52、専用扉と鍵
保護者二人は既にカーターという人物を愛娘にとって非常に有益な人材になると認識していたのもあり、取り込む大前提で与える『鍵』に取り入れるべき素材と機能に思考をやっていた。
「メルヴィン、本体の滝の側面に伸びている結晶化しかけた気根があれば、持って来い」
「あ、レオナルド。彼の引き抜きはそれとなく御当主に伝えて貰わないと」
「ふむ、後々返せとか言われても困るしな‥‥。メルヴィン、ついでにお前のダーリンとやらに言ってこい」
『えええぇぇ‥‥』
カーターを放置してそんな事言われてもとばかりにメルヴィンが当事者であるカーターへ視線を向けたのだが、心なしか視線の先の薄灰緑の瞳がキラキラと期待に輝いている気がする。
「ほれ、メルヴィンは早くお使いに行け!」
「じゃあ、ベイリー殿に一旦これをお渡ししておきます。後で作る魔道具に組み込みますので、無くさないよう持っていて下さい。今はこれが『鍵』のような扱いになりますので」
「畏まりました。お心遣いに感謝致します。無事ランドルフ様及び、サリヴァン様のお嬢様にご了承頂けた際には、どうぞカーターとお呼び下さいませ」
そう言って折り目正しく腰を折ったカーターの所まで数歩アレンハワードが歩み寄り、頭を上げさせてから先程レオナルドと少し何かをしていた左手の上にあった若草色の小さな石を手渡す。その小さな石を掌に乗せられた途端、カーターの全身をふんわりと僅かに暖かな風が包み込み、身に付けていた秋口用の外套の裾を僅かに揺らす。
敢えて自分だけ除け者扱いされている雰囲気が満々だが、不満をぶつけるべき相手が居ないこの場では従うしか選択肢はないメルヴィンは渋々ながら、素材の提供と共にランドルフにカーターの完全移籍の可能性が高いと伝えるお使いをこなすべく、菩提樹の若木を通してどんよりと表情を曇らせながら帰って行く。
「では、我が家へご案内しましょう」
何処か悪戯っ子の様な、それでも極上の微笑みを浮かべたアレンハワードが、何もない空間に掌を当てる様な仕草をすると、何もなかった筈の場所に半透明の魔術式がスルスルと描かれ浮かび上がる。
その魔術式自体の大きさが一般的な成人男性の上半身程もあり、また描かれている術式も非常に複雑で専門書を紐解きながら試行錯誤を繰り返して魔道具製作をしていたカーターでも、生まれて初めて目にした規模のそれに自然と腰が引けてしまった。それでも、自分を見込んで評価を頂いたからには、この動揺はなるべく表には出さない様にと必死に自制心を働かせる。
「術式の真ん中に、貴方にお渡しした石に当てて見て下さい」
「こう、でしょうか」
恐る恐るといった動きではあったがカーターの目の高さに浮かんだ魔術式の中心部に、そっと若草色の小さな石を触れさせた。
魔術式と若草色の石とが触れた途端、淡く優しい光が視界を覆い尽くすと同時に、何かが身体に染み込んでいくような感覚に包まれる。
咄嗟に身を固くさせて立ち尽くしたが、指先に触れている石から熱を感じてハッと我に帰ったカーターの目の前に、木製の柔らかいフォルムの大きい扉が現れていた。
その扉の上部には、濃い色合いの落ち着いた組み合わせの色ガラスが嵌った半楕円の細工窓が施されており、何処か要塞砦の最上階にあったルーナエレンが気に入った採光の技巧を感じさせる。
「へぇ、なかなかいいセンスしてんじゃん」
「そうだね、ベイリー殿の雰囲気がとても現れているみたいだね」
「何処に繋げる?一階か?」
「そうだね、工房に自室が侵食されて手狭になってきてたから。そろそろ少し、拡張しようかなと思ってたんだ」
「もういっそ、お前の古巣のミニチュア版で別棟くっつけちゃったり」
「‥‥‥‥」
元より自分で構築した古代魔術が失敗して出来た空間内で、そこに自らの血肉を贄にして出来た場所であり空間質量で構築された自宅なのだが、更にその場所と建物にレオナルドの高純度の魔素が馴染んだそれは、もう言うなれば既に巨大な魔導具であり魔術具と言えたし、何よりも規格外な存在が好き勝手に手を加え自ら住み着いている状態である。
大まかで魔力を大量に消費しそうな作業に関してはもっぱらレオナルドの担当と自然と割り振られていたが、既に無自覚ながらも規格外に片足を突っ込んでいるアレンハワードもある程度、好きに増築も改築も模様替えもこなしてしまうのだが、魔力のガス抜き的な意味合いもあるしどちらにしても愛娘が喜ぶなら不可能も可能にする似た者保護者達なので、常識については双方とも何処かに置き忘れてしまっている。
共に居る様になって数年、一度も実家の様子などを語った事はないのだが、レオナルド程の常軌を逸した存在であれば、然も見知っていて当然の様な言動も深く突っ込むことは今更しない。
魅惑的な提案を真剣に検討し始めたアレンハワードを尻目に、レオナルドは楽しげに黒くて優雅な尻尾を揺らし踵を返す。
「じゃあ、先にちょっと大まかな形だけやっとくか。素材庫と食糧庫の拡張と、半地下階付きのアトリエ用別棟ってところで良いか?」
「ありがとう。中庭と菜園と居間のテラスが見える工房が良いなぁ。あ、そうそう。エレンがね、レオナルドに温室を作って欲しいって言ってたよ」
「任せとけぇ!!」
黒い巨躯を喜びに打ち震わせ瞬時に跳躍したレオナルドは、突如虚空に消えてしまう。
あまりに今までのカーターの日常からかけ離れた光景と怒涛の展開に呆然としていたところに、アレンハワードのものらしきクスクスと上品な忍び笑いが聞こえる。
「慌ただしくて申し訳ない、ベイリー殿。さあ、今度こそご案内致します」
* * * * *
「とうさま!おかえりなさい!」
カーターは、扉の先は正しく別世界だと実感した。
穏やかな秋のお昼前、目の前には自国マルティエ帝国の建築様式とは何処か異なる風情の、やや屋根の角度のついた三階建ての屋敷が聳え、庭園というよりは少し野性味の色濃い低木や草花が生垣となっている。
扉はその側面の通用口の様な位置に繋がったらしく、二人が敷地に足を踏み入れた途端、高く可愛らしい幼子の声がしたかと思うと、一階の広間らしき部屋にある大きな掃き出し窓から小さな影がまろび出て、そして盛大に足をもつれさせたかと思うと、ころりと転んでしまった。
と、認識したのだが。
気付くと、すぐ横に立っていたアレンハワードが両腕を広げ、そこに眩いばかりの銀色の小さな妖精がふわりと柔らかな風を纏って降ってきていた。
「ただいまエレン、でも気を付けて。レオナが色々やってる筈だから、落ち着いてちゃんと周りを見ないと危ないよ?」
「びっくりしたぁ。あ!おんしつ?つたえてくれて、ありがとう!」
「ふふ、すごく張り切っていたからね。後で本人にもきちんとお礼を言おうね」
「はぁい!」
微笑み合う小さな女の子とアレンハワードの容姿は、何も聞かなくても親娘なのだと理解出来る程に近しい彩合いであり、二人のあらゆる性質もかなりの血の濃さを感じる。
そして何よりも、互いをとてもとても大切に想い合っているのが、二人の表情に表れていた。
ああ、ここは何と美しく素晴らしい世界なのだろうと、カーターの心にそんな感情が沸き起こる。
心なしかこの地の空気や木々や草花さえも、先程の扉を潜る前の世界とは違うのだろうと何処か納得出来てしまう。
目の前の親娘の神々しいまでの美しさも、周辺一帯の柔らかな優しく満たされた空気が広がる世界に、自然とカーターの口は嘆息を漏らす。
その小さな吐息に気付いたのか、アレンハワードの腕の中の幼い女の子が顔を上げ、カーターをその紫水晶の様な大きな瞳に映して小首を傾げた。
「‥‥おきゃくさま?」
「ああ、彼はカーター=ベイリー殿。父様の新しい魔道具仲間かな?さあエレン、ご挨拶上手に出来るね?」
そんな遣り取りをして幼い女の子は父親の腕から降ろして貰い、カーターの前にそろりと立った。
ほんのりと恥ずかしさからかまろく柔らかそうな頬を染め、もじもじしながらも可愛らしく軽く膝を折る。
「はじめまして、こんにちは。ルーナエレンです!」
余りの可愛さと謎の尊さに心臓を撃ち抜かれた齢六十ニになる彼は、世界の何処かにあると言われる聖域はきっとここだったんだとその瞬間に考えたのだが、その真偽は誰も知らない。
お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و
やっと生身の保護者が増えました!
こっそりとアレンハワードの中でカーター氏作のカフス釦から、同じ保護者目線を実感して超シンパシーを感じちゃっていました。
コニたんだけでは愛娘の情緒面の成長が不安だったので、本気で落としに来た感じです(笑)




