5,自我の始まり
ちょっと初恋モードです(意味不明
それまで一瞬で永遠の時間、其処に揺蕩うように微睡むように。
誰に決められた理なのか原理なのか思考する事もなく。
力を行使する時が来れば、ゆったりと立ち上がり事をなし、また此処に戻ってきて身体を横たえる。
どれくらいの時が経ち歴史が動いたのか、まだ自分が終焉を与えたかなど何も憶えていない。
ごく稀に意識がそちらに向かう気もしたが、憶えておくほどの事柄はない。
一番初めの、原始の時と幼な過ぎる誰かの自我の衝突を、ほんの少し記憶している程度で。
暗闇と同じ色の、艶やかな黒い毛並みのまろい耳だけを欹てていた。
聴き覚えのある力ある声がする。
前足に乗せていた顎を上げ、ピクピクと耳を動かして音の方向を確認し、立ち上がる。自分が立ち入れない場所は、何処にもない。
音もなくゆっくりと歩き、銀色の光が満ちる場所へ辿り着く。
『おはようレオナルド』
美しくて冷たい、力ある声が自分の名前をそう呼ぶ。その存在を視界に入れる。
赤黒い何かに染まり、それでも彼女は微笑んでいる。どうやら彼女の血ではないようだった。
何の感慨もなく、赤黒い血の元を辿ると、銀色の淡い光に包まれた地上の人間らしき少年がいる。
目の前の女性と近い色合いの髪に、何となく興味を惹かれた。
遥か昔の記憶の中に聴いた、誰かの幼い自我の衝突。あの頃の古い血を感じる。
彼女はそんな観察するような自分を気にしない。
『もう、死んでしまいそうなの。こんなに美しい魂なのに、こんなに歪んでいる。アルドの影響ね』
愛しそうに、慈しむように。
今にも事切れてしまいそうな、血塗れの少年を抱き締める。
銀色の淡い光が強まって、薄ぼんやりとしか視えなかった人間の少年の姿が鮮明になる。
身体中に裂傷が見られ、身に付けている衣服も強い力で斬り裂かれた様にボロボロだ。
固く閉じられた目蓋は、必死に苦痛に耐えているようだが、力ある筈の瞳がそこになくなっている。眼球の膨らみがそこにない。力の制御に失敗して喪ったようだ。
『私の愛しい人、また逢えたのにもう居なくなってしまうのは嫌』
力ある美しく冷たい声が、音よりも熱い何かを込めて少年に届く。
たおやかな細い指が、まだ幼さの少し残った少年の頬をそっと撫で、目蓋に薄紅色の艶やかな唇を寄せる。
銀色の力が欠けた部分を補う様に、少年の目蓋に染み込んでいき、苦痛に歪んでいた硬い表情が僅かに緩んだ。
『ゆっくり眠って。貴方ならきっと私も光も馴染むはず。おやすみなさい‥‥』
少年の額をするりと撫で、銀色の光を纏った彼女は腕をスイと上げる。
同時に彼女の腕の中にいた少年は、忽然と消えた。
彼女が立ち上がった時には、もう赤黒い色は何処にもなくて。
銀色の光も彼女も消えていた。
それから暫く、何とは無しに意識を保ったまま、何時になく『時』を刻む少年のための空間を再現した銀の光の力の側にレオナルドは留まっていた。
慣れない時間の経過と共に、銀色の少年の傷は癒え始め、戸惑いながらもこの空間で少しずつ身体を動かすようになっていた。
彼に気付かれぬまま観察を続けて数日。
水辺で手を取り合って歩く、少年と銀色に輝く彼女を見かけた。
音も他の生き物も存在しない世界が、何処か淡く暖かく色付いて見える。
視線を絡ませて微笑み合う様を、不思議に思いながら眺めた。
成長期の少年は、わずかに残っていた幼さをどんどん薄くさせ成長していく。
喪くした筈の瞳は、今は氷の様に冷たい薄氷の色になっており、この数ヶ月で声も低く青年のそれに近付いている。
「セレーナ」
人間の目紛しい変化をぼんやりと見ていた時、彼の薄い唇からもれた音にレオナルドは意識を向け、そして初めてその変化に目を奪われた。
優しく名前を呼ばれて微笑みを返す、銀色の彼女に何かが宿っているのが分かる。
目を離せない色が、感情が、想いが、あらゆる祝福と願いが。
全てを宿らせた何かがある。
それらを宿らせた銀色の彼女の横顔を見て。
レオナルドは、自我を得た。
世界が色付き、それを知りたいと心が叫び出す。
世界に満ちるありとあらゆる感情が流れ込んでくる。
自然と微笑っていた自分に気付き、心に決める。
もうすぐこの空間は閉じられるだろう。
その後、自分はしばらくここを留守にする。
『ああ、早く君に逢いたいよエレン』
思わず漏れた声は、ひどく熱かった。
お読み頂き、本当に有難うございます!!!
初めて評価もつけて頂き、嬉しくて半泣きでした(笑)
この後割とレオナルドさんの扱いをネタにしそうなので、ちょっと触れてみました。
次はちゃんと本編に戻る予定です。




