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呪われ魔導師と秘密の至宝  作者: 七縁ささみ
一章
82/150

82、薬と歌

 

 ほんの少し舌っ足らずになりながらの愛らしい自己紹介を受けたメイヴィスは、脳内で盛大に鼻血を噴いた。勿論綺麗な笑みを浮かべたまま礼を取ってやや俯いているので内心の衝撃は取り繕えている筈なのだが、少しでも気を抜くと今にもにやけそうになる表情を必死で固めている状況だ。


 メイヴィスの脳内の熾烈な戦いなど全く気付いていないルーナエレンは、ちょこちょこと近付いてくるとこてりと首を傾げて見上げて来る。


「さっきのおうた、みどりいがいでも、げんきにできる?」

『そう、ですね。姫さまのお声には、とっても魅力的でキラキラした有り得ない程の魔力が乗っているので、わたくしの識る歌の技術をお教えしたら、もしかすると姫さまだけの新しい歌の力もあるかも知れませんし』


 質問に応えている間に、見上げてくるルーナエレンの愛らしい眉がほんの少し下がったのに気付き、メイヴィスは若草色の眼を数度瞬いて待機する。

 何やら、失礼な言動があっただろうかと一瞬考えるものの、どこの部分に眉が下がった原因があるのか分からない。


「‥‥エレンのこえって、へん?」

『いいえ!滅相もございません!ええと、そうではなくてですね、姫さまがお持ちの魔力の質と量、それから感受性というか才能が素晴らしいという話ですので、変だなどという事は全くございませんよ?元より力ある上位の精霊や妖精など、物質(マテリアル)より精神(スピリチュアル)の格が高位である存在の肉声には、大概何かしら魔力が宿っているものでございますから!』

「そうなの?しらなかった」


 へにょっと何処か悲しげに自分の声について尋ねて来た姿に、メイヴィスは大慌てで否定と補足と修正をノンブレスで告げ、ルーナエレンの表情が新しい知識に輝きを見せたのでホッと息を吐く。           


 一般的に魔力を型に嵌め指定し変換して現象を起こす魔術とは違い、魔力に込められる願いや想いを溶け込ませ、対象に影響を及ぼすのがドライアドの歌による魔法であり、想いや願いの強さも魔力の質や操作も繊細で複雑だからこそ、扱える存在が稀なのだろう。

 そして魔力を空気中に溶け込ませるという技術は個々の感覚頼りであり、膨大な魔力量を以ってしても発揮する力は補助や支援に偏りがちな為、研究もあまりされておらず文献もほぼ残っていない。


 今の世界の標準的な魔力保有量の減り具合を考えれば、所謂奇跡と言われる能力ではあるものの、メイヴィスにとっては幸か不幸かドライアドの女王固有の能力として持った技能なので、息をするように扱える。

 そんなメイヴィスが指導するのであれば、レオナルドが教えろと言ったくらいなのだ。そう遠くないうちにルーナエレンが何かしらの効力を持つ歌を扱える可能性は、限りなく高いに違いない。


「あ!えと、おねえさん」

『ん"ん"っ!‥‥どうぞメイヴィス、とお呼び下さいませ』

「うん、メイヴィスおねえさんにね、やくそうとおくすりについても、おしえてほしいの」

『植物や土属性の素材の調薬でしたら、何なりと』

「ほんとう?ごほんだけじゃ、むずかしかったからうれしい‥‥」


 少しだけ弾むように小さく華奢な身体全てで喜色を浮かべるルーナエレンに、ここにやって来てからの諸々が綺麗に浄化され洗い流されているような心地がして、メイヴィスはともするとニコニコよりもニヤニヤに限りなく近い表情と評されるであろう表情筋の緩み方を、懸命にそれ以上崩れない様頬の内側に力を入れ保たなくてはならなかった。


「あ!おてつだいのとちゅうだったのわすれてた!エレン、もうもどるね」

『はい!姫さま、また後ほど』


 にこりと笑って手に持った籠を大事そうに抱えたルーナエレンが、厨房の裏口に繋がる小道の方へとトテトテと去って行く後ろ姿を見えなくなる迄見送った後、メイヴィスはコニー経由で受けた課題に必要な素材を採集出来る段階まで育成させ、様々な種類の薬草類を多めに収穫してから屋敷の指定された工房へ向かおうと身を翻す。


 期せずして対面が心温まる自然な流れで成された事に、メイヴィスはもう胸が一杯で歓喜の歌が溢れてしまいそうだったが、再び上司にあたる数名の恐ろしく凍えた叱責する様な(気のせいではないかも知れない?)空気を回避すべく早急に工房で任務を遂行し、この胸に押し殺し切れない情熱(パッション)を如何に暴発させずに宥めるか、頭の中はそんな考えで占められてしまっている。


≪お屋敷でコニー様に、叫んでも迷惑がかからない様な壺でも貰えないかしら»


 これが今後、この屋敷の至る所に溢れんばかりに花の飾られた花瓶や勢いのある観葉植物が置かれる様になるきっかけなのだが、それはまた後の話である。








 * * * * *







 厨房の裏口に繋がる小道を急いで戻ったルーナエレンは、戸口で待ち構えるレオナルドを見付けると嬉々として駆け寄ってメイヴィスに出会った事を報告した。


 小さな手から籠を受け取って扉を開けてやり、ふわふわと笑みを浮かべるルーナエレンを室内へと招き入れる。


「おかえり、エレン。その様子だと、ドライアドのお姉さんに会ったんだね?」

「オレも今、その話を聞いてたとこだし」


 招き入れられた厨房では、カーターとアレンハワードが夕食の準備を手際よく進めている。


 カーターはレオナルドから籠を受け取ってサラダの用意を終えると、オーブンから柔らかなしかし香ばしい香りを漂わせるミートパイを取り出す。


「じゃあ、コニたんは先に工房でメイヴィスから薬草を受け取って、調薬の準備を整えておいて」

「この後の事を考えると、夕食は食堂ではなくここで済ましておく?工房に持ち込んでもいいけど‥‥それだと、エレンが雛と離れ過ぎて心配するかな?」

「それでは、わたくしめがお嬢様のお食事の間、二階でルーク様と共に様子を見ておりますのでお気になさらず」

「有難う‥‥カーターさんのご好意に甘えようか。工房で調薬しながら、エレンも実験出来るし」


 カーターが雛の側を請け負うと、コニーが手早く二階用にトレーへとメニューを揃えて用意し、工房にワゴンで人数分の出来立てを切り分けたミートパイやサラダ、ボアのバラ肉の香草焼き、あっさり目のミルクスープを用意する。


「さあ、冷める前にどうぞお食事になさって下さい。わたくしめも、直ぐに二階へ参りますので」

「ありがとう、カーターさん!」


 素直な感情の込められた幼い感謝の声に、にこりと笑んでカーターはトレーを持って厨房を出て行く。


 ルーナエレンが夕食の準備を手伝う時間になっても、ふわふわの雛とふかふかの仔犬(ルーク)は互いの毛皮の温もりの所為かそれとも浄化の護符の効果のうちなのか、暖炉の前からルーナエレンが抜け出してもそのまま眠っていた為、暖炉前の囲いを入念に確認して薪と戯れている火の小精霊に言伝をしてからそこを離れたのだ。


 その小精霊が厨房の火を通して何も言って来ていないので、恐らくまだ二人はあのまま眠っているのだろうと推測出来たので、ルーナエレンは工房で夕食を摂りながら実験や加工を試せると心を弾ませる。


「エレン、工房での作業はきちんと食事を全て終えてから、だからね?勿論お風呂の時間もおやすみの時間も、変更はしないよ?」

「えぇ〜」

「雛は一応安定してる。取り敢えず、薬が先‥‥だな」

「はぁい‥‥」


 ワゴンを押すコニーを先頭に工房へ移動を始めると同時に、あっという間にアレンハワードの腕に抱っこされたルーナエレンは、父からのこの後の予定の許容範囲を告げられてまろい頬っぺを膨らませて見せたのだが、横を歩くレオナルドに指摘を受けて渋々ながら諦める様に返事をした。


 自分がもっと精度が高く効果の強い薬を作れたならば、きっと秘匿すべき治癒や浄化の魔術が外で誤魔化し易くなるだろうし、アレンハワードの呪いを緩和する方法としてメイヴィスから習う歌が有用であれば、それだけ一緒に過ごす時間が増やせるに違いない。


 そして中々サリヴァンの容姿や能力を隠す為の魔導具作りが成功しないという歴代の悩みの記憶も持つルーナエレンは、歌の応用であればもしかしたら色々な新しい試みも進むのではないかと、期待に胸を膨らませてしまう。


 方法は幾らでもあればある程いい筈だから。


 ただルーナエレンでは幼過ぎて、新しい技術や道具や魔術に対して、そこに悪意を持って近付く存在にまでは想像が働いていない。


 目に見えて行き詰まっていた状況が動き出す予感に頬を紅潮させている幼い少女を、保護者二人は若干心配そうな彩を載せた眼で見守っていた。






お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و


次回はちょっと視点を変えて、ルディ君と雛の話にしようと思っております。

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