」と先を促した。


「それが済みましたら、大樹へ赴きただ大樹の側で座っているだけでよろしいです」

「そ、それだけですか?」

「えぇ、それだけです」

「…………そうですか」


 何を期待していたのかは判らないが、明らかに気落ちした表情を見せるヴィルフィーナ公爵令嬢にわたくしは首を傾げつつ大樹への歩みを早めた。


お待たせしました。

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