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覆面姫と溺愛陛下  作者: ao
本編
1/67

ニアミュール・シュゼ・ヴィルフィーナの場合

 今日もまた、陛下から派遣されたのであろう豪華な馬車が屋敷の玄関へと止まり、わたくしは重い腰をあげ馬車に乗りこみました。


「不思議ですわね。

 何故、陛下はこの婚約を拒否されないのでしょうか?

 わたくしなんて妻にすれば……皆に笑われてしまうでしょうに……陛下はブス専?」


 本日も陛下の執務室へ義務のように通う馬車の中、いつもと同じように独り言を呟きました。


 母が似合うと褒めてくれた、美しいモスグリーンのドレスを纏い。見えないと分かっていても、少しだけ可愛らしい髪留めでサイドの髪を結いあげました。

 そして忘れてはならない物を被ります。それは、真っ黒の覆面です。


 何故わたくしが、この覆面を被るようになったのか? その理由は今から10年ほど前のお話になります。


 わたくしと陛下が、出会いましたのは幼少の頃――。


 陛下がまだ王子と呼ばれていた10歳のお誕生日のお茶会でした。

 公爵家の娘である、わたくしは両親に手を引かれ王宮の庭園で開かれるお茶会に向かったのです。


 わたくしの容姿の悪さに皆さまが振り返り驚いた顔をなさいます。その当時、まだわたくしは、己の醜さを理解しておらず……醜聞など気にすることなく全てを晒して生きておりました。


 当時の両陛下と王子にご挨拶を終え、両親はそれぞれのお知り合いの方にご挨拶に行かれ、同年代の子女が集まる場にポツンと一人置かれたわたくし。

「友と呼べる子を、作るのですよ?」と言う母の言葉に従い、友人となれそうな子に話しかけました。


 複数人の固まりの中に物おじせず飛び込んだわたくし。


「あなた……その醜いお顔で、殿下にお近づきになるの?」


「あなたのお父様が、必死に殿下の婚約者にしようとしてるとお聞きしましたわ。

 でも、ねぇ……そのお顔で? くすっ」


「殿下……ヴィルフィーナ公爵令嬢が、殿下とお話なさりたいそうですわよ。

 このご容姿で……クスクス」


「アマンディナ嬢、ミリーアナ嬢、ユリアス嬢。

 そう人の顔について言うべきではないでしょう?

 確かに、あなた方には劣るが……否、失礼。

 ヴィルフィーナ公爵令嬢も、見かたをかえればそれなりに美しいご令嬢ですよ」


 7歳になったばかりのわたくしは、年上の貴族のご令嬢たちに、顔が醜いと散々に言われ、殿下には気を使われ、引き攣った笑顔でお世辞を言われたのです。

 その日わたくしは、自分の顔が醜い事を知りました。


 翌日、突然の発熱と同時に寝込んでしまったわたくしは、七日七晩熱に魘されます。そのお陰か、目覚めた時ある記憶を思い出しました。


 日本という国に住むOLだった私は、ある日突然異世界へ転移しました。それも、会社に向かう電車に乗り込んだところで転移させられてしまったのです。


 そのせいかどうかは分かりかねますが、出現場所が悪かった。と言うべきでしょう。

 深い深い森の奥に転移させられた私は、その日から三ヵ月。自給自足の生活を強いられました。そんな中出会いましたのが、魔導師のリリア様です。


 かの魔導師様は、わたくしの状況をお知りになると「馴染み過ぎだ!」と、大爆笑され「面白いから面倒見てやる」そう言うと家へ連れて帰ってくださいました。


 リリア様に転移した事を伝え、どうにか日本へ戻るすべを探すためかの魔導師様に弟子入り願いでれば「理由が面白い」と快諾を頂き、魔法を習ったのですが――。


 その面白さに当初の目的を忘れ、ただただ毎日ひたすら魔法の研究に明け暮れその人生を終えてしまいました。


「あの、魔法は……楽しかったですね。そう、忘れないうちにメモを――っ!!

 ハッ、いけません……いつの間にかトリップしておりましたわ」


 過去へトリップしていたせいで、何度も馬車の扉をノックしていたらしい困り顔の御者に慌てて答え馬車を降りました。

 いつも通り、城の正門ではなく裏門から人目につかぬよう陛下の執務室内にある続き部屋を目指します。


 陛下と初めてお会いした日以来、覆面をつけ醜い顔を隠すようにしたのです。

 その顔を見たのも、もう10年ほど前なのですが……。


 だからこそ、陛下の意図がわかりません。あのお茶会で会った時、陛下の顔はあきらかにわたくしに対しドン引きでした。

 なのに、いざ婚約者を選んだかと思えば、選んだ相手がわたくしだったのです。


 陛下がもし、わたくしを好いて下さっているのであればとも思いましたが、それはまずあり得ない事がわかりきっております。

 では、何故? と、わたくしは考えてしまうのです。


 例えばですが、わたくしの家が陛下にとって、なんらかの都合がいい。もしくは、英雄と称される祖父であるヴィジリット辺境伯から、なんらかの圧力を受けたか?


 陛下の浮いたお話をわたくしは聞いたことがありません。陛下をお慕いしている女性は、数多いらっしゃるはずです。

 それに反応を示されていないのだとすれば――ハッ、まさか!!


「陛下は……男色?」

「ニ、ニア嬢? 妄想でも、私を男色にするのは止めてもらいたいのだが?」


 少し高めのテノールボイスがわたくしの背面頭上から降り注ぎます。

 そのお声を聞くや否や咄嗟に、振りかえり両手を揃え頭ごと視線を下げました。


 本日のお召し物は、わたくしの好きな色である紫が映える色合いのようです。

 濃いグレーの生地を使ったぴったりとしたズボンに、光沢ある白のシャツ。

 そして、紫のタイに上に羽織るジャケットはズボンに合わせたようなグレーに銀糸で蔦の模様を刺し込んだものです。


 その出で立ちは、陛下の光沢ある黒い髪を引き立たせつつ、紫紺と呼ばれる美しくも尊い瞳を引き出し、美しい肌と整った顔の作りを最大限に活かしています。


 醜いと言われたわたくしが、お側に侍る事さえ申し訳無く思ってしまいます。


「それで、どうして私が男色になったのかな? ニア嬢」


「それは、陛下を慕う女性が数多いるにも関わらず、陛下には一切浮いた噂が無いものですから」


「そう言う考え方もあるのだな。以後気を付けよう」


 執務室の扉の前で、陛下に男色だと言った理由を問われ正直に答えれば、苦い笑顔を乗せた顔で室内へと招き入れられました。

 いつもならば、すぐに書類仕事を始められる陛下が、今日は何故かわたくしがいつも待機場所として使用する続き部屋へと入っていらっしゃいます。


 どこか硬い表情をされ、無言でお座りになった陛下のご様子に、ついに婚約破棄を申し出られる気になったのだと思いました。

 対面しソファーに座ったわたくしを待っていたかのように陛下が、苦々しい顔を見せながらわたくしを見つめられます。


 その重苦しい空気は非常に耐えがたく。ここはわたくしから、話を振るべきなのだと陛下へ失礼ながらも口を開きました。


「陛下……わたくしの事はお気づかい無用でございます。

 どうぞ、ありのままお話し下さい」


「二人の時は名で呼んで欲しいと前にも言ったのだが……?」


「それは、失礼いたしました。グレン様」


「それで、肝心の本題なのだが、今日より数日後。

 ニア嬢には、神殿にある大樹へ籠って貰うことになる」


「神殿の大樹と言えば――!!

 リュニュウス王国を建国なさったと言う、初代様が植えられたあの大樹ですか?」


「そうだ。

 代々、正妃になるべく選ばれた女性は乙女のまま

 大樹の側に座り七日を過ごす決まりになっているのだ」


 神殿の大樹ですか……ニュリュウス王国を建国されたと言う、初代様が女神様より賜ったとされる魔法の杖をそこに立て懸けていたところ、次の日には大樹と呼ぶほど大きな木になっていたとされる、不思議な木のことですね。


 それは、是非……拝見したい。と言うより、研究したい!! 一日で杖が大樹なんて、どんな大魔法が仕掛けられていたのでしょうか? 気になります! わたくし凄く気になります!

 

「ニア嬢?」

「ハッ! 失礼いたしました。つい、大樹を間近で見られるかと思うと……うふふ」

「君はずっと見てみたいと言っていたな。大樹を……」

「はい! とても楽しみでございます」


 てっきり婚約破棄を申し出られると思っていた陛下は、なんと本当にわたくしを正妃として迎えるおつもりのようです。


 何度もご辞退を申し上げているのですが、どうやら受け入れては頂けないご様子に、きっとやんごとなきご事情がおありになるのでしょう。と、申し訳無く思いました。


「明日には、日程などを知らせるようにさせておく」

「承知いたしました」


 承諾したことを伝え、立ち上がられた陛下と共に立ちあがり頭ごと視線をさげます。

 執務室の扉を開かれた陛下が、わたくしには聞こえない小さなお声で何事か言葉をポツリと零されます。


 その内容が少しだけ気になりお声をおかけしようかとも思いましたが、執務の時間などもあるでしょうからと遠慮しました。


 陛下のお姿が扉の向こう側へ消えると同時に、わたくしはいつものように魔道に関する書物を片手に研究を開始しました――。


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