噂の事件、その⑧ 三老会議(2)とグレンの癒しの場合
あれから一時間を経て、ようやく回答が出されたようだ。それまでこちらに向くことがなかった三人の視線が私へと一斉に向けられた。
「我らの意見を纏めたところ、ヴィルフィーナ公爵令嬢の神殿行きはずらすべきではないと判断いたしました」
代表してマルリーロが、重く言葉を告げる。それに軽く驚きながら、「何故だ?」と理由を問いただす。彼女の身に危険が迫るのを未然に防ぐための延期だ。なのに、三老は延期すべきではないと言う。まさか、この中にも魔女の手が……?
「理由については、相手が分からぬ以上先延ばしをしたとして、今より状況が良くなるとは思えないからですぞ」
「それに、次期王妃となろうお方が……この程度の噂で延期するは、外聞も悪い。特に神殿に疑いありと知られ揉めるべきではないな」
私の言葉に、アーサーとアヴァトールが嫌な笑顔を見せ口を開いた。
「次期王妃だからこそ、未然に危険を防ぐべきだと思うが? しかも彼女はまだ、婚約者の位置付けだ。危険がある可能性がある以上一令嬢を守る必要があるだろう?」
一方的な決定に納得のいかない私は食い下がる。そんな私にマルリーロが「一番の理由は、それです」と、訳の分からないことを言い始めた。
「なにを……?」
「ほらの、気付いとらんじゃろ?」
「うむ。これは余程と見える」
混乱する私をチラリと見たアヴァトールがクスリと笑い、その言葉にマルリーロは、呆れた顔を見せる。
「はぁー。王よ、よく聞かれよ……我らは、陛下のその行き過ぎた守り方――過保護――に問題があると言うておるのです。神殿と揉めるはそれこそ、この国に災いをもたらすことになると言うております。そんな調子では、王妃として彼の令嬢も育たぬし、王として陛下御自身が疑われてしまうと気付かないのですかな?」
溜息を零すアーサーが、幼子に教えていると言わんばかりにかみ砕いてゆっくりと話した。
内容は真面だった……なのに、その口調のせいで同意したくないと言う反発心が沸々と湧き上がる。が一方で、王としての私がアーサーの言葉は間違っていないと認める。
「まぁ、どうせ……今回の延期を言い出したのは、ヴィジリット辺境伯とヴィルフィーナ公爵でしょうが……」
全てお見通しだったと言うことか……。であれば、あの三人と話した内容も既知だろう。
「いつからだ?」
憎々しい爺共を睨むように見つめた。彼らはそんな私の視線に肩を竦めて見せる。
「神殿の使者が来る直前だったかの? 市井で流れる噂は、嘘もあれば真もある。常に市井で流れる噂には我らも耳を傾けておりますぞ?」
「ぐっ、わ、私だって……」
アヴァドールの言い分に言い返そうとしたが、よくよく考えれば全てが後手後手だった今回の事を思い出し言葉に詰まる。それでも何とか絞り出した言葉を、その表情だけでアーサーが遮った。
「彼のご令嬢の実家である両家の気持ちは理解できなくもないがな……今回は、後手に回った陛下らの負けです」
幕引きのように言うマルリーロの言葉に他の二人が頷いた。そこで会議は終了となり、大きく息をついた私はその場を後にする。
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執務室へ戻り、机の上に突っ伏した私にエリオットが暖かな紅茶を差し出してくれた。それに礼を言いつつ、何度目か分からない溜息を吐き出す。
自然と向く顔は、癒しを求め隣の部屋――。
「言い訳……必要ですね」
「…………あぁ」
エリオットの言葉に憤慨する強者三人の顔がチラつく。
ヴィリジット辺境伯とヴィルフィーナ公爵への言い訳を考えなければならない。が、今しがたしこたま凹まされて来たばかりの私は、言い訳を考えるよりも先にニア嬢の癒しを求めた。
「少し時間には早いが、お茶の準備を頼む」
「……今回だけですよ?」
きっと虚ろな顔をしているだろう私に、エリオットが仕方ないと言わんばかりに苦笑いを浮かべ頷いた。
部屋を移動し魔導書を読みふけるニア嬢の隣に腰を下ろした私は、さっそく癒しを求め彼女へ視線を向けた。
「――!」
「あわ、わっ!」
そこにあったのは、私の頬に触れる寸前のニア嬢の美しい指先だった。慌てて手を引っ込めようとする彼女の手首を優しくつかみ、己の頬へ押し当てる。少しだけ冷えた指先には整えられた小さな爪が、そして、仄かに暖かい手のひらからは軟らかでしっとりとした感覚が伝わった。
「へ、陛下……」
「グレンだ」
いつものやり取りをいつも通りこなし、彼女に名前を呼ばせる。
「ぐ、グレン様。あ、あの……て、手をおは、お放し下さい」
たどたどしく恥じらったような声音と仕草をして見せる彼女に、私は少しだけ癒された。そんな彼女に、意地悪く「どうして?」と聞く。俯く彼女の様子から、答えはいつもと同じく返ってこないだろうと予想しつつ、それでも今は妄想であろうとも彼女との甘い余韻に浸りたかった。
「グレン様のご様子が、どこか沈んでらっしゃるようでしたから……ほ、ほんの少しだけ心配に……」
「そ、そうか……し、心配してくれたのだな。ありがとう」
予想外の答えに私の方が焦り、握っていた手を放し言葉少なに礼を言う。
惜しいことをしてしまったと後悔しつつ、放れてしまった彼女の手を見つめる。そんな私の視界の隅に、空気に徹しているはずのエリオットの肩が小刻みに揺れているのが映った。
彼女の帰宅後、エリオットから揶揄われたのは言うまでもない――。
足を運んでいただきありがとうございます。