58、移籍と販路
回収すべき物は既にルーナエレンの収納に送り終え、ついでとばかりに搾り取った貴重な素材も収集出来たレオナルドは、漸くほんの少しだけ機嫌を上昇させた。
去り際にルークに伝えた言葉も、きっと良い意味でやる気アップに繋がっている筈だし、脳筋で思い込みの激しそうな彼の狼の出涸らしさんも、恐らく多少は扱い易く躾けられる筈とばかりに、メルヴィン諸共若木のやや下の階層に漂う呪いの上澄みと一緒に、閉鎖した空間を創り閉じ込めてある。
見極めにはドライアドを置いてあるし、生命活動に支障が出る様な攻撃もしくは魔術には規制が働くように保護魔術を応用して施してあるので、ルディの安静にするだけではあまり変化の無かった魂も、元より守護狼の末裔なのだからいい刺激となり得るに違いないと、ハードなリハビリを後付けの理由付けしながらもうんうんと頷き空間魔法に戻る。
そうしてレオナルドが降り立った場所は屋敷の二階中央、図書室エリアとはなだらかなカーブを描く壁で隔てられた、以前よりも広くなった寛ぎの空間。
床に毛足の長いふかふかのラグを敷いた床に、様々な風の眷属が幾らでもくれる換羽期の羽毛と綿花を材料に作られた、極上のクッションがコニーによって高速増殖しており、以前よりも格段に居心地の良い空間となっていた。
レオナルドが思わぬ来訪者を含んでいた為の恐怖のお出迎えをすべく、降下した機嫌のまま空間魔法の外へ対応に出た後、図書室で新しい知識に没頭していたカーターも呼び、この場所で愛娘を甘やかす為にお茶の時間にしていたらしい。
「お帰り、レオナルド」
面倒臭い対応を率先して終わらせて来てくれた労いを多分に含んだアレンハワードの声音に、レオナルドも眉間の皺を漸く緩める。
「おぅ。面倒事の慰謝料代わりに、希少な素材も余分に手に入ったから、早速ちゃんとした鍵作ろうぜ。後、カーターにはこれを。移籍に関しての契約の控え。こっちはアレンが保管する控え」
「それはそれは‥‥」
「‥‥有難う存じます。老い先短い老骨の身ではございますが、精一杯精進させて頂く所存でございます」
きっと『慰謝料』という言葉に反応したであろうアレンハワードの呆れた声と裏腹に、カーターは恭しく差し出された契約書を受け取り素早く書面に視線を落とす。
その様子を父親の膝の上でこちらを見上げていたくりくりとした大きな紫水晶の瞳が、喜色満面で輝いている。
「この契約書って、レオナが内容記したの?」
「頑張った」
頑張ったという言葉通り、おおよそレオナルドが識るべくもない箱庭で根を張って生きる者の生活の基準や階級に沿った規定や許容範囲を、何処かしらで調べたのだろう。情報の抽出方法や詳細は追求はしない方が良いと、何とは無しに理解出来る何かがあるものの。
このマルティエ帝国のモルガン領での一般を詳細に知識として網羅している訳ではないアレンハワードですら、カーターの家族の権利や今後の補償、そして縁を一切絶たせないながらも故郷であるモルガン内で、必要最低限の行動の自由を補償する内容が盛り込まれた書面に驚いた。
そして、カーターという有能な人材の移籍という名目での流出を呑む見返りとして、魔導王国ではある程度普及していても他国では未だ作り出せていない、それでも世に流しても問題ない範囲だと判断出来る魔道具を、カーターが設計図と仕様書に起こし、それをモルガンを経由して流すという契約。
勿論事実上、魔道具に組込む魔術式も機能も構造もこの土地の技術力に水準を落として卸すものの、ネヴァン以外では最新鋭と思われるので、設計図や仕様書の利権はモルガンへ渡り、売却と今後の利率の配当も比較的文字の大きさが分かり易い場所にしっかりと明記されていた。
しかも、その肝心の設計図の数はこれからの開発に関わる為に明記されていない為、卸すに見合わない若しくは作製出来ないと判断されれば、此方側の裁量で卸さなくて良いとも記されている。
そこまでしっかりと練り込まれた内容を記し既に調印し終わっている契約書類を読み込んだアレンハワードは、愛娘の為に己の有能さを如何無く発揮しまくる見た目詐称の少女に若干疲れた微笑みを向けた。
「何、レオナルドって商業にも明るかった?」
「いや?だけど物事の破壊と再生って、表裏一体っていうだろ?」
「ふふ、頼もしい事だ。ねぇ?エレン」
まぁ、この国では素材と魔素は豊富だが、技術や知識は帝都以外は心許ない状況なのはお察しだ。
帝国内の魔道具の既得権益をレオナルドが今回の契約で破壊し、マルティエにとっては新しいとされる魔道具を出し惜しみながら普及させてルーナエレンの為に荒稼ぎするというのなら、余程の不利益がない限り同調するのみだ。
そう判断したアレンハワードはご褒美とばかりに愛娘に向かって呼びかけ、それを受けてコクコクと可愛いピンクなほっぺの横で小さな握り拳と共に頷くルーナエレンの様子に、レオナルドは頑張って良かったと心底思った。
勿論、条約の一番最後の部分に小さな文字で、此方への契約内容への不満や何かしらの不利益、弟子入りや技術者育成を強要したり、技術や設計図の横流し等の条約違反行為に対する罰則など、但し書きの物騒さは空気の読める魔導師は触れないし口に出さない。
愛娘がご機嫌になるのであれば勿論全力で肯定するのみ、大人の裏側の世界はまだまだ見せるには早いのだから。
* * * * *
『鍵』としてまず魔導具としてのモノクルを作製する方針は決まっているが、まだこの空間に無条件で滞在出来る程の魔力量も繋がりも少ない。
ある程度の時間をかければそれらは自然と解消されるのだろうけれど、今現在の利便性が低いとなると機動力が阻害されるのは予想に難くない。
それらを相談しながら、レオナルドとサリヴァン親娘、コニーとカーターと総出で図書室地階の工房作業場へ場所を移した。
ここに移動するにあたり、レオナと手を繋いで歩く若しくはアレンハワードに抱っこされての移動が常であったルーナエレンは、空間魔法に初めて入る際に取り込んだであろう魔石の魔術式の馴染みを確認すべく、カーターの腕に抱っこされて向かい合うような体制でその小さな両手を衣服の胸部にそっと当てている。
「初期段階の魔力の循環活性とこの空間魔法への順応を促す魔術式は‥‥うん、問題ない様子だね。後は、この屋敷や敷地内で体調に変化が出たり、口にした物で不快な物等はあったかな?」
「いいえ、不調はございません。寧ろ、長年の疲労や加齢による衰えが、驚く程軽くなっているくらいでして」
若干困ったような表情で答えるカーターにくっついていたルーナエレンも、納得した様子でするりと彼の腕から抜け出して床に降り、とてとてとアレンハワードの方に駆け寄った。
「とうさま、すごいの。カーターさんね、ええとみどりのおネェさんみたいなのと、すこぉし、ひ?のたねみたいなのがあるの!」
「へぇ、それはすごいね。森の属性については魔術式と魔石を得てから四刻も経ってないのに、定着したようだね。元からその二つの適正が、高かったのかも知れない」
「まぁ、元よりこの地が山の神と古龍の魔素で満ちてるからな。それに魔道具作製に関しても魔術式に対しても、自ら多く触れて自己解析を繰り返していた成果だろ」
駆け寄ってきた愛娘が嬉々として語る内容に、レオナルドもアレンハワードもいつになく上機嫌になる。想像以上にカーターは逸材であり、有能で得難い人材である。
高齢と本人は言うけれど、下手をするとアレンハワードよりも長く愛娘の成長をすぐ側で支えてくれる存在になる可能性は高い。
「欲張ってもいいかな?レオナルド」
「奇遇だな、オレも似たような事考えてたぜ?」
「じゃあ惜しみなく水の魔石も親和性の高そうなのを選んでくれるかな?それで適正を得られなくても、初級の水の魔術の発動の可能性が出れば、一つ仮説が立つし」
カーターに作業台の向かいにある椅子を勧め、愛娘をくっつけたまま楽しそうに素材を集め始めたレオナルドとアレンハワード。
だが、くいくいと父親の注意を引く為裾を軽く引いたルーナエレンが、二人の視線を浴びながらフルフルと首を振った。
「おうちだから、できるの。おそとは、むり」
「おぉぅ、成る程」
「なかよしの、せいれいさんが、できればたぶん‥‥」
「ああ、やっぱりそこからかぁ」
教えてくれてありがとうと、ふわふわの髪を撫でたレオナルドは素材でびっしりと埋まった棚を唸りながら暫し眺め、やがて幾つかの素材をごそごそと取り出し始める。
「カーターは恐らく直接魔術は使えないが、術式の作成を重ねる事で複数属性の術式の構築までは出来る様になる可能性があると、オレは見ている。焦らずゆっくり積み重ねるしかないが、仕込みが早いに越した事はないからな」
幸いにもこの空間魔法には、ありとあらゆる属性の素材がほぼ最上級の品質で揃えられる上、上位の精霊や妖精が挙って焦がれ侍りたがる銀の雫の姫の魔力に満ちているので、そんな場所で妖精や精霊の興味を惹くであろうルーナエレン縁の何かを所持し、更に懇意にしていればどうなるか。
自然とカーター自身にも興味を持ち、契約を言い出す存在も出てくる環境が整っているのだ。
それらの作成は魔道具というよりは衣服であったりちょっとした持ち物として身に付ける方針として、コニーに作成を依頼するとして、話ながらも棚から取り出した数々の素材を作業机に並べたレオナルドは、作業机の前で用意が整ったと視線を向けてくる親娘ににっこりと微笑んだ。
お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و
話、進めぇぇぇ(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)




