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覆面姫と溺愛陛下  作者: ao
本編
2/67

グレン・フォン・ティルタ・リュニュウスの場合

「はぁー」


 重苦しい溜息を一つ吐き出した私は、執務机に座り差し出された紅茶を一口含んだ。

 何かを察したらしい側近のエリオットが「また……ですか?」と声をかけて来る。


「そうだ……まただ。また、私は彼女の笑顔を私以外に奪われたのだ……」


「あははは。拗らせてますね。おっと、これは失礼を……。

 もういっそ、好きだと告白されたらよろしいではないですか?」


「お前には分からないんだ……。

 やっと、手に入れられると思った恋い焦がれた女性が

 婚約した途端、私の顔色を伺い。いつ婚約破棄を言いだすのだろうか?

 と、言う顔で見つめるのだぞ?」


「まぁ、なんと言いますか……残念な思考をされていますからね。

 それに、あの日々の出来事をニア様は覚えていらっしゃらないご様子ですし」


「あぁ。それもまた問題だ。

 どうすれば、彼女は私に微笑みかけてくれるのだろうか?」



 私がニア嬢。婚約者と出会ったのは、今から約10年前だ。


 その日10歳になった私の誕生日が開かれた。

 だが、私はたまたまその日高熱を出し、お披露目のお茶会に出席できなかったのだ。


 主役である私がそんな状況だと知られたくない父が代役として出席させたのは、影と呼ばれる顔や姿形がよく似た一つ上の男だった。


 そして事件は起こる。お茶会でその男はニア嬢に対し、私であれば決して行わないような酷い言葉と態度を平然としたらしい。


 そのことを知ったのはお茶会から一月も後だった。

 英雄と称されるニア嬢の祖父であるヴィジリット辺境伯が登城した際、父と私を前にこう言ったのだ。


「失礼ながら、陛下と殿下には少しばかり、儂の孫娘の事で聞きたい事があるのですが?」

「な、なにかあったのか……?」


 そう言われた父上が気まずそうに言いつつ視線を逸らし泳がせると、ヴィジリット辺境伯の眼光がより一層鋭く私たちを見つめた。


「茶会以来、孫娘が奇行に走っておる。理由を聞いても孫娘は何も言わんがな。

 長年共に居るメイドに聞いたところによれば、お披露目の茶会で『顔が醜い』と、殿下や周囲の令嬢たちに言われたらしいのですが、その事についてお二人はご存じでございますかな?」


「――なっ!」


「その件については誤解があるのだ……リューセイよ」


 そうして父上が事の一部始終を詳細に説明した。

 茶会で起こった内容に、私は終始絶句する。


 知らなかった事とは言え、私の代わりに出席した男が、英雄と称されるヴィジリット辺境伯の孫娘であり、この国の中核と言っても過言ではないヴィルフィーナ公爵家の娘であるニアミュール嬢を貶す発言をしていたのだ。


 彼女を傷つけていた事実を知った以上、私は正式に彼女に謝罪すると言う選択をした。そうしなければ、彼女を溺愛しているヴィジリット辺境伯とヴィルフィーナ公爵を敵に回す事になるからだ。


 この二つの家が国王派にいていてくれるからこそ、外敵を排除し、内敵を抑えられている。その事実を知る私に他の選択肢はなかった。


 その謁見から数日後、私は彼女に謝罪するためヴィルフィーナ公爵家を訪れる。普段ならば窓の外など気にもしないのだが、その日は少し違った。


 不意に馬車の窓から街並みを覗いた私の視界に、ある異物が映る。

 顔を黒い覆面で覆い目の部分だけを出した幼女が、ピンクのワンピースタイプのドレスを纏い、背にバッグを背負って停車した私の馬車の隣を悠然と闊歩していたのだ。


 顔に掛る布が取れないのではないかと心配になり、慌てて馬車を降りた私は、彼女に声をかけるのだが……それは、彼女が望んで行っている事で、その幼女が例のニア嬢だと知るのにそう時間はかからなかった。


 彼女と話し一日一緒に行動した結果、私は謝罪するよりも彼女自身に興味を持ってしまう。

 私が気になり質問した内容に対し彼女が回答してくれるのだが、その答えが常に常人の斜め上なのだ。


 例えば、街中に水路を作る。それは上下に別れており上は綺麗な水を流し、下は汚れた水を流して分けることや、街中にゴミ箱を設置すればゴミをそこに捨てるようになり、街が綺麗になるのだとか――。

 

 彼女の考えが面白い。しかも実用的で、すぐにでも取り入れたいような策ばかりだった。もっと、彼女を知りたいと思った。


 そして、私が彼女を慕うようになったのは五年前。


 ある事件の際、私の不注意で側近のエリオットに大けがを負わせてしまう。その時、彼女は私たちが知りようも無い魔法を使いエリオットを瞬時に癒してくれたのだ。


 あの日の光景は今も目を閉じれば思いだせるほど鮮明に覚えている。


 血を流すエリオットの傍に座りこんだ私の頬を打った彼女が「どきなさい!」と大きな声で叱り付けその場から退かすと、自分がその場に座りこみ小さな声で聞いたことの無い言葉を口ずさむ。


 すると光の粒子がふわふわと浮きあがり、それは次第に何本もの筋となった。

 その筋が彼女とエリオットを包みこみ、何処からともなく温かく優しい魔力が流れ込み集まると二人を包む風になり渦を巻いた。


 その風に煽られ、彼女の被った覆面が剥がれ飛ぶと同時に、今まで隠されていた長く艶めく銀の髪が風に揺蕩たゆたい、その髪が靡く度、見え隠れする優しい金の瞳、白く柔らかそうな肌は少しだけ紅潮し、ぽってりとした淡い朱色の唇を動かし途絶えたはずの言葉を紡ぐ彼女の姿があった。


 魔法の詠唱を終えエリオットを癒した彼女は私にエリオットを託すとすぐに、覆面を探し被ってしまう。

 そんなもの被る必要はない。そう言いかけた私は、己の独占欲のためその言葉を飲み込んだ。


 皆が醜いと言う彼女の本当の顔を見たのは私だけだろう。だからこそ、彼女を他の男に見せたくないと思ってしまった。


 その日以降、私は彼女を正妃に望み、父や教育係の言う通り勉学に勤しみ、漸く彼女を婚約者として迎えたのだ。


 なのに――。


「何故だ。何故ニア嬢は私に興味を示さない!」


「グレン様、悩まれるお気持ちはお察しいたします。

 ですが、執務を終わらせませんと、午後のお茶すらできなくなりますよ?」


 ニア嬢の鈍感さに男としての自信を失いながら、午後のお茶の時間が無くなると言うエリオットの言葉に、急ぎ執務を行った。


 今年の小麦の収穫もなかなかに良いようだな……。

 

 そう言えば、ニア嬢が好きだと言っていたアップルパイをまた、料理長に頼んでおかなければ……それに、彼女はパンも好きだと言っていたな! 

 執務をしていてもついつい、愛しい彼女を思ってしまう。


 午後のお茶を楽しみに今は執務に集中する。


 さて、午後は何を話そうか――。


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