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呪われ魔導師と秘密の至宝  作者: 七縁ささみ
一章
48/150

48、現状確認と試運転 其の2

 

 一刻も早く諸々の確認をすべく暇乞いをした後、自らの領域に立ち戻ったメルヴィンは依代であり本体でもある菩提樹の根に意識を沿わせ、どんどんと地中深くに滑るように潜っていく。


 下へ下へと潜るに連れ、始めは感じなかった纏わり付く様な比較的薄く軽い抵抗は地中に滲み拡がった汚泥の様で、最深部に近付く程に物質体(マテリアルボディ)では無いにも関わらずメルヴィンの心身を重く澱ませた。


 思考は疑念と焦燥と不安で塗り潰され、暗く閉ざされそうになる。


 《どうして、こんなになるまで私は呑気に気付きもせず在れたのだろう?一体いつから‥‥》


 メルヴィンという個が箱庭に産まれ出た時から、当たり前のように其処に在った片割れ。

 自分と根源は同じでありがら、確固として別個体であり、それでもきちんと繋がっていた筈だ。


 《そういえば、いつから繋がりを確認しなくなってしまったのか?》


 改めて感じ取るまでもなく在った繋がりを、いつから思い出せなくなったのか。

 最深部に近付いているにも関わらず、記憶があやふやになっていた事実に思考を奪われる。


 神々の末裔や聖獣達、自分と近しい存在は初めて経験した淘汰から次第に箱庭の領域から離れ、その数をどんどんと減らして行った。

 この世界に満ちた高純度の魔素を、繰り返される破壊の爪痕から回復させ循環させる意義を見出せなくなったと背中を向けた多数の者達と、箱庭に執着を見せたり興味を失わずのんびりと揺蕩う気紛れな気性の少数があった筈だ。


 まだ自分達は幼体(おさな)かったけれど、古龍との契約でその寝所に根付き苗床として御子を預かる役割を得ていたが故に、箱庭に存在意義を見出し離れず永い時間をこの地でゆっくりと刻んで来た。

 青水晶に宿る代替りを繰り返す山の神の末裔でもある大精霊も、似たようなものだろう。


『寝所』であるが故に特殊な場所であり、他よりも魔素も豊富であり、種族も資源も再生される速さも違う。

 北の大地、天山に隔絶され守護された風と縁の深い領域、そしてそれと対を成すように東の果ての聖域。


 自然と棲み分けをするように、居残ったもの達で箱庭を穏やかにゆるやかに護り慈しんで来たと思っていたのに。


 目紛しく纏まらない思考が頭を占めている間に、辿る根はかなり本数を減らし頼りない程に細くなっており、目指した地点にかなり近付いたのが判る。


 そんな頃ようやく、メルヴィンの耳に微かに届く、片割れであるメイヴィスの変わり果てた枯れた歌声。


『ああ、メイヴィス‥‥!』


 何て冷たい、何て虚しい、何て悲痛な、暗い昏い溟いか細い歌声。

 子守唄のような穏やかで包み込む様な旋律でありながら、まるで呪詛のよう。


 空気中の魔素を煌めかせるように歌う、かつてのメイヴィスの美しい歌声を識っている。だが、今メルヴィンの耳に届くそれはあまりにも違っていて、ぎゅっと胸が押し潰される。


 いつから彼女はこんな歌を歌う様になっていたのか。


 片割れだと豪語しながら自分は、その彼女の墜ちゆく変化に何一つ気付いてやる事もなく、能天気に無責任に惰性に任せて月日を浪して来たという事実をまざまざと突き付けられる。

 己の不甲斐無さも無能振りも何よりも無責任な今の姿に、どうしようもなく黒く負のあらゆる感情が想いが、無力感と共に全身を蝕んでゆく。


 自覚なくメルヴィンは自分自身を深く深く呪詛で縛り上げ、重力に従うように更に下へ下へと墜ち続け、やがて昏く歪んだ黒い靄を揺らめかせる繭のようなものが視えた。

 咄嗟にそれが御子を護る片割れの紡いだ揺籠であり、かつては慈しみで満たし今は内側からの諸々の影響を封じる役割を果たしているのだと理解する。


 そして、それはとうに限界を超えてしまい、片割れは呪いに呑まれ墜ちた今、箱庭の地表にも目に見える影響が拡がり始めたのだろう。


 か細く歌う墜ちたドライアドの声に操られたかの如く、メルヴィンが黒く烟る繭へと腕を伸ばしたのと同時に、視界が一気に赤黒く染まる。


 伸ばした指先が何かに触れ完全に黒に呑まれた瞬間、心の奥深くで小さくチリリと警鐘が響き、咄嗟の違和感と共に心核に激痛が走ったかと思うと、凄まじい衝撃に弾き飛ばされ意識を本体へと引き戻された。


 心臓という機構は本来ドライアドにはない。

 だが、全身が重く五月蝿いくらいの動悸と共に上手く呼吸が出来ないまま、メルヴィンは闇夜に浮かぶ月明かりに照らされた菩提樹の根元に、暫く蹲っていた。


 散々今の箱庭の状況の危うさを彼の親娘とその二人に執着する『彼』に匂わせられ、現状を自分達も危ぶんでいた筈なのに、何一つ覚悟も自覚も無かったのだと目の前に突き付けられた衝撃に、メルヴィンは途方に暮れる。

 全てを曝け出した場合、きっと破壊を司る『彼』は簡単に御子や片割れ、そして必要であれば箱庭を滅する事を躊躇わないだろう。

 かといって、隠し事など通じる相手でもない。


 自分に何が出来るのか、何処まで何を許容して貰えるのか。

 考えても何も解決策も対策も浮かばない現実があるだけ。


 深く溜息を吐くと、のろのろと顔を上げ、そして固まった。


「よう」


 メルヴィンは諦めと言う名の覚悟を決め、スッと跪き首を垂れた。






 * * * * *





 深夜の空間魔法(おうち)の一階にある、落ち着いた応接間に、第二形態のコニーが音も無くワゴンに湯気を燻らせるカップを三つ乗せて入室し、次々に給仕をこなしてそっと離れた。


 先程まで床に正座させられていたメルヴィンだったが、遅れてやってきたアレンハワードがその光景を見てやや優美な眉山を崩しかけたのを察知したコニーに、流れるような動作で下座の三人掛けソファーの真ん中、所謂尋問される位置へと誘導され浅く腰掛け今に至る。


 正面に麗しき氷の魔王、そしてテーブルの角側に一人掛けのゆったりしたソファーに長い脚を組んで睥睨してくる美丈夫な破壊の神。

 逃走ルートを塞ぐ様に扉の前に気配を消した破壊人形でもあるらしいうさぎちゃん。


 これから自分が話す内容とそれに対する処遇を考えても、この環境に身を置くにしても、どちらもこれ以上の状況の悪化はあり得ないのは確かなのだからと、腹を括るしかない。

 時刻も既に良い子はすやすや夢の中な時間なので、救いの小さな女神の降臨も絶望的である。


 下手な事を言う訳にも行かず何から話したものかと頭を巡らせているけれど、緊張の余り空回るばかりの思考ではその口から言葉を紡げず、メルヴィンの額にはじわりと汗が滲む。


 その様子を横から冷たく眺めるレオナルドは何も言う様子は無く、代わりに正面でゆっくりと飲んでいたカップから口を離しそっとテーブルのソーサーに戻したアレンハワードが、やや上体を前に傾けてテーブルに手を置き両手を組んだ。


「さあ、君がそろそろ話してくれないと、私達は何も判断出来ないよ?沈黙よりも報告をして欲しいな」


 柔らかな口調と物腰で促してきたアレンハワードに、メルヴィンはこくりと喉を鳴らして今度こそ覚悟を決める。

 喉の奥がヒリつくのは、もはやどうしようもない。


『はい、結論から申し上げますと、我が姉メイヴィスと御子はこの地の黒き怨嗟の靄を色濃く纏わせておりました』


 そこからは菩提樹の根が地中深く地脈へと伸びており、その深部に姉の編み上げた揺籠に包まれた空間があり、そこが御子の孵化前の寝所である事。

 根を下ってそこまで行ってみると、次第に黒い呪いが色濃くなり、揺籠が最も黒く澱んでいた事。

 そして、恐らく孵化していない御子も完全ではないにしろ強い影響を受けているであろう事と、姉も墜ちてはいるが休眠状態を何とか保ち、地上へ黒い靄をこれ以上拡げない様揺籠の空間を閉じて閉じ籠っているのが現状であると推測すると奏上した。


 何よりも、自分はこの土地で姉と根を共にしながら、今まで何一つ気付いて居なかったのだと、項垂れ口を噤んだ。

 こんなにも愚かで呑気で無能な自分が情けないと、沈黙の中項垂れていても鎮痛な面持ちでいるのであろう事は対面するアレンハワードにも横から冷たく睥睨していたレオナルドにも解る。


 簡単に「次から気を付ければ良い」と受け流してやる訳にはいかない規模と状態であるし、何よりも取り返しのつかない事態になっているのは事実。

 赦しを与えるのは自分達ではないし、状況を好転させられる保証もない。

 何よりも、そこまで深く関わって面倒を見てやる義理も時間もないのだ。


「君にある程度の助力は約束したからね、約束した分はきちんと果たすよ。ただ、その結果については自分達で受け止める努力を、各々が理解しきちんと履行しなければ、何時迄も何も変わらないとだけ、忠告しておこうか」







お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و


今後はうさちゃんがおうちで侍従の様な立ち回りをするので、レオナルドさんはのんびり出来るとか出来ないとか(どっち

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