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呪われ魔導師と秘密の至宝  作者: 七縁ささみ
一章
36/150

36、記憶になくても

メインに戻っております。

 

 魔力も体力も限界を超えて消耗し、髪色と同色の長い睫毛を震わせながら、ルーナエレンは懸命に瞼が落ちて父親の上着を握りしめていた小さな手が緩みそうになる自分と、闘っていた。

 今、眠ってしまったら誰が大好きな父親(アレンハワード)を癒すのか。

 レオナが居るけれどそれだけでは無理なのだと、不思議と理解(わか)っていた。


 紛れもなく血の繋がった娘である自分を介してでなければ、現状のアレンハワードは(いと)も簡単にその命を落としてしまうだろう。


 それでも今ルーナエレンに出来る事は、安全な場所までアレンハワードから一瞬でも離れない事であり、それ以外には何も出来ない。

 身の内から湧き上がるような、少し違和感のある魔力が小さな身体を巡る感覚も、自分の意思とは関係なく制御も出来ないのがもどかしくて、更に不甲斐ない身に自然と大きな瞳に涙が溜まる。


 いくら魔道具で補強されていたとは言え、戦闘の最中もずっとアレンハワードにしがみついていたのだから、疲れていたし怖かった。今も胸を絞めつける魔力の違和感も、疲労による眠気も、自分の力が及ばず自身の唯一である父を喪失してしまうのではないかという恐怖も全て、幼気なルーナエレンには耐えられなかった。


 上着を掴む掌の感覚が失われるのと並行するように感情が遂に決壊する寸前、ふわりとまろい頭を撫でる掌を感じる。


「良く頑張ったなエレン。空間魔法(おうち)でゆっくり休んでおいで」


 そうして何度か頭を優しく撫でられて、身体の平衡感覚が一瞬無くなった。

 途端に鼻腔を掠める匂いが変わる。


 薄れゆく意識の中で、ルーナエレンは父親の部屋のベッドサイドに置かれた、素材の仕舞ってあるチェストから香る香木の香りを感じて、漸く意識を手放した。


 そう、確かに手放した、筈なのだが。


 誰かに呼ばれた気がして、そうっと紫水晶の大きな目を開いてみた。

 視界一杯に、何処か懐かしさを感じさせる淡い光で霞んでいたが、目が慣れた頃には白く此の世の者とは思えない程の美しい(かんばせ)の女性が、慈愛の笑みを湛えてルーナエレンを覗き込んでいるのだと理解した。

 視界には女性以外は存在しなくて、そんな状態なのに不思議と疑問は浮かばない。


 それよりも、何故だか、心の奥底で確かな絆を感じる。


『ーーエレン』


 ぼんやりとしたままでも耳に届く、自身の愛称を呼ばわる彼の女性のその声音までも、涼やかで華やかで。

 それでも耳に優しく柔らかく、慈愛の響きを含んで届く。


 まだ意識が朧げな状態でその様子を眺めているしか出来なかったルーナエレンを、彼の女性はその嫋やかな両手を幼子の両脇にそっと通し、掬い上げるように持ち上げ抱き締めた。

 滑らかな頬と、ルーナエレンの柔らかでふっくらとした頬を擦り寄せる仕草に、不意にぶわりと大きな紫水晶の瞳から大粒の涙がとめどなく零れ落ちる。小さな身体で必死に女性にしがみつき、大きな声を挙げて泣いてしまうが、その間もずっと、しっかりと抱き締められ触れ合わせている頬を離さずいてくれる。


 どれくらいそうして泣いていたのかも解らなかった。

 寂しさも不安も、淡く昇華されていくようで、ルーナエレンは涙が枯れるまでそうしていたくて。

 自分を包む女性の腕も胸も、触れている肌全てを通して、やはりと確かな絆に確信を抱く。


 すんすんと鼻を鳴らして、ようやく落ち着いてきたルーナエレンの胸に湧き上がってきた好奇心で、そっと上体を少し離し、女性の顔を見上げてみた。


 まだ幼いながらも、今まで父親であるアレンハワードや常に側に居てくれているレオナより美しい存在は、肉体を持っている存在では見た事が殆ど無かった。実体に近い姿を持っている上位の存在ですら、あの二人の容貌を超える事はほぼ見た事が無い。

 でも、この女性は冷たく見える程に美しいのに、長い銀色の睫毛に覆われた銀色の瞳は潤んでいて優しさを含んでいて、少しルーナエレンとも似ている気がするその造形に、心の中で躊躇いがちに呼びかける。「かあさま」と。


 すると、一層銀色の瞳を優しく潤ませて、女性はルーナエレンの両瞼に艶やかでふっくらとした唇をそれぞれ、ゆっくりとした優雅な動作でそっと寄せ、そして額をコツンと優しく合わせて来た。


 温度を感じないのにも関わらず、触れ合っている部分全てが内側から暖かくなり、自然とルーナエレンは微笑みを浮かべる。


 重なった額から、色んな感情と知識が流れ込んで来る。

 全てを受け止める姿勢を見せると、女性は一瞬神秘的な美しい笑みを唇に乗せ、紅葉の葉っぱのような小さな手を掬い上げると自身の白い手を乗せた。


『エレン、あなたが選択しても良いのですよ。そうすれば、きっと獅子(あれ)は叶えるから』


 不思議とレオナの事だと理解してコクリと小さく頷いて見せると、少し満足げに麗しい顔で頷き返してくれる。


『それから、宝珠の枝を授けます。あなたを助けてくれる筈』

「はい」


 初めて声を発したルーナエレンに、女性は一瞬とても嬉しそうに表情を綻ばせ重ねた手を離すと、すいと腕を僅かに上に払う。


『後は、あなたのおうちのクローゼットに軽い加護の魔法陣を刻んでおいたから、上手に使って貰いなさい』

「?」


 小首を傾げて見上げる腕の中の幼い少女を、暫く見つめていた眩い美貌の女性はもう一度、頬と頬を寄せて来るとぎゅっとルーナエレンを抱き締めた。


『そろそろあなたを戻さないと、あの人も心配するわね。‥‥‥行っていらっしゃい、エレン』


 心地の良い腕の中から、そっと離されたと感じた時には、ルーナエレンの身体なのか意識なのかは不明だが、それらから遠ざかるように女性が朧げに姿を霞ませてゆくのが分かる。

 途端に全身を寂寥感が襲うが、胸の中には確かな温もりが宿っている。

 でも。

 遠ざかる程に、銀色の瞳以外に、彼の女性の姿を覚えていられなくなってしまう。


 それでもルーナエレンは、別れの言葉ではなく、送り出される言葉が耳にした最後の言葉だった事だけは、記憶に留めたまま、目覚めを迎えた。






 * * * * *




 留守をルークに任せたレオナルドは、龍の寝所に関わる恩恵に永きに渡り享受していたであろう存在に目星を付け、空間を跳んでいた。


 その姿は翼は顕してはいないものの、暗闇の中でも艶やかな黒さを纏った獣の王者の風格を漂わせているが、その姿は箱庭よりも数段上位の空間を渡っていたので、目撃される事は無かった。


 出掛ける前に感じた気配で、恐らくルーナエレンは『彼女』に呼ばれて会っている筈だ。

 それであれば、きっとアレンハワードの回復も保証されている筈だし、きっとルーナエレン自身も何かしらの成長の助力ないし影響を受けているだろう。


 そこまで干渉するのであれば、ルーナエレンの選択次第でこの箱庭の未来は左右される。

 まだ留まるのであれば、煩い外野を抑える為の下地は必要なのだ。


 ニヤリと嗤い、レオナルドはエルフが治めるマルティエ帝国の帝都を覆う巨木の中心の最深部、大きな青水晶が覆い尽くす空間に足を踏み入れる。


 そして、ゆったりと佇み威嚇と威圧を大いに含んだ耳を劈く様な咆哮を挙げる。

 空間がビリビリと震え、幹が軋んでぱらぱらと木屑が落ちる。水晶の端がひび割れ、高い硬質な音を立てて砕け散った。


『んぎゃーーー!!!何イィぃぃぃ???』

「‥‥起きたか寝坊助が」


 轟く咆哮にビビり上がって巨大な青水晶から飛び出してきた、青いヒラヒラの薄いワンピースを着た子供は、恐怖に身を震わせながら叫び泣き喚き始めたが、気付かない間に近付いたレオナルドに頭を甘噛みされていた。


『うぎゃーーーーーーーー!!!喰われるウゥぅぅぅ!!』


 本当に一噛みにしてやろうかと、既視感を覚える絶叫を眼下に認めながら、レオナルドは一瞬考えた。が、目的はあくまでも『脅し』という名の『ご挨拶』だ。


「よぉ、えらく元気だなお前。箱庭にはあんまり魔素が無いっていうのに、随分と溜め込んで寝こけてばっかりか?オレが寝てる間に、どいつもこいつも怠惰なのばっかりなんだな」

『あ‥‥あぅあ』


 僅かに顎に力を入れると、硬質な感触が軋む感覚がある。

 すぐ側にある青水晶からも軋む音が聞こえるところからも、この土地では地の属性の最上位の精霊なのだろう。


「菩提樹のオネエのとこの事情は、箱庭より上位階層のお前等は理解してるのか?」

『ホェ?!み、御子さまの事ですか?!』

「ほぉ、知ってんだな」


 未だ頭を噛まれたままの青水晶の精霊は、挙動不審ながらも必死に頷いていたが、悲しい事に頭は物理的には全く動いていない。


「それじゃ、箱庭の奴らが失伝してるのを知ってるか?何故放置している?」

『!!!!!!』


 声音が冷ややかさを増し、地の底から響いてくるような迫力を直接頭の中に叩き込まれた精霊は、魂の消失を限りなく身近に感じる。

 怒らせてはいけない存在の頂点を感じ、必死に頭の中で言い訳を巡らせる。

 どう阿るのが正解なのか。


 誰にも見えて居ないが、目を回して泣きながら身を硬らせている精霊に、くぐもった嗤いを含んだ声でレオナルドは続ける。


「まぁ、今日は挨拶しに来ただけだからな。オレが『執着』する存在に不利益が無ければ、取り敢えず放っておいてやるぞ?ただ‥‥」

『た、ただ‥‥?』


 ごくりと喉を鳴らして復唱する青水晶の精霊に、レオナルドは温度を感じさせない声を出す。


「メルヴィンは調教済みだからな」 


 龍の寝所に含まれる地域で妖精の要が菩提樹の大妖精とするならば、きっと精霊の要がこの青水晶の上位精霊であり、それ故にこの地に居を構えるエルフ族が皇族の扱いとなったのが窺えた。

 失伝するまでは、きっと暫定的に戴いているに過ぎなかったであろうそれを知るのは、今の箱庭には居ない。


 それを正すにしても、上位種族といわれる存在の意思を無視は出来ない筈。


 最後にガリっと僅かに薄く齧り取る。


『うんぎゃーーーーーーーーーっ!!!!お赦しをぉぉぉ!!』


 齧られると同時にレオナルドの口内から自由になった頭部は、最奥の空洞に悲痛な悲鳴を木霊させる。

 元より青みが強い全身を更に青ざめさせた青水晶の精霊は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を左右に振りながら、座り込んだ状態でガクガクと震えている。


 いつの間にか掻き消えたレオナルドの気配に、気付かぬ程怯え切った精霊の艶やかで豊かだった青い髪は、毛先がすっかり真っ白になり、背中の中程まであった髪も刈り上げた様に、後ろ髪がなくなっていたのだった。




 

お読み頂き、有難うございます!


やっとママンと会えました。

それでもエレンがまだまだ未熟なのと、存在が違い過ぎるので、戻ったら記憶が曖昧になります。


そして、おかしいなぁ_(:3 」∠)_

精霊も妖精も、残念なのばっかりになってしまう。。。

変態って、増殖するのかしら٩( ᐛ )و


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