94、暫しの巣籠
少し長くなりました。
本編第一章は、一応ここまでです。
元雛の名付けをレオナルドが行い、通名をアレンハワードが考え、愛称はルーナエレンが本人の反応を見ながら決める流れは、レオナルドの想定をしていた愛娘を護る為の盾としての役割に対する褒美には十分過ぎるものだった。
結局図書室の尖塔最上部のスペースに逃げ込んでいたレオナルドは、工房での会議が解散してすぐ氷の魔王によって捕縛され、父親のリクエストによってルーナエレンがほぼ一人で作ったその日の昼食のサンドイッチも、また同様に夕食の鶏のシチューもお預けを喰らう事となった。
その罰を受けた後の暫くの間、艶やかな黒髪も若干萎びた様に見えた程に落ち込んでいたと、後にメイヴィスが震えていたという。
アレンハワードがレオナルドと大人の話合いをすると告げて良い笑顔で図書室を入室不可にしてから、ルーナエレンはまず快癒した元雛を連れて再び二階の暖炉の前に戻り、胃に優しいであろう食事を用意して手ずから食べさせたりと、とても甲斐甲斐しくお世話をしている。
その様子を微笑ましげに陰ながらカーターが補助をし、メイヴィスは少し離れた場所から元主人の体調を注意深く診ている。
最初の様子見にヤギの少量のミルクを、問題ないと判断をした後は少しおっかなびっくりな手付きのルーナエレンが差し出す蒸し鶏の解し身を食べ、それでも物足りない様子で可愛らしく自分の口周りをペロリと舐め、キュルンとした花緑青の瞳で世話を焼いているルーナエレンを見上げてくる。
「う‥‥たりてないの?おなか、びっくりしないかな?」
「ふむ、その様子では足りていない可能性もありますが‥‥そうですね、まだ固形物は慣れておりませんから、少量を様子見しながら、一刻程間を開けてみては如何でしょうか」
「あ、そっか。それなら、すきなものもわかりやすいかも!」
「後は、得手不得手もあるやも知れませんからね」
「わかった!エレン、いろいろメニューかんがえてみる!」
今のヤギのミルクも鶏の解し身も、問題無く食べられる様子だ。
味付けについてもカーターから助言を受けるが、正直見た目が猫科でも本性は龍種に違いない。
仔猫はその体格よりやや大きいサイズの前脚を使って、お顔の毛繕いをしながらも二人を気にしている様子で、レオナルドと同じ猫科の姿でも何だか色々と違う点を見つけた気分のルーナエレンは、ふと思い付いた事をカーターに打ち明ける。
「カーターさんあのね、エレン『かんさつにっき』ほしいの」
「観察日記、でございますか?」
「そう。どんなにっきちょうがいいかな?」
「そうですねぇ、例えばですが‥‥観察してその様子を絵にして残したりは、なさいますか?」
「エレン、あんまりおえかき、うまくないけど‥‥そうしようかな」
「畏まりました。では少し大判で、あまり厚みが無く、後に綴り直しが出来るものが宜しいですね。外装のお色味に、ご希望等はございますか?」
恐らくコニー辺りに事情を話せば、外装に使う革であろうが布であろうが、希望の色に染めて手元に届けてくれる事は想像に難くないので、カーターは初めての『日記帳』についての希望を尋ねた。
「え?うーん、あお?」
「成程、濃いよりは、淡い青系ですかな?」
「そう!」
眩いばかりの笑顔で答える彼女の側近くには、常に青とアイスブルーが慈愛の眼差しで存在している。
「あ、でもレオナには、ナイショ」
「ふふ、では内緒に致しましょう」
ルーナエレンとカーターが楽しげに二人で口元に人差し指を立て内緒のポーズを取っていると、毛繕いをしながらもじっと見つめて来ていた仔猫型古龍の雛が寄って来る。
そして、するりとルーナエレンの膝へ顔を擦り付けた。
その仕草とふわふわで滑らかな毛並みの感触に、彼女の表情が更に柔らかく綻んでいく。
「あのね、レオナがつけたあなたのおなまえはね、おとにしたらだめなんだって」
すりすりと甘える様に擦り寄りながらも、器用に三角のお耳だけはルーナエレンの声を拾っているのが分かる角度に動いているので、返事は無いものの事後承諾ながら通名を設けた事を理由とともに柔らかに告げる。
「エレンのとうさまがつけてくれたんだけど、きにいってくれるといいな」
ーーグランジエール
その名を丁寧に舌に乗せ、音にして紡ぐ。
ぴくぴくと白練色の三角の耳を動かしていた仔猫は、今度はルーナエレンの小さく可愛らしい手のひらに、するりと顔を寄せる。
「お気に召した様ですね」
「ホント?そうみえる?」
「ええ」
良かったぁ、と頬を緩ませる幼い女の子の様子に、益々微笑ましい雰囲気にその場の空気が染まって行く。
「それにね、とうさまがつけてくれたなら、エレンとおんなじだよ!エレンも、とうさまがくれたなまえだから!」
愛らしく照れた表情で告げられた言葉を聞いた仔猫の花緑青色の眼が、満足気に細められたのを見たカーターもルーナエレンも、本当の意味でグランジエールという通名を本人がきちんと喜んだ上で受け入れたのだと実感したのだった。
* * * * *
一方の図書室に軟禁状態で現在進行形のお説教ブリザード真っ只中にあるレオナルドは、漸く凍えそうな温度の声音で語彙力豊かに紡がれる叱責が終わる雰囲気を感じたものの、一歩間違うと延長戦待った無しである事を最近の経験から理解していたので、なるべく殊勝に見える様反省の態度を取っていた。
土下座した上体を起こしたままお説教を続けられて足を崩せず耳を傾けていたので、足が痺れて動けない。
冗談抜きで、泣きそうな苦痛を体験していた。
「うぅ、気を抜き過ぎてて悪かったです‥‥色々浮かれてましたぁ!」
「‥‥時間に干渉する君が、本来の空間での時間の把握を一瞬でも忘れるだなんて。今回皺寄せ先が、私でまだ良かったけれど‥‥」
「いや、本当に済まなかった‥‥」
俯いて嘗て無い程に気落ちした印象を受ける青い眼に、アレンハワードもようやっと声に宿る厳しさを和らげる。
「今回の君らしからぬやらかしを見る限り、雛の名付けは今の君にとって思った以上の負担だと取れるけど」
「あー、まぁちょっとその可能性はある」
「‥‥‥‥」
濁された言葉から、アレンハワードは現状のレオナルドについて黙って観察し、状態の把握をしようとしたのだろう。
腕を組んでトントンと軽く指先で自分の腕を叩きながら、長い睫毛を伏せ暫く思考に耽っているようだ。
「最近ちょっと頑張り過ぎかなぁ、オレ。揮える力の範疇、知らずに超えてたのは間違い無いんだが‥‥何せアレ、原初の始祖の上位だし内包する魔素の熟成というか拗らせというか、ハンパ無いし」
「ああ‥‥」
確かに黒そうだと地下深くで対面した初っ端から、アレンハワード自身も感じていた。
「だから、生態の確認や学習の準備段階も含めて、次の移動は少し様子を見ないか?」
「うーん、まぁ基本的な現在の外界の概念や知識を雛が把握出来ていなければ、結局何かしらの騒動は不回避だろうけど‥‥」
そんなアレンハワードの言葉の裏には、ルーナエレンだけでも危険なのに、という気持ちが見え隠れしている。
其処に擬態はしていても龍種だなんて、このマルティエ帝国で自分達が把握していない上層部にでも見つかってしまえば、面倒しか起らない。
「面倒なのは、執政のエルフどもか‥‥」
「藪蛇になるような接触、しないと約束して。それかもう少ししっかりした認識阻害の魔導具開発の目処が立って、エレンと雛が少しでも埋没出来れば、もう少し気楽に外に出してあげられるだろうし‥‥」
元よりサリヴァン家の限りなく管理の行き届いた血筋は、裔神や聖獣や精霊のルーツが凝縮しているが故に、下手をすると祖国の王族よりもその血に宿る力が色濃く容姿にもそれが影響している。
だからこそより一層隠されて大事にされたし、護られたし自衛で魔導具の開発や魔術の研究も許可されて来た。
その中で認識阻害の魔導具は優先度の高い研究課題であり、アレンハワードの生母もかなり力を入れていたと伝え聞いている。
だが彼女は殆ど屋敷の外に姿を現さず、歴代の先祖返りが使っていたという認識阻害の魔導具では、大した認識の阻害効果は得られ無かった為と記憶している。
そして、自分も愛娘も、あの母より色濃い先祖返りだ。
「幸い、アレンもエレンも現存する最高級の素材がある程度自由になる環境を得た訳だし、新しい研究仲間も増えた訳だし」
「そう、だね。折角エレンがお外に興味を持ったけれど、新しい観察対象が出来て外界に対しての興味が少し薄れて居る内に、出来る事は色々と済ませておいた方が良いのは確かだね」
「そうそう!その間にちょいちょいオレがルディの面倒見とくし!」
そう言われて、アレンハワードはルークの最近の動きに考えを巡らせる。
本来のルディの目醒めが近いものの、少し気になる部分があるのだ。
祖国の厳しい冬と違い、大陸の南に位置するマルティエ帝国は新年を超えた中冬の月の時節でも、雪に閉ざされる事は無い。
研究を進めながら、ルディの様子を見て次の行先を決めるのも悪くないだろう。
アレンハワードとレオナルドは青とアイスブルーの視線を合わせ、互いの意思と今後の予定を確認し合った。
お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و
研究大好きさん達は、うっかり巣籠モードです‥‥。
次話から少々閑話と言いつつ、少し帳尻合わせの補足予定でございま〜す_(:3 」∠)_




