92、名付け
レオナルドとの秘密の談合を終えて無事に解放された雛は、結果として仔猫というようりは大型の猫科の姿を取っていたレオナルド同様、手足が赤ちゃんフォルムで大きく育つ事が約束された大きさの、クリクリとした花緑青色の眼をした白っぽい豹の様な格好可愛い姿に落ち着いていた。
「‥‥龍種の始祖だし、それっぽく纏めるって言ってなかったっけ?」
「にゃ、にゃーん」
溶けた後の雛の気配が変化したと分かった為か、二階の自室からすぐに暖炉前へアレンハワードも戻っている。
そして暖炉前のクッション群にいたはずの大判クッション型の雛が、柔らかなふわふわとした乳白色と灰色の斑模様の毛並みの、大型の豹の子供っぽい姿に変じたのを見て、一段低い声音の呟きを漏らしてしまったのだが、その相棒の咎める雰囲気を含んだ言葉に対してレオナルドは、白々しくも苦しい言い逃れの様な、棒読みの猫の鳴き真似もどきを一旦やってみる。
寒々しい空気に自分でも無理のある返しだと理解しているものの、少し前の自分の言葉に対するツッコミなのでどうにも無言になった視線が苦しい。
案の定、レオナルドに向けられているアレンハワードの視線は、限りなく冷ややかだ。
「だって、やっぱり溶けた経緯が予想通りだった所為で、こいつ自分の種族まで封じちまったとか意味分からん状態になってる訳よ。本来の爪も牙も鱗も、硬い嘴っぽい顎部分に至るまで。それで、義理とはいえオレと親子で眷属なんだし、小さいバージョン且つ黒被りじゃなければ、まぁ構わないかなぁって感じで‥‥」
「龍種の初代始祖‥‥これで良いのか‥‥」
「あぁ!そうそう!!通常エレンと過ごすにはこの姿で固定って感じだけど、それ以外はちょっとアレンにも意見を聞きたいんだ!」
「‥‥何?」
若干の冷ややかさを残したままのアレンハワードの返事に、少し頬を引き攣らせながらもレオナルドは先程まで行われていた密談の後半の内容を、ほぼそのまま伝える。
そして成長や進化の方向性を持たせる為とご褒美の意味を合わせ、レオナルドが名付けを行う事。龍種の初代始祖とここに来ての加護の巻き添え?から、『龍種』として名付けてもそれは基本名乗らせず、通名を設ける事。
そしてルーナエレンにも先に雛改め仔猫もどきの本質の特徴を視て貰い、そこから由緒正しい名付けをしたいのだと述べた。
「そうか。由緒正しい名付けをして、少しでも龍種としての部分が正しく保たれる事を、切に願うばかりだね」
「片親である山の裔神の記憶はオレも持ってるから、恐らく本来の魂と肉体のルーツを比較的正確に残せる筈。後は、ミドルネームも見えてるんだが‥‥家名はまだ与えられないからそれだけでも、オレが与えておきたい」
真面目な面持ちでそう言葉を紡いだレオナルドに、一瞬固まってしまったアレンハワードだったが、明言しないものの目の前の彼が真実最上位とも言える神なのだ、と改めて突きつけられた。
幾ら気安く身内の様な感覚であったとしても、自らを封じているとはいえ紛う事なく超常の存在なのだ。
だが、もうかなりの自分の領域内の懐近くに迄、受け入れてしまっている存在でもある。
彼が自分達親娘に対して心地良いと感じている諸々を、今更変えたとしても。それは誰にとっても、何の得にもならないのだと理解しているアレンハワードは、気持ちを切り替えるかの如く軽く息を吐くと、肩を竦めて見せた。
「確か、ネヴァン以外の洗礼は‥‥五歳の新年だったか」
「祖国は新年なんて王都以外は全て、氷と雪で閉ざされるからね。華寿礼祭、中春の月の初めの一週間の内の吉日を挟んだ数日、王城や神殿で洗礼を受けるんだ」
「あれ?アレンも城で?」
「いや‥‥サリヴァンは高確率で会場に混乱を招くから‥‥」
「おぉぅ」
「我が家に耐性のある親族の高位神官が、自宅に出張洗礼しに来てくれていたよ‥‥」
「へぇ、オウルの家系、シモンズ家か?」
「‥‥流石、良く識っているね」
「オレも長生きしてるからな」
崇めろと言わんばかりの表情でレオナルドが胸を張り、脱線した話題ながらもアレンハワードは何処か懐かしそうな、それでいて僅かに苦い感情をそのアイスブルーの瞳に隠したまま相棒を見遣る。
それでも、今の会話から高名な役職を持つどんな聖職者よりも、それらの元締めの最高位の一柱とも言える彼が洗礼を行えるのは当たり前だろう。
「確かに、君が親なんだし。それで良いんじゃないかな」
「だろ?サクッとエレンに視て貰って確認したら、少しでも真面な姿に固定される様に、オレ自らが頑張って名付けてやろう〜!」
「はいはい」
「じゃあ、エレン呼んでこよう。あ、歌のお姉さんもついでにご対面させとくか」
「‥‥そうだね」
半分程は生返事の様なモノだったが、アレンハワードの相槌を受けてレオナルドは即刻、屋敷の中だというのにルーナエレンの元へと転移を行う。
此の所ずっと忙しなく怒涛の展開の連続だったアレンハワードは、レオナルドが消えたの見守りながら、知らず知らずの内溜息が溢れてしまっていたのだが、暖炉の薪の弾ける音に紛れて誰の耳にも届く事は無かった。
* * * * *
雛に氷砂糖菓子を摂取させて無事解散となってから、メイヴィスにドライアドの女王固有の能力である歌について、新たに彼女が許可を得た領域である前庭に面した南東側のサンルームにて、実践を交えながら教えを請うべく丁度席に着いたところだった。
だがそこに唐突に、しかも屋敷内にも関わらず転移によって乱入して来たレオナルドによって、メイヴィスの念願だった歌のお姉さんタイムは非情にも無惨な迄にぶった斬られてしまった事になる。
「エレン、ちょっと良いか?」
形ばかりの断りを入れる配慮を見せてから、レオナルドはにこやかに語り始める。
「雛にさ、オレが名付ける事になったんだけど、一応箱庭に対して『抜け』が有るのも嫌だからさぁ?エレンにアイツの気質や属性諸々を、一度確認して貰いたくってさ。急かして悪いんだけど、今からちょこっとだけお願いしても良いかな?」
そう告げられたルーナエレンは、一瞬きょとんとしてから大きな紫水晶の瞳を数度瞬かせ、ちらりとメイヴィスの方へ視線を送った。
今、正に授業開始寸前だった目の前のドライアドにも、中座の断りを得なければいけないと考えた故の動きであったのだが、ルーナエレンの配慮とも云えるその視線を受けても、歌のお姉さんは身悶えるのみ。
常日頃からルーナエレンの身近に居る面々は、こんな場面でほぼ完璧に彼女の意図を汲んでくれる為、ついついメイヴィスの予想外の反応に若干の戸惑いがその愛らしい顔に滲んでしまう。
そんなルーナエレンの様子から、レオナルドは長い指をパチンと鳴らしてコニーを呼び寄せ、可愛らしい眉尻をほんの少しだけ下げている幼女の小さな手を取り、再び転移し二階暖炉前へと彼女を連れ出した。
直後、レオナルドの意図を汲み取ったコニーが、若草色の大きな眼を丸くしたメイヴィスの首根っこを摘んだ状態でトコトコと暖炉前にやって来る。
場所と人、そして転移前のレオナルドの発言を考えれば、目の前のこのクッション群に埋もれたふわふわの大きめ仔猫の正体が、自ずと推測出来てしまったルーナエレンだったのだが、どういう訳か、雛だった仔猫は薄くではあるがレオナルドの領域に包まれて、何らかの保護を受けている様に見受けられた。
それが気になって、つい不安気にレオナルドを見上げると、上目遣いの彼女の物言いたげな視線をダイレクトで浴びたレオナルドは満面の笑みのまま、ぎゅっと可愛らしいを抱きしめる。
「はぁ〜、エレンの上目遣い超かわいいぃ。心配ない!ちょっと溶けたから、名付けで固めるだけなんだ」
「‥‥ほんとに?」
「勿論!ただ、固定されないままでエレンを摂取したら、更に変化しそうだからさ。保険というか保護というか」
名付けといえば、消えそうになっていたルークを救った時の事を思い出し、思い当たったのだろう。
ルーナエレンは少しの安堵を笑みに載せ、頷いて見せた。
そして、改めてレオナルドの腕に抱き抱えられたまま、じっくりと雛だった仔猫の様子を観察し始める。
「すごくちいさくて、たくさんのいろが、きらきらしてる。それがぜんぶまざってて、しろいひかりになってみえてる」
「フゥン?細かい色のキラキラ?何色くらい?」
「うーんと、うすくて。でも、にじみたい?」
「‥‥それは、クローゼットのふわふわと同じ?」
「にてるかも?でも、にてるだけでちがう、かな」
彼女が違うと言っているのだから、きっと全てを内包する可能性の魔素というよりは、既に属性の色を薄くでも纏っているのだろうと推測出来る。
レオナルドはそう判断を下し、ルーナエレンのふわふわした青銀と淡い薄紫の絹糸の様な髪に頬擦りをしながら、酷く楽しそうな声音でその名を紡いだ。
「虹と白。良いじゃないか!山の裔神シエラにも繋がりを感じられる。グウェインシエル・ダスク。白と虹と、永き黄昏」
高らかに宣言する様に、レオナルドの美声と詩のような言葉が、空気を震わせ力を以ってその場を支配した瞬間だった。
お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و
やっとこ雛に、名前がつきましたぁ!




