60、人見知りな護符
サリヴァン親娘の重たい諸々の事情の暴露の後に、さらっと浄化魔法を魔術式に起こし解析や適正属性の絞り込みを課題とするという話をされ、すっかり難解な問題に挑まんと無意識に難い表情になっていたカーターだったのだが、当の本人は心なしかさっぱりとした雰囲気でにこりと微笑んだ。
「今回は時間が余り有りませんから、本格的な研究は後回しとします」
そう前置きをして語られた内容は、現モルガン辺境伯当主のランドルフから聞いていた領地の問題に直結しており、この土地に染み込んだ『呪い』と親娘の持つ風の属性が壊滅的に相性が悪く、前回の接触によりアレンハワードとルーナエレンが防戦一方に成らざるを得なかった事と、土地柄故に親和性が高いであろう土や森の属性も『呪い』の悪影響を受ける可能性が高いだろうと解っている事が告げられる。
それらを鑑みて、レオナルドの多大な補助の元ではあるが、土や森同士での拘束、氷や水での体内にある核の破壊、超高温となる炎等が有効打だったと語られた。
「対峙する相手によって、勿論攻撃手段や対策が変化するのは当然です。局面を見て都度、臨機応変に対応するしか方法はないですが、どちらにせよエレンが回復も浄化も支援も全て担当していると、あの子の負担を極力減らす配慮が必要になり、つい強引な手法以外となると本当に手が回らなくて。せめて、事前に呪いの性質に気付けていれば、私も迂闊に接触するような手段を取らずに済んでいたのですが‥‥情けない」
若干の自嘲を含んだアレンハワードの口調を、カーターは黙って見守る。
彼の血族が保有しているであろう風の属性は勿論、そして火、水の上位属性である氷。アレンハワードが確実に属性を三つ持っているのが解る話の内容だけでなく、彼のまだまだ幼い愛娘が担ったであろう部分の話も十分に衝撃的過ぎて、上手く頭が回らず固まっていただけであったのだが、長年の優秀な侍従としての表情の取り繕いは、幸いそう簡単には崩れなかった。
ややあって内心の動揺を抑え感情を落ち着かせる事に成功すると、そろそろ己の常識の範疇では全く以って測れない規格外しかこの空間に居なかった事実に、心の何処かで流石『魔導師』様なだけあるのだなと無意識に納得させていた。
カーターは、ここでアレンハワードが風の便りでネヴァンの『魔導師』であろうと思い当たっている自分自身を、一周回って当然の事と受け止めてしまっているのだが、契約魔術まで持ち出していた己の引抜きにも納得をする。
既に驚き過ぎてすっかり麻痺してしまった感覚もあり、その点を確認しようと考えが浮かんでいないあたり、他者から指摘は無いけれどカーター自身も十分に順応能力も自制心も破格なのは言うまでも無い。
「情けないなどと、アレンハワード様でなければ誰にも成し得ない事だったでしょうに。それにしても‥‥お嬢様はあんなにも幼くていらっしゃるのにも関わらず、実戦を経験されているのですね?」
「意外かも知れないですが、娘は私が近距離戦に挑む必要が出ると、本当に離れてくれなくて」
薄らと頬を染めながら照れ笑いをするアレンハワードの美貌の破壊力が凄まじいが、そこではないと己を叱咤しカーターは薄灰緑の瞳を見開く。
今日初めて対面を果たしたばかりではあるが、いつ目にした時も実父に抱き抱えられて嬉しそうにまろい頬を緩め、柔らかい綿毛のような笑みを溢す幼いルーナエレンは容易に思い浮かぶし、実に愛らしいに違いない。
が、今の話の場合、その愛らしい光景の背後は敵との近距離戦闘と来た。
「正直、私かレオナルドの側が一番安全なので‥‥あ、勿論激しい動きを阻害しない様、簡易で魔道具を作って対応していたのでご安心を。手元の綴り最後の一枚が、その時に対応した所謂『抱っこ紐』です」
何処か商品説明か試作品の解説のような会話になり、カーターは徐々に研究者モードのアレンハワードへの対応に慣れ始めた。
この際悪い意味での不条理がある訳では無いので、自分の心情は取り敢えず放り投げて粛々と現状を飲み込んでいく。
「ふふ、カーターさんは優秀ですね」
例え理解が追いつかなくても動揺していたとしても、立ち止まらず物申さずついて来てくれる姿勢は、アレンハワードにとって得難いもので有り、また幼い子供を護ろうとしてくれる姿も本当に嬉しくなってしまう。
自然と極々親しい者にしか見せなかった、安心した柔らかな微笑みを浮かべて呟く様に吐露するアレンハワードの声音までも、とても穏やかで。
「新しく、身内となってくれたのが貴方で‥‥本当に良かった」
後日、この現場を見ていなかった筈のレオナルドから、「魂を強制的に縛るえげつないやり口とか責められたが、オレちょっと納得出来ない」と言われたアレンハワードは、首を傾げ暫く強制的な手腕について語り合っていた。
少し離れた場所でその会話を聞いていたカーターは、あの夜のアレンハワードの儚い微笑みに年甲斐もなく心を鷲掴みにされ惚れ込んでしまった自覚があるだけに、内心盛大に身悶えたのだった。
* * * * *
「ええ?‥‥お前ら、絶対おかしいって。初日の夜入れても、まだ三日目だぞ?」
モノクルをカーターに授けてから、浄化の術式や魔道具について開発すべく議論を明け方まで交わし、熱中していた二人はほぼ図書室の地階で過ごしている。
食事の際も、コニーがワゴンで運んでくれる上に急遽レオナルドが食事も摂れる様、テーブルセットまで地階に用意したので、同じく設置された大きめのソファーで最低限の睡眠をとる事により強行に色々と進められた結果。
初日の夜半をほぼ情報交換と資料探しに費やし、僅かな仮眠を途中に挟みつつ翌日の明三刻頃から、今現在更に翌朝の明二刻なので、実質の実働時間は睡眠時間を除くと一日と五刻程度である。
「いやほら、レオナルドも色々手を貸してくれたし、ねぇ」
「魔術式の部分ごとの取捨選択や照合だけでなく、わたくしめの水準まで簡略化して下さったりと、レオナルド様の働きが無くては、とてもとても」
目の下に薄らと隈を作りながらもほくほくとした満面の笑みを浮かべる、魔道具製作に没頭していた二人はレオナルドを褒め称える。
結局浄化の魔術式というものは、幾らアレンハワードとカーターが頭を捻り、祖国の実家にあった過去の魔術式の書物を掘り返したとしても上手く具現化出来なかった。
ルーナエレンに浄化の魔術について詳しく聞き取りを試みてみたが、幼児の語彙力と感覚のみで普段やっている為なのか、それを魔術として捉えた上で仕組みまでは上手に他者に伝達し切れない。
そこで助け舟を出したレオナルドの解説によると、彼女の浄化魔術はほぼ精霊族や妖精族、そして聖獣などが使用する『魔法』に近いものなので、魔術式としてきっちりと可視化は出来ないのではないか、というのである。
なので、若干効果は下がるものの所謂お守りの様な仕様にしてみた処、使用者の意識で浄化の発動の切替を行う事も可能な、比較的省魔力の護符に仕上がった。
高純度の水の属性を持つ魔石を使い、そこに物理防御・魔術防御を共に付与するよう刻み、更に与えられた『想い』を対象の水の膜の様に全身に薄く纏わせてその効果を受け手の意識にも連動させた。
魔石に含有される魔力に関しては、量産向きではない最高純度な一品なだけあって、ルーナエレンが精霊化させた小さな水の稚魚精霊もご機嫌に仮宿と認定してくれて、契約無しでも蓄積される魔力での補助と付与された魔術式の補強を担ってくれる仕様になっている。
ただ、それら全ては精霊達のルーナエレンへの純粋な好意のみが原動力で成立しており、精霊本来の気紛れや悪戯心に対してはレオナルドの睨みが入るという破格の環境が無くては完成しないので、他での運用は一切不可だろう。
そしてここでいう『想い』こそが、ルーナエレンの浄化の秘密というべき部分で、魔力の可視化を付与されたカーターのモノクルで判明した事実はこうだ。
光の属性とでも言えばいいのか判然としないものの、彼女の願いがそのまま魔力を帯びた結果『魔法』となっているのではないかという仮説の元、その『願い』を何かに宿す事が可能ならば使用者を限定されたとしても、道具もしくはお守りとしての機能を持たせた何かが作り出せるのではないかと、熱く語っていたアレンハワードとカーターの二人の会話を聞いて。
レオナルドの権限の上限で引っ張り出した収納の素材から、もう諸々を度外視した魔石を圧縮して作り上げた宝珠が幾つも出来上がった。
そこへレオナルドの鞭とルーナエレンの飴による誘導によって、無垢で幼い小さな水の精霊と仮宿設定し、後付けで複数付与した水の守護魔術式も彼らの力で補強され、水の膜と循環をイメージした魔力の流れから全てが上手く噛み合った結果、この短時間で護符としての形を成したのが実情である。
効果の範囲を試した結果、精霊の好感度がルーナエレンと直結しているが故に割とシビアな身内判定があるという事実が判明した結果、外で放置され地獄の特訓を管理していた緑のおネェさんと空気読めない騎士団長が、色んな意味で萎びてしまったのは余談である。
お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و




