73、蕾の変化
急に冷え込んできましたね。
皆様も、くれぐれも体調を崩されませんよう。
こたつむりが複数、我が家に発生中_(:3 」∠)_
昼食後、揃って図書室地階の工房に設置されている休憩スペースに移動をし、そこでコニーに供されたハーブティーをルーナエレン以外の大人三名がソファーに座って飲んでいた。
そしてルーナエレンが実父より六、七歳くらい歳上と思しき黒髪の成人男性の膝に抱えられ、若干無表情になっている。
当人も含め、その状況に誰も何も突っ込まないという、微妙な空気が漂う午後のひと時。
そんなある種危険な空気の中、カーターも全力でスルーする方向であるのか、静かに座したまま綺麗なまでに気配を消してお茶を口に運んでいる。
「‥‥‥エレン、先日の核の、地下深くに居た方のドライアドのお姉さんを、エレンとあの雛の側に置こうと思っているんだ。良いかな?勿論、嫌だったら断ってくれて構わないし」
「うん、でも‥‥カーターさんは?だいじょうぶ?」
ガッチリとお腹に回された腕にホールドされた状態ながらも斜め横に座るカーターの方を向き、ちょっと不安げに首を傾げるルーナエレンへ、にこりとカーターが微笑んで見せる。
「わたくしめも、伊達に年を重ねている訳ではございませんからね。ご心配には及びませんよ」
「まぁ、カーターは魔道具作成の専属で家長のアレンハワードの右腕扱い確定だからな!」
とても魅力的な、優しげな微笑みをカーターに向けられ、嬉しくなって自然と頬が緩む寸前、何故か得意気な言葉を紡ぐ低い美声が背後から聞こえ、ルーナエレンは一瞬固まった後に頷くだけに留める事にした。
そして先程の「側に置く」という話題から、核に働きかけて本来の状態へ復活させる為に、確認作業を経なくてはならないのだと思い至り、はっとして父親の方を向く。
「じゃあ、とうさま。そろそろクローゼットにしまってたつぼみ、だしたほうがいいかも」
「エレンが出さなくて良いのかな?」
「‥‥ううん‥‥えっとね、ちょっと‥‥」
雛とこの二日殆ど離れられずに過ごした為に、あのクローゼットに預けて貰ってからすっかり忘れていた事に思い至ったルーナエレンは、困った様に可愛らしい眉を下げ言い淀む。
小さく視線を彷徨わせながら懸命に言葉を探す幼い愛娘の姿に、僅かにその場の空気が緩んでいく。
今日のルーナエレンはいつもと若干違う方向性ではあるが、どんな表情を彼女が浮かべていても、それがどんな種類にせよ、過保護な保護者達は全て微笑ましく見えている。
それでも彼女が言い淀んでいる事実に、恐らくコニーの誕生秘話が絡んでいるのは推測に難くないので、ドライアドの姉に過剰な要素が混じるのを不安に思っているのだと理解出来た大人達は、なるべく早く表情を真面目なそれに戻した。
「方向性は決まっているから、エレンに核を視て貰って、そこからすぐに必要な作業に入る予定なんだけれど‥‥」
「与える権限は自称双子のアレと切り離すし、エレンと雛に従属は絶対だ。眷属化云々は作業前の段階では何とも言えないが、必要が有ったとしても少なくともコニー程は深く繋げるつもりは無い」
話題に出された為か、アレンハワードとカーターの視界の隅で、レオナルドのソファーの後方に控えているコニーが少しソワソワと恥じらう様子を見せたので、レオナルドの言い様が大人達には少々含むところを感じ、それに態と乗っかっている様子のコニーの珍しい様子に、彼等の繋がりを明らかに感じてしまう。
魔導人形である筈のコニーは、想像以上に多彩で、芸達者なのかも知れない。
「‥‥まぁ、堅苦しいだけよりは良いけど、可愛いエレンに変な影響を残されるのは黙ってられないなぁ」
「変な影響って、随分と酷い言い様なんだけど‥‥」
不満気に零された言葉に、アレンハワードのアイスブルーの瞳がやや不穏な彩を宿す。
「私は今の素直で優しい、可愛い笑顔を見せてくれるエレンが大好きなんだ。それなのに、変に斜に構えたり皮肉を言う様に育ってしまったら、レオナルドからの悪影響だと言わざるを得ないよね?」
「ルーナエレンお嬢様が今のままお育ちになれば、確かに有り得ない変化であるかと。それでもお嬢様の仰られる皮肉でしたらわたくしめ、幾らでも受け止めてご覧に入れますよ?」
「それは勿論どんなエレンでも可愛いのは変わらないけど、やっぱり内心ちょっとは面白くないと感じるかな」
何処か白々しいアレンハワードとカーターの遣り取りに、帰還してから有耶無耶になってしまっていたルーナエレンへの御免なさいをすっかり忘れていた事実を思い出す。
そしてこの目の前の三文芝居は、暗に調子に乗っていると蒸し返すぞと匂わせているのだと漸く思い至ったようだ。
「え‥‥自重、します」
一旦冷静になってみると、帰還後この昼食からやっとしっかり目覚めたルーナエレンと対面出来、抱っこも許容してくれているけれど。その彼女から自分にだけ笑顔を向けて貰っていないと言う重要な事実に気付いてしまったレオナルドは。
その現実に少し震えながら、それでも蒸し返す訳にもいかず。
きちんと謝罪の言葉を紡げなかったレオナルドは、膝の上にちょこんと座っている彼女のふわふわとした髪に顔を埋めて心を鎮めようと、何度も深呼吸を繰り返す。
「まずは、その変態行為を自重!」
アレンハワードの鋭いツッコミの声と同時に、レオナルドの腕の拘束から素早い動きでするりと抜け出したルーナエレンは、あっと言う間に実父の胸に飛び込み顔を隠してしまった。
* * * * *
一瞬妙な空気感になったものの、サリヴァン親娘の絶妙なスルーにより直ぐ様ドライアドの核の確認作業に移った。
だが、収納に仕舞う前には萎れて乾燥し、細っていた印象しか受けなかった筈の拳大の若葉色の蕾はそこには無く、レオナルドの言った通り進化を遂げ、馥郁とした香りすら放つ様な可憐な印象を損なわないながらも花弁の一枚一枚すら肉厚で瑞々しい、見知らぬ花の姿になっていた。
一瞬別物かと疑いたくなるレベルでの進化に、その場に居た保護者三名と確認作業を担当するルーナエレンが揃って押し黙ってしまったのは仕方が無い事だろう。
「これ、エレンが収納に手を突っ込んでたら‥‥もっと、何というか、より過激な変化を遂げた気がするんだが」
「‥‥そうだね、でもこれでも十分に変貌し過ぎだと思うよ」
「きっと、お嬢様が仰ったタイミングを超えていれば、それもまた過剰な変化があったやもですね」
「あー‥‥‥確かに、あった‥‥だろうなぁ」
まるで先程までのレオナルドの眷属に近くなってしまえばという件に反発を表現しているみたいで、レオナルドは『彼女』の想いを、主に不服がそこに宿っているのだと実感する。
ほんの少しだけ残念な気持ちになりつつ、レオナルドは感じた『彼女』の不服の大きさを想い、自らの我儘とも取れる自己主張を僅かに反省し胸に収めた。
「‥‥これなら心配してた横槍は、問題ないだろうなぁ」
「いやそれはそうなんだけど、ちょっと待って」
事も無げに横槍の話へと話題を切り替えるレオナルドに、アレンハワードはそれ以前の話として花の形について言わずには居られない。
菩提樹の花の色はともかくとして、そもそもあの蕾から花の形が明らかに変わっている。記憶にある植物の学術書にあった、どんな花にも該当しない形の花なのだから、既にこれはメルヴィンと同一の根の植物とは呼べないのではないだろうか。
もしかしたら、ドライアドにとって本体となっている宿るべき植物は、個の存在としてのドライアドの長い生のうちで、唯一つという訳ではないのかも知れない。
思わずそんな考察を現実逃避としてつらつらと考えてしまう程に、アレンハワードは内心動揺をしていた。
記憶の奥底にある、現実離れした風景の中にあった既視感に、冷や汗が背筋を伝う。
それでも、確認をしなければ結局状況も進まないし作業にも入れない。
アレンハワードは一つ大きな溜息を吐くと、ぎゅっと腕の中の愛娘を抱きしめる。
「非常に気が進まない。進まない、けど、エレン‥‥花の種類も含めて、確認の為に花を視て欲しい」
声が震えないように、ややゆっくりと紡がれた顔色の悪いアレンハワードの言葉に、心配そうにくっついていたルーナエレンはこくりと頷いてみせる。
心の底からアレンハワードを気遣い、憂いの表情の愛娘の気持ちと幼児特有のやや高めの体温が、じわじわとその身に染みてくる。
愛娘を安心させる様に綺麗な微笑みを浮かべると、アレンハワードはルーナエレンのふわふわとした髪を撫でてから、そっとテーブルに出された若草色の核を魔力を遮る革素材のトレーに載せ、自分の膝の上に座っている愛娘の目の高さに合わせて掲げるように持つ。
それに合わせて彼女は少しだけ、小さな両の掌を花形の核に翳し、大人達が見守る中で真剣な表情をして核から聞こえる声と視える断片的な情景を、懸命に拾い上げ始めた。
お読み頂き、有難うございます٩( ᐛ )و
姉ドライアドが生えたら、そろそろ行方不明のルークを回収しなくてはと思いつつ、きっと雛まで行かない予感。。。




