88、砂糖菓子
本日は先に87話として、エイプリルフールSSを入れています。
基本的にメイヴィスやルーク、ルディ、雛などは出ていません。
また、87話は本編と関係無いお話なので、読み飛ばして頂いても大丈夫です( ´ ▽ ` )b
深夜に義親子の内緒話での事情聴取があったからか、雛は朝の明一刻の鐘の代わりに階下のホールから聞こえる柱時計のオルゴール調のメロディーに、意識を浮上させた。
鼻先にふんわりと漂う朝食を用意している香りが混じった暖かな空気を、意図的に胸一杯に吸い込もうとして、喉が焼けつく。
身体の内側の全ての痛みを噛み殺し、じりと身動ぎをしてやり過ごした頃、横から触れない程度の距離を保ったまま思念が心配そうに寄越される。
『オ前、大丈夫カ?』
すんすんと鼻先を近付けて労る様な言葉をくれた相手は、レオナルドから聞いたちょっかいを掛けてしまった相手なのだが、掛け値なしの本心が剥き出しで、何処となくくすぐったい心持ちになる。
眷属として繋がっているコニーもすぐ横に来ると、ポフポフと頭に小さなウサギの前脚で触れてくる。
可愛らしい見た目に反して、あの義父の一番近い眷属であるコニーから、痛みを散らす様な柔らかな魔力が微かに流れて来て、恐々と力が入っていた身体を少しずつ緩めた。
暫く暖炉の前でそのまま微睡んでいると、仔狼がふと顔を上げ立ち上がり、したしたと尻尾を振りながら階段へ向かい、降りていってしまった。
コニーのみを側に残し、ずくずくと身を苛む痛みをそのままに勤めてゆっくり静かに身を伏せる。
意識がしっかりして来てからここ数日、この状態になってから徐々にではあるが痛みの激しさは緩和されているし、出血だけは落ち着いている。
だが、恐らくこれは義父の眷属とルーナエレンへのあらゆる過保護が、彼女に欠片でも敵意を向けた事に対するペナルティとして、過剰に雛の身の内を苛んだ結果なのだろう。
知らぬ間に右の前脚に嵌っていた銀色の腕輪によって、黒い呪いに侵食されていた影響はかなりの勢いで薄れて行ったし、体内の魔力を自らの治癒能力を上げる様な流れに整えてくれている。
それらの補助を受けて、ようやく今の状況に落ち着いている訳だが、昨夜の「これ以上負担をかけるな」という言葉から、この状況が標準であるという認識を自分に課そうと決意を固めた。
そして、今日から精一杯力を付けるべく活動をしようと、自然とグッと強く眼を閉じて全身に気合を入れる。
余りに力を込めて眼を閉じてしまったのか、一瞬瞼に閉ざされた視界が白く灼けたのにびくりと身体を硬らせ、その瞬間に身を襲う筈だった痛みが走らない事に、少し遅れて思い至りそっと重い瞼を上げる。
至近距離から綺麗な紫水晶の瞳が雛を覗き込み、心配そうな彩を滲ませていた。
息を呑むのも忘れ、痛みを忘れ、時を忘れる。
「いたい?ごめんね、エレン、ひどいコトしちゃって‥‥」
幼い子供特有の高くやや細い声に宿る感情が魔力が、言葉の意味と隙間なくピッタリと重なっているのが解り、それだけで雛の身体を癒して行く。押し殺している痛みが、少しだけ軽くなる。
意味もなく色んな感情が込み上げて混乱する脳とは別に、勝手に身体がそっと触れてくるルーナエレンの小さな指先へと動き、すり‥‥と自分から擦り寄っていた。
肉眼で直接、初めて認識した大事な大事な、女の子。
声も魔力も魂も、なんて甘く痺れるのだろうと、雛はこの一瞬に長い永い時間を超えて出逢えた奇跡を寿ぐ。
視界全てが完全ではないが、目の前の相手だけの為に覚悟をすると約束したのだと思い出し、胸の中でかちりと何かが嵌りピッタリと埋まった感覚がする。
===ボクのちいさなめがみ
雛の花緑青の瞳が、ゆっくりと紫水晶の瞳を見つめて、とろりと甘く溶けた。
* * * * *
一見目の前の光景は、幼い女の子とふわふわとした(割と獰猛と思われる大型の)動物の雛との、何方かといえば心温まるほのぼのとした種族を超えた友愛の感動的なシーンなのだろう。
だが、横でニヤニヤと整った容貌に愉悦を滲ませて隠す気のない黒髪の相棒が居り、彼の眷属となった雛の中にも何処か危うさを察知してしまったアレンハワードは、内心複雑な気持ちで一杯だった。
あの花緑青の瞳がそのまま猛毒にもなる可能性を垣間見たが、その中にある愛娘への圧倒的で純粋な執着。
雛の眼差しに籠った熱量から、それが愛娘から逸れる事はまず無いと実感を持って解ってしまったので、無粋な行動は取ろうとは思わなかった。
恐らく自分よりも長く、末長く頼まれなくても護りになる存在だろう。
アレンハワードは朝食を終えたばかりの時間だというのにどっと疲れを感じた。
その様子を分かっていながら、横に立っているレオナルドが口の端に笑みを浮かべたまま声を顰め、囁く。
「良いなぁ、オレの愚息もなかなか根性あるみたいだぜ?」
「‥‥何時の間に『息子』になったんだい?まだ無性みたいだけど」
「大丈夫大丈夫!賢しいし粘着質な感じが、将来性しか感じない!」
「‥‥‥‥」
それは褒め言葉なのかと一瞬言葉を失ったアレンハワードの寄せられた眉間に、プスりと人差し指を押し込んだレオナルドは、輝かんばかりの笑顔で自分を見ている相棒に視線だけで愛娘の方を示してやる。
「とうさま」
「あ、ごめんねエレン。どうかした?」
「これ、こおらせてほしいの」
「ん?」
あれ?これこないだの遣り取りと似てる?と保護者二人が顔を見合わせ、ルーナエレンの呼ぶ声に側まで行く。
そこにはトレーに薬瓶と小皿が用意されており、そのすぐ傍にルーナエレンが座って膝に雛の顎を乗せてこちらを見ている。
チラリと雛を見やると、何処か妙な覚悟を決めた様な感情が見えた気がして、アレンハワードは既視感が間違いではなかった事を認めた。
「ええと、お薬をあげるんじゃなかったかな?エレン」
「うん、でもすごくいたそうなの。だから」
言葉を一旦そこで切ったルーナエレンは、エプロンドレスのポケットからあの小瓶を取り出し、中から一番小粒な蕾を一粒取り出すと、一度きゅっと小さな掌の中に握り込んでそっと再び掌を開く。
するとその小さな可愛い掌の上には、よくよく見ればさらさらとした砂糖の粒の様な姿に変化した蕾が乗っている。
トレーの小皿にそれをさらりと移すと、そこから改めて一摘み程度の極僅かを掌に戻し、そこに薬瓶から一滴ずつ薬液を馴染ませ、ルーナエレンの小指の爪の先程度の大きさのとろりとした塊を作り出した。
「ふぅん、エレン考えたなぁ。ミルクでも刺激が強いって判断か?」
「うん。だからこれなら、おかしみたいにしたらって」
「凍らせて、解ける氷菓みたいな口溶けの砂糖菓子になるって事か!」
「そうなの!‥‥あ、でも、エレンととうさまだけしか、だめ‥‥だった?」
不安気に上目遣いな紫水晶の瞳を向けられたレオナルドは、至極満足と言わんばかりの上機嫌で頷いて見せる。
「いや、状態を改善してやりたいと、エレンが思って配合するんだろ?過剰摂取じゃなければ大丈夫だ」
「?いっこだけって、こと?」
「ああ、そのエレンの可愛いお手手の上にある、その一個だけだ」
このマルティエ帝国内で現存する上位種族を含め、どの種族よりも恐らく雛の潜在能力は最上位クラスの高さなのは違いない上に、更にレオナルドの眷属で義理とはいえ親子としての絆を結んでいるのだ。
ルーナエレンの手の中にある氷の砂糖菓子の姿をした『薬』は、確実に怪我を癒すだけに留まらないと確信が持てる為、そんなドーピングを雛の状態でさせて万が一にも想定外な成長をされたのでは、レオナルドの大いなる野望に差し障ってしまう。
そんな状況を避ける為にも様子を見つつ、これこそ用法容量を見極めるべきと判断したのだ。
「その砂糖菓子も、エレンの魔力で浄化と癒しを加えるつもりなんだろ?」
「うん」
「うーん‥‥程々に、な?」
「?そうなの?」
「ほら、エレンの魔力をたっぷり吸った種で、若木の成長凄かっただろ?」
「ああ‥‥‥」
「‥‥わかった」
最後に出された例が余りにも分かり易く常軌を逸した謎成長だったのを思い出したサリヴァン親娘は、何処か苦いものでも含んだ様な、そっくりな表情で諾と返事を返しつつ頷いたのだった。
お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و
うぅ、糖度‥‥糖度を下さい_:(´ཀ`」 ∠):
名前すらまだついていない雛。不憫。。。




