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呪われ魔導師と秘密の至宝  作者: 七縁ささみ
一章
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7、小さな冒険ミッション其の2

 遠くで訓練をしている警邏兵達の喧騒が聞こえてくるが、誰もいない廊下をレオナとルーナエレンは足取りも軽く歩いて行く。

 食後のお散歩の許可を無事に得て、先刻厨房で聞いた場所を目指しているのだ。

 ちなみに、今歩いている食堂がある棟は生活棟と言われるもので、基本要塞に駐屯している者は食事や遠征の準備がある時以外は足を踏み入れないらしい。

 ルーナエレンが気に入った廊下の光彩の細工も、生活棟にのみ残されている仕組みだそうだ。

 ドワーフの遺跡はこの要塞の右翼と奥の部分のみが現存していて、それ以外はずいぶんと昔に朽ちてしまっていた。復興しようとした時期もあったらしいが、技術的に断念せざるを得ず、今の形で砦から要塞になった歴史があるらしい。


 博識なレオナが、その話をなるべく噛み砕いて話してくれた。語るレオナの得意げな笑みを見上げながら、教えてもらった内容を真剣に聞き、やがて回廊に出て外の空気に触れる。

 濃い若葉の香りをはらんだ柔らかな風が、二人を包み込む。

 微かな笑い声や囁くような歌声が、風に混じって耳朶を擽りもっと近くへと誘って来た。

 視界には、晩秋の色とは程遠いほどの深い新緑の瑞々しさを湛えた葉が生い茂る、大きくて立派な菩提樹が飛び込んでくる。太い幹は、大の大人が両腕を広げて五人集まったとしても、囲めないのではないかと思うほど立派で、その幹は二又に分かれていた。

 見上げるほどに大きい大樹の上の方は、晩秋にも関わらず小さな黄色い花が無数に咲いていて、分かれた幹の方にも同じように白く小さな花が咲き誇っている。


 昨夜、アレンハワードから知らされていたレオナはともかく、目の前の圧巻の情景に声を失いポカンと立ち尽くしているルーナエレンの反応が、『彼ら』には心地良かったらしい。

 泉から木々から草花から風から、クスクスと微かな笑い声と歓喜が伝わってくる。

 不思議な現象と思いつつ、害意のない姿無き声に覚えがあったルーナエレンは導かれるように、大樹の前までゆっくりと歩み寄り幹にそっと手を触れた。

 その瞬間、ふわりと温かな風が舞い、青銀と淡い紫色のふわふわした絹糸のような髪が優しく宙に遊ばれ、幹と一緒に淡い燐光に包まれる。


『ああ、やっと出逢えたわ夜の雫の姫!ずっとずぅっと待っていたの』


 そう言ってルーナエレンに熱い抱擁をしてきたのは、深緑の長い髪をポニーテールにして白い花の髪飾りを左耳の上に飾った、豊満なナイスバディーな半透明な女性だった。


 急な抱擁に呼吸困難に陥ってしまったルーナエレンを、いち早くレオナが引き剥がす。と同時に一気に周囲の温度が下がり、キラキラと小さく白い六花が舞い始める。


(おす)は間に合ってる、帰れ」

『なによぅ、心は乙女だし身体だってこの通り』

「黙れ、チェンジだ」

『ダーリンとは別れるから』

「そういう問題じゃない。燃やすぞ」


 レオナに抱き込まれて目を塞がれ、ルーナエレンは若干混乱しながら二人のやり取りを聴いている。

 色っぽい声の持ち主は、苛立ちも隠さない声音のレオナの言葉に焦ったように尚も続ける。


『何でよ!この私のどこが不満なのよ!』

「牡だしその全てだ馬鹿」

『貴方に聞いてないわよ!私の名前はメルヴィン!聞こえたわよね姫?!』


 必死の形相のナイスバディーな美女の叫びを、底冷えのする声で切り捨てたレオナはすぐ様ルーナエレンの耳を塞いでみせる。困惑顔でなされるがまま、それでも見たことのないレオナの剣幕に眉尻を下げ、勇気を出して険悪なやり取りに割って入った。


「けんか、めっ!!」

「いやいや、喧嘩じゃなくて」

『そうよ、喧嘩っていうか見解の相違っていうか』

「めっていってるでしょ!もう、とうさまたすけて!!」


 自分には仲裁は無理だと即座に判断したルーナエレンの英断の叫びと同時に、耳をつんざくような落雷が大樹と二人の間に落ちる。


 晩秋にしては身も心も芯から凍えるような冷気が、背後からぶわりと広がった。

 助けを求めた愛娘の叫びを目印に転移してきたアレンハワードは、二又の巨大な菩提樹を見上げてすぐ三人に視線を落とし、まるで氷の魔王のような鋭利でそれはそれは綺麗な笑顔を見せた。


「「チェンジで」」


 保護者の綺麗にハモった冷ややかな声音に、美女はその場に膝から崩れ落ちた。




 * * * * *



 龍の背骨の聖地とも言える豊かで清浄な魔力に育まれ、ドワーフの遺跡の力で現在まで衰えることのなかったこの緑豊かな場所には、有り得ない現象が起きていたらしい。

 一つの樹木でありながら、双子のドライアドが宿っていた。

 しかも、男女の双子のドライアドで、メルヴィンはこの地の領主と契約しているという話なのに、ルーナエレンと契約する為ならば何の未練もなく別れると言い切ったのだ。

 彼の熱い想いは、お昼前のお昼寝タイムに突入して機嫌の悪くなったルーナエレンに一蹴され、現在視界の端で正座で発言出来なくしてあった。


「よりにもよって、領主の契約妖精‥‥」


 眠るルーナエレンを腕に抱いて、四阿で長椅子に座って深い溜息を吐くアレンハワードに、肩を竦めたレオナも溜息混じりに返す。


「この辺りなら領主が一番魔力も霊格も高いだろう。それでもお前とエレンが別格過ぎるから、こっちの基準で言えば比べるのも馬鹿馬鹿しい程の魅力の違いがあるからな」

「こっちとか言いながら、私たちより規格外の癖して‥‥‥」

「今は精々、仔猫聖獣程度さ」


 不毛なツッコミはしないが、レオナに向けられたじっとりとしたアイスブルーの瞳はどこまでも冷ややかだった。一睨みで脱線しかけた話題を一度切り、軽く頭を振って口調を改める。


「ひとまず、エレンを寝かせてやらなくては風邪を引いてしまう。ドライアド、悪いがエレンは名を呼ぶことはない」


 感情を載せずそれだけを言って、ルーナエレンを抱き立ち上がる。

 視界の端で慌てたような気配を置き去りにして、アレンハワードはここに現れた時と同じく唐突に転移で姿を消した。



 与えられた客室に戻ってから物理魔力両側面から接触を知らせる魔道具を作動させ、眠るルーナエレンを子供部屋のベッドに運ぶ。

 ドライアドと契約している領主の存在がある以上、こちらの事情をあまり漏らすべきではない。何よりこちらは禄に情報収集もしていなかった。


「‥‥やはり、昨日ちゃんとエレンを隠してから救援をしなかったのが悪手だったか」

「それはそうだが、小さな異変はオレには判断出来ないし、正直どうでもいいしなぁ。ずっとエレンと空間魔法(おうち)でも、全く問題ないし」

「‥‥‥‥」


 レオナの言いたい事も、分かっている。アレンハワードの身を蝕んでいる呪いは、始祖の濃い血筋だと言えば聞こえはいいが、人の身には過ぎた精霊王の魔力が人としての身体には負荷が大き過ぎる故の短命だ。

 巨大な魔力を制御する際は、余程の精神力と神経を使う。肉体の負荷に耐えるための身体強化を常に掛けながら、常人よりも強い魔力を奮い、常人より早く磨耗する。

 術式を組み込んだ魔道具を複数使い、補助を考えられる限り駆使して漸く今は安定しているが、いつ何時自分の制御を超えた力を使わないと乗り越えられない事態に陥るとも分からない。

 幼い愛娘は、自分を喪失(うしな)ったらどうなってしまうのか。

 レオナルドに庇護されるにしても、それはもう人としての生ではないだろう。

 ギリギリまでの猶予を与えてくれたとしても、人の生のうちで彼女は幸せだと笑う事は出来るのだろうか。

 ベッドの中ですやすやと眠る幼い愛娘の頬にそっと触れる。


「そうだとしても、いつかエレンも外に出たがる。そうなってから何も知らない、どこにも縁者がいない、常識も知らないでは格好の獲物として酷い扱いを受ける。君はそうなったら、もうこの世界を滅ぼすだろう?そうしたらエレンは笑ってくれると思うか?」


 自我が芽生えてから自分たち父娘と共に三年の月日を過ごして来たが、本人曰く『執着』までの自我しか解さない超越者では、彼女の笑顔を得られない筈だ。


「泣いているエレンも美しいだろうが、笑わないエレンは‥‥考えられないな。此処が、痛い気がする」


 そう言ってレオナはエプロンドレスの胸元を抑える。

 良くわからない感情を持て余すような、自分の中を探るような複雑な色合いを見せる青い瞳は虚空を向いていた。




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