68、帰還
要塞砦から離れた魔の森の休憩所付近にてぐんぐんと育っていた菩提樹の若木は、あの古龍の雛とメルヴィンの片割れを解放するミッション後、素材の採集と称したレオナルドの八つ当たりに近い扱いを受けた結果、根元の倒木ごと綺麗に撤去される事となった。
呪いの影響の拡散を防ぐ為に地下深い場所に繭として潜ってしまっていた寝所の一部である舞台と祭壇は、取り敢えずの状態保存の魔術と浄化の護符を設置し、あの地の正常な魔素が蓄積されるのを待ってから、メルヴィンの本体のもう少しだけ浅い部分へ引っ張る予定なのだそうだ。
それというのも元より永い年月のうちに深まる呪いから、菩提樹の本体や地脈を守るべく徐々に深度を深めていたのだが、真っ直ぐ真下に潜るのではなく少しずつ南へと逸れていたらしいので、本来の場所になるべく戻す方向で話が纏まったのだ。
そして古龍の雛の浄化とリハビリ、劣化版先祖返りの守護狼のちびっ子の自立の勧め、ドライアド(姉)の再生と安定については、他に解決出来うる存在がレオナルドやサリヴァン親娘以外に居ないのが実情なので、ここ数日空間魔法にてカーターの手を借りつつ親娘が図書館にてとるべき対応とその後の対策を模索している。
だが、そこにはレオナルドの姿はない。
彼はこの世の終わりと言わんばかりの形相で、怨念を漂わせながら外界にて事後処理を一手に引き受けていた。
血の涙を流しながら役にも立たない連中をコキ使い、不満のあるモノは威圧で物理的に黙らせ、ほんの僅かの餌とする魔道具をちらつかせながら、只管に暗躍しまくる。
そんなレオナルドの現在の最大の関心事は、(ルーナエレンに関する事に限定して)場の空気を読む事を可及的速やかに学習するという事。
そして、如何にしてこの地上で最愛とも言える、銀の雫の姫ことルーナエレンのご機嫌を取るか。
この二点が、今この瞬間の最大級の重要事項だった。
そしてアレンハワードと仮契約を結んでいたネヴァンの聖鳥こと梟の翁は、一旦彼から距離を取りつつ見守る心算の様子で、意図的にルーナエレンに遭わせないまま祖国に送還されている。
仮とはいえ契約によって簡易のパスは繋がっているので、再召喚はほぼ拒まないという意思を伝えられたので、ある程度は認められたのだろう。
風切り羽根を複数枚、素材として譲って貰えたアレンハワードが、ほくほく顔で収納にストックしていたのは余談である。
そんな素材を今現在、図書室の地階の工房にて吟味しているカーターとアレンハワード、そしてルーナエレン。
帰宅してから今日で三日になるが、未だレオナルドは空間魔法への帰還を赦されていないので、諸々の処理をさせられている。
「ねえエレン。コニーを直すにしても、レオナルドに頼らないで本当にいいのかい?」
「やだもん‥‥」
困った事に、小さくても幼くても歴とした乙女である彼女の心をいたく損ねてしまっているらしい。特に不自由もないしコニーは片脚でも器用に家事を熟すし、外にこの姿で出る必要は今の処ほぼ無いので、そこまで修復を急ぐ理由は無い状態で。
まぁ急ぐ理由は無いのだが、ちょこっと臍を曲げてしまった幼い愛娘の機嫌が少しでも上向くのであれば、父親としてその希望は最優先される事案である。
「ではエレンお嬢様、この地域でふわふわな素材といえば‥‥この辺りでしょうか」
「いろ、ちがうの‥‥」
「ああ、それなら敢えて両脚の裏の部分に、風属性のものを足して使ってみるのはどうだろう?」
「ふむ、革か毛皮などですね」
「そうだね、縫製にアラクネの糸を使って、脚の裏はヒポグリフの革を使ってみてはどうだろう?」
幾つかの素材や染色に使える鉱石などを作業台に並べては意見を出し合い、色合いを少しだけパーツで組み合わせ、リボンを付け足した新しい脚の素材と色を合わせる事によって、全体的に色合いのバランスを図る方向にする。
早速話し合った素材を組み合わせて下準備を整え、作業台にて手早く済むよう効率化の魔術陣を付与したコニー専用裁縫道具を取り出し、本人?がサクサクと作業を進めていく。
その間、カーターが手際良く整えたお茶を口にして、三人で目の前で瞬く間に進んで行く作業を見守った。
「これはこれで、ぬいぐるみの愛らしさが増した気がするね」
「‥‥ほんと?」
「ほら、コニー本人も、満更じゃない感じだよ?」
「‥‥‥‥」
実は風属性の足裏を得たコニーの脚力は更に強化されたので、こっそりご満悦だったのだろう。作業を終えて道具を片付け終えたコニーが、顔をあげてくりくりと大きく赤い目にルーナエレンを写し、瞳を輝かせている。
「じゃあ、明日にでもレオナルドに状況確認してから、土下座大会だね‥‥」
ほんの少しバツが悪そうな、可愛らしい眉をやや下げたルーナエレンの横に、ちょこちょこと歩いて来たコニーが陣取り、こっくりと頷いてみせた。
* * * * *
そしてコニーの修復が終わった翌日。
レオナルドは漸く帰還を赦され、嬉々として朝早くから大量のお土産を目一杯準備し、どの姿であれば効果的な謝罪になるか考え抜いた挙句、少女姿で空間魔法へと戻った。
そして帰宅の挨拶も放置で目的の相手を気配で探し当て、意気揚々と向かって目にしたものは。
屋敷の二階の階段を上がり切り図書室の丸い外壁に沿った大きい暖炉前の広い供用スペースにて、暖かな毛足の長いカーペットと大量のクッションに埋もれた、それはそれは逢いたくて泣きながら頑張っていた相手であるルーナエレンと、彼女に抱っこされているらしき謎の灰色のふかふかモケモケした物体だった。
その姿は中型の犬くらいの大きさに見え、種族は定かではないが暖かいブランケットにルーナエレンごと包まれており、あろう事か鼻先を彼女の脇に押し付けて密着しているのが分かってしまう。
わなわなと拳を握りしめて震えるものの、可愛らしい大きな紫水晶の瞳は今は長い睫毛が落とされ、すやすやと眠っているだけに声を発する事も出来ない。
若干怒りに感情を支配されかけた細い肩に、背後からポンと大きな手を置かれ、ハッとして振り返ると苦微笑を浮かべたアレンハワードが立っていた。
「お帰り、レオナルド。お疲れ様」
そう小声で迎えられ、情けない表情のままアレンハワードを見上げる。
「取り敢えず、温室に行こうか。コニー、ここをお願いするよ」
囁くように密やかに言われ、渋々ながらもレオナルドは既に階段へ向かったアレンハワードを足音に気を付けて追いかけた。
そして移動した温室の中央、小振りな噴水横に置かれたアンティークのテーブルセットまで来ると、二人で椅子に腰掛ける。
「ここでこんな場所まで移動して話すって用心振り、何があった?」
「そんなに警戒する事は無いんだけど。ほら、雛の聴力がどれ程なのか知らないから」
返って来た返事に、先程暖炉の前で眠っていた灰色のもこもこの生き物を思い出す。
「浄化の途中らしくてね、引っぺがせないしエレンも離さなくて」
「‥‥‥ほぉぉ」
レオナルドは自分の声が、少女に有るまじき地の底から響く様な低いものになっている自覚はあったが、常に穏やかな口調と声音のアレンハワードにしては、少しばかりご機嫌が宜しくない様子に続きを待つ。
「エレンが読み取った部分を伝え聞いたから、不十分な理解しか出来ていないけど」
「いい、聞く」
「うん。閉じ込めていたレオナルドの空間を破る程の感情、あれはどうも親代わりのドライアドの存在が消えたと感じたのが原因らしいんだ」
どうやらあの時核だけに分離させたドライアドの片割れの状態を、存在の消滅と錯覚してしまったというのだ。
まだこの箱庭に対してアレ以上の存在を持ち合わせておらず、縁を急に奪われた挙句全く自由が効かない状態にされ、身の内に辛うじて抑え込んでいた呪いに主導権を奪われて我を忘れてしまった流れだったらしい。
そして、ルーナエレンが感情から読み取った情緒は、消失に耐えられる程には育っておらず、まだまだ幼子同然と感じたそうだ。
斯く言うルーナエレン自体もまだ三歳になったばかりの、正真正銘の幼子では有るのだが。
「じゃあとっとと保護者の復旧が要るな‥‥」
お読み頂き、ありがとうございます٩( ᐛ )و
どうやってエレンのご機嫌を伺おうか悩みながら雑務をこなしていたレオナルドの肩透かし。
ぴーたんは、果たして腹黒く熟成されているのか?(о´∀`о)




