4,父親の苦悩
龍の背骨と言われる地は、マルティエ帝国と北東にあるドワーフ王の治めるオクリウェート王国との境に聳える、古の地龍の巨大化石である。北の国境線に添うように尻尾を右横にして、そこから南に向かって寝そべり顎を右に向けた姿が古の地龍の寝所と言われる地であり、胴体部分が魔の森、腰から尻尾にかけてが竜の背骨と言われている。謂わゆる『つ』を裏返しにしたような形で存在する。
当の地龍は大地に還って尚、未だに膨大な魔力と大地の力を巡らせる役目を正しく果たしている様だ。
もしかすると古いドワーフ達の技術によって、絶える事なく循環を助ける作用が遺跡で形造られているのかも知れない。
(ここで素材を熟成させたり、術式を組み込んだりするのも向いていそうだ‥‥)
レオナルドはいつものルーナエレンの侍女風に戻り、既に空間魔法の中に消えている。
宛てがわれた部屋に誰も居ないのでは都合が悪いので、アレンハワードのみ普通に部屋を使う事になった。
少し硬いベッドに横になりながら、独り状況確認をする。
警邏隊を助けた件で領主に報告をするのが明日と言っていたが、恐らくもう先触れは領都に向かって夜通し馬で駆けているだろう。報告のやり取りだけなら良いが、もし辺境伯に会う事になったら。
何処まで自分の事が知られているのだろう。
ネヴァンの魔導師の特徴等は、どこまで伝わっているだろう。消息を絶ったこの五年で、随分市井の話題には登らなくなっている筈だが、国の上層部ではどうだか分からない。
何より、アレンハワードの持つ色は特殊だ。鷹の翼の裔を知っているなら、思い当たる者も有力者ならいるだろう。
自分が相手の立場なら。
取り込めるのなら、多少の犠牲を負っても確保したいと考える。
後盾とは言えないが、ネヴァンは恐らく他国に魔導師を抱えこまれるのを良しとしない。何しろその魔導師の寿命は短いと、ネヴァンは知っている。場所を押さえられれば、連れ戻しに必ず動く。
そんな事情を知らず辺境伯とはいえ魔導師を迎えたとなれば、何処からか必ず情報は漏れるし、国家間の諍いの火種になるのは必死。
説得しようにも、こちらの内情を話さねばならず、これもまた国家間の力関係の崩壊を招く。
実力行使に出られたところで第二警邏中隊だけの感想で言うなれば、辺境騎士団より精度は落ちるかも知れないが実戦経験は多い部隊だ。二つの中隊を纏めても、それでもアレンハワードの片腕での半分の力も要らない。
荒事は、元来の性格からも苦手だし、何より血の臭いが嫌いだった。ルーナエレンにだって、そんなの嫌がられるだろう。
面倒臭い。
自分の存在も、人の思惑も。
もっと力が欲しいと思う。
ルーナエレンと自分を煩わせる存在を黙らせる力が。
レオナルドが保護者を増やすと言っていたのがその近道ではあるが、今回は間に合わない。人間を黙らせるだけの力を持った存在は、そこらにホイホイ落ちていたりはしないのだ。
とんでもないのが、一番身近にいるけれど‥‥。
とは言え、特殊な家柄で知識を得る環境が整っていたからこそ、レオナルドの存在を知っているだけであって。
国王や宰相など国の頂点であるか歴史学者だとか限られた存在にしか、有翼の黒獅子なんて言葉も通じない。
「とんでもない存在の癖に、役に立たない‥‥」
思わず漏らした独り言に、自覚があるのか聞こえている筈の少女からの文句は聞こえてこなかった。
翌朝。
アレンハワードは空間魔法から出てきたルーナエレンに、ほっぺをギュウギュウくっ付けられるという、幸せな拷問を受けていた。
何ということはない、ただ寝ている間に知らない場所に来ていた事への不安と、アレンハワードの顔色が少し悪そうだった事からの幼い娘なりの甘えであり甘やかしであった。
「ああ、もうバレそうになったらシラを切って最後は空間魔法に逃げようそうしよう」
スリスリぷにぷに攻撃に堪らず、愛娘をぎゅううっと抱きしめて笑み溢れるアレンハワードがそう本音を漏らして覚悟を決めた時。
今日の荷物を纏めて何処からともなく現れたレオナが、羨ましそうに半目で父娘を見ていた。
* * * * *
朝食を三人で大食堂にて摂るか隊長達の招きに応じるか、確認に来た侍従と話している時。
思わぬ過保護ぶりが発覚した。
今年三つになったルーナエレンを、男手ひとつで護り育てて来たアレンハワードだったが。
レオナがある程度の身の回りの世話も(魔法で)こなしていたが。
二人以外の人物が側にいる、一緒に過ごす経験が皆無と言っても良かった。
それ程までに二人が献身的で徹底的に守って来たのだ。褒められて然るべきだ。称賛に値する。
だがしかし。
意思の疎通も表情一つ仕草一つで伝わる程近しい二人だけに接して来たルーナエレンは、思っていた以上に人見知りであり言葉数も少なかったのだ。
つまり、幼少期に培われるべき社交性や会話術が、かなり未発達という事でもある。
保護者としても、不特定多数の成人男性が大勢いる場所は流石に無理だろうと判断した結果、隊長達との食事を選択し、侍従に伝えていた。
二人はルーナエレンの人見知りを甘く見ていた。
結果。
ただでさえ人見知りなのに、体格の良い屈強な、しかもアレンハワードより一回り近く年上の男性との同席など怖くて耐えられなかった。
食事も摂らず、ずっと父親の首に縋り付いてポロポロと大粒の涙を零し震える幼女に、ひたすらオロオロする周囲。
あやそうと近付けば逆効果だし、当然食事どころではなくなった。
かくしてサリヴァン親子は、一度客室に戻ってルーナエレンを落ち着かせてから、改めて部屋で食事を摂ってから今日の予定を隊長たちに確認する事になった。
部屋に戻るなりレオナが徐にアレンハワードからルーナエレンを引き剥がし、ベッドに座らせると濡れたタオルで目元を押さえてやる。嫌がる素振りもなく大人しくされるに任せる姿を見て、小さな赤い唇の端を少し上げて見せた。
役立たずと言われたのを気にしていたらしい。
「今のうちに、謝罪と今日の予定を確認してくるよ。レオナと一緒なら、お散歩しても大丈夫だから行っておいで」
汚名返上に密かに燃えているらしいレオナの活躍に、少し期待をしながら。
まだ目を真っ赤にしているから、もうちょっと後でね。と付け加えて、アレンハワードはゆっくりと部屋を後にした。
お読み頂き、有難うございます!!!
何だかちょっと、書きたい事が空回りしております。
もう少しペース落として、熟考しようと思います_:(´ཀ`」 ∠):
引き続き頑張って更新しますので、見守って頂けると幸いです‥‥。