62、仕上がり具合
翌日闇の四刻を半分程過ぎた、未だ薄暗く靄に視界が霞む早朝の魔の森の菩提樹の若木の元。
ふわりとそこに降り立ったのは、黒い獣姿のレオナルドに連れられたカーターのみで、その場にはすっかり扱かれ絞られ萎びてしまったラドルファスと、そのすぐ傍には水分が足りていない様子の緑の人が待ち構えていた。
「あれ?鬼教官どこ行った」
『恐れながら、こちらにお越しになったのが夜の雫の姫様じゃなかったから、では無いかと‥‥』
「あー、拗ねたのか。てか、夜明け前からねむねむふにゃにゃな三歳児、無理矢理引っ張り出す訳ないだろ。‥‥それにしてもオマエ、随分とルークとも仲良くなったみたいだな」
『いえいえいえいえ‥‥ほんっとに滅相も御座いません!』
一通りお肌がカサついたメルヴィンを弄っておいて、お約束とばかりにドライアドの言葉の途中で不意にパチンと指を鳴らし、レオナルドは朝焼けには程遠いものの薄く白み始めた空を見上げる。
『ナンダヨ』
「首尾は」
『俺ガコレ動カスナラ、ソウダナ。俺ノ出力四割載セテ、コイツノ潜在能力九割ヲ三発ガ限界』
「ふむ。もっと抑えた場合はどれくらいいけそうなんだ?」
レオナルドは未だ何もない虚空に向かって話しかけているが、視えないだけでルークがそこにいるらしい。レオナルドの見上げる先で、何か思案する気配がして、再び幼い少年のやや高い声が降ってくる。
『相手ガ解ラナイカラ明言ハ出来ナイケド、俺ノ出力自体二割混ゼタ位ナラ‥‥劣化版守護狼(チビ狼バージョン)デ、半刻ハ立チ回レルト思ウ』
「成程。では、鬼教官殿。お前が扱いた辺境の騎士団長様は、同行させるに足る力量はあるか?」
『無理ジャネ』
「はい残留ぅ。カーター!」
呼ばれて背後からスッと恭しく掌サイズの小箱を掲げてくるカーターに鷹揚に頷くと、レオナルドはルークを器用に右の前脚で手招きする。
その時漸く、メルヴィンの視界にもルークが憑依したルディの姿がやや上空に現れ、ゆっくりと幼い少年の身体が大きな黒い獣の目の前に降り立った。
カーターからしてみればつい数日前まで仕えていた幼子なのだが、今はアレンハワード達から授かったモノクルやルーフタイや加護の様な魔術がある為、別人であるときちんと理解出来ている様だ。
『何コレ』
「お前の大好きなエレンの力作」
『エェッ?!』
「つけてみ」
『フオォォ‥‥姫ェェ』
中身は別人とはいえ、身体は六歳のちびっ子。
その如何ともし難い身長差を慣れた動作で考慮したカーターが、そっと片膝をついて箱を開け、ルークへとその中を披露すると、先程まで全く表情が抜け落ちた様な幼い少年の容貌が見る見る内に喜色に染まっていく。
そうして恐る恐る箱から取り出した細身の美しい銀色の腕輪を押し抱き、感涙に咽び泣く幼い少年の絵面は微妙ではあるが、不運にもルーナエレンとすれ違いが多かったルークの感動する様を大人組(ラドルファス以外)は生暖かく見守ってやる。
「ルークにはエレンの魔力は馴染みも良いだろうが、身体の方はどうだ?相性とか、後々執着しそうとか?」
『擬似デモ始祖相当ノ先祖返リノコイツ位ジャナイト、耐エラレナイト思ウ』
「やっぱりかぁ」
態とらしく溜息を吐きながら、レオナルドは首をふるふると横に振ってから、背後に控えるように戻ったカーターを見た。
「じゃあ、オレはルークと先に戻って打合せに入るから。カーター、指示出しサクッと終わらせて工房集合な」
「畏まりました」
言い終えるや否や踵を返し、菩提樹の若木の良く育った幹にするりとレオナルドとルークが姿を消す。
こっそりとその後に続こうとしたメルヴィンだったが、良く通るやや低めの声が何故かすぐ背後から聞こえ、思わず硬直してしまう。
「メルヴィン様は、こちらでございます」
『はぃ‥‥』
嘗ての主家の当主実弟にも関わらず、いつしか白目を剥いて崩れ落ちていたラドルファスの襟首を掴んだカーターをこっそりと見やる。この数日で、すっかりレオナルドの影響を強く受けた様子である。
アレンハワード達も使っていた若木から少し離れた野営地まで移動すると、カーターは過酷な訓練で伸びている訓練中の兵士にする様に、テチテチと軽く頬を叩いてから状態を確かめた後、胸ポケットから小振の気付け薬瓶を取り出し、強制的にラドルファスを覚醒させた。
そして状況が飲み込めず目を白黒させている騎士団長が何か言葉を発する前に、カーターはにこやかに冷ややかに、この後の処遇を簡素ながらもきっちり説明する。元侍従長の有難いお話を、倒木に姿勢を正して座って聞いていた大妖精も領主実弟の騎士団長も、どんどんと顔色を白くしていく。
「メルヴィン様の依頼で向かう先は、魔術師様曰く、『階層』を隔てた場所との事。其処に踏み入るに能わない者は、その場所の影響がこの地上にどの様に及ぶか具に見極め、備える様仰せで御座います。ですので、ラドルファス様にはこちらで警邏に励んで頂き、万が一の有事には、ランドルフ様と連携し対処可能な範囲にて、ご対応頂きたく存じます」
出された指示は後方支援という名の現場の監視と隠蔽、つまりは要らんことすんなというお達しだ。
そしてメルヴィンに関しては、更に今後の箱庭のあらゆる種族の教育と相互理解による意識改革を、永続的に執り行う事を暗に命令されたのだが、カーターの語彙力の驚異というべきなのか非常に上品に的確に穏やかに、それらの事を告げられた。
「ああ余談ですが、新たな扉を開いてしまった騎士団長殿は、幼子の教育上非常に、非ッ常によろしく御座いません。なのでエレンお嬢様には絶対に、絶ッ対に、お目にかからないようご留意頂きますよう、ランドルフ様にくれぐれもお伝え下さいませ。レオナルド様からの忠告で御座いますが、気の強い女性に手綱を握って貰え‥‥との事です」
『‥‥‥これが罰なの?!なんなの?!私がそんな珍妙な助言の伝言までしないといけないの?!』
「レオナルド様曰く、互いに興味を持たな過ぎたのも、一因だろうとの事で御座います」
『ノォおぉぅ!!!‥‥わ、わかったわよぅ‥‥』
裔の神などではなく歴とした神託がよもや、気の強い嫁を充てがって倒錯した性癖を家庭内で片付けろという内容であり、それを実の兄に伝言される弟も哀れではある。
だが、動向をきちんと拒否しなかったのも説明出来なかったのも、モルガン側の問題であり責任なのだ。
「では、騎士団長‥‥いえ、ラドルファス様。今後森にどのような異変が起こるか、警邏をお願い致します。くれぐれも、ご無理だけはなさいませんよう」
「ああ、承知した。‥‥カーター」
返事を聞いてから静かに踵を返した、長年身近に仕えてくれていた侍従長の伸びた背筋を、躊躇いがちな声が呼び止めたのでゆっくりとカーターは振り返った。
「どうなさいました?」
記憶の中と差異のない低くて柔和な声音だが、実兄から職を辞したと耳にして未だ実感が無かったラドルファスにも、じんわりと先程までの遣り取りから現実が見えてきたのだろう。
自分だけの気持ちや思い込みで動き、挙句身の程を思い知らされたこの三日間。
ただ単に、水準が極めて低い世界の一角で気を大きくしていた自分がひたすらに憤ろしい。
せめて、これ以上足を引っ張らない。それしか出来ないのだと、身を以て理解させられた。
「いや、俺もこれ以上の失態を重ね無い様、心すると誓おう。この件が無事に納める事が出来た暁には、一度、領都の宿場に寄らせてもらうよ」
そう告げると薄らと苦い笑みを浮かべたが、カーターは一瞬表情を消した。
彼が話題に挙げた領都の宿場に居る孫達の、双子の姉妹を思い出したからである。
「‥‥ミーナもリェーナもまだ年端も行かない見習いですからね」
カーターの跡を継いだ一人息子の嫁の家であり宿場兼食堂の看板娘の孫娘達には、絶対に妙な世界だけは見せたくないので、早いうちにレオナルドなりアレンハワードに対策を相談してみようと決意しつつ、やんわりと釘を刺すのを忘れなかった。
お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و
ここでちょこっと舞台裏というか人物設定をカーターさんに関する部分だけ。
◇カーター=ベイリー
モルガン辺境伯家の元侍従長。六十二歳。小麦色の髪で白髪寄りのメッシュになっている。薄灰緑の瞳。
妻に先立たれ早期定年退職後、孫のお世話と教育に余生を過ごしていた。
ルディが二歳になる時、請われて復職し現在ルディ専属側仕え。
筆頭侍従長は既に息子のグレイソンに譲っており、孫が育ち次第ルディ専属となる予定。
それまでの期間限定契約。
物腰柔らかなロマンスグレー、貴族籍ではないが陪臣の家系。狼の聖獣の遺伝子は僅かに受け継いでいる。
博識で魔道具にも詳しい。
意外にも体術が得意。
◇グレイソン=ベイリー
モルガン辺境伯家、現侍従長。三十五歳で幼少よりランドルフ専属の側仕えをしていた。カーターの実子。
生真面目でカーターより石頭。領都の宿屋兼酒場の看板娘と幼馴染であり、十七歳で胃袋を掴まれて結婚。
お互い一人っ子だった為か、三男三女と子沢山。義理の両親は健在でバリバリ現役。父同士が悪友。
十七歳の長男は既にモルガン家長子イーサンの専属側仕えとして、城に出仕。
十五歳の次男は嫁の家業を継ぐ為、十三歳の双子の妹たちと料理の修行中。
*↑今回ここの孫娘の心配(笑)
十歳の三男は現在ルディ専属の側仕えとなるべく、色々と修行中。
三歳三女はブラコンジジコンで、カーターと次男三男ラブ。夢みがちな甘えん坊。ぐれパパ頑張れ。




