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呪われ魔導師と秘密の至宝  作者: 七縁ささみ
一章
26/150

26、要塞砦の視察 其の2

ランドルフとメルヴィン回です。

 昏く沈んでしまった気分を、天から降注ぐ銀色の光に慰められるような面持ちで、回廊を奥へと歩を進める。月の傾きと季節から今の刻限を読み取るならば、闇の二刻を三割ほど過ぎた頃合い(午前二時前後)だろうか。


 いつも神出鬼没なあの古き守護妖精は、気紛れでありながら契約者であるランドルフを勝手に愛称で呼び、この菩提樹に逢いに行くと必ず姿を顕してくれる。自惚れではなく、契約を結ぶ位には気に入られているのも事実なのだが、どうにも()()はランドルフを揶揄い過ぎる傾向にある。

 それでも落ち着きと強者の余裕と貫禄を持ち、同時に瑞々しさと妖艶な天上の美貌を持ち併せていて、強がろうにも見栄を張ろうにも、幼少からの付き合いである。取り繕うのは、とうの昔に諦めていた。


 こんな深夜に人ならざる上位者とはいえ、女性に逢いに行くのは何処かしら背徳的だな等と見当違いな事を考えつつも、回廊奥から聴こえてくる静かな水音と冷えた湿り気を帯びた草木や葉を揺らす風の過ぎる音に身を晒す。

 距離感が少し狂うような、見るものを圧倒する菩提樹の巨木へと真っ直ぐに歩み寄ると、ふわりと鮮やかな森の緑の香りが鼻腔を擽った。


『ホントに来ちゃったのね。仕方のない子』


 香りと共に、半透明の深緑の天女がランドルフの目前に姿を顕し、優しいながらもほんの少しだけ咎める声音で語りかけて来る。


「神出鬼没な麗しい貴女に必ず逢えるなら、それだけで此処に来る価値はある」

『ふふ‥‥‥お上手になったわね。それで?もう私に逢えたから、明日にでも戻るのかしら?当主が城を長く空けるなんて、いけない子』

「‥‥冗談でも、そんな冷たい事、言わないでくれ」


 普段、雄々しい眉はきりりとして漢らしい美丈夫なランドルフだが、メルヴィンとの遣り取りで、情けなさげにしょげてしまうと正しく叱られた大型犬の様相だ。

 そんな様子で立ち尽くしている己の契約者を哀れに思ったのか、メルヴィンは菩提樹の巨木の幹にそっと触れる。本体はその意思を受け、器用にスルスルと低位地にある太い枝を組み合わせるように伸ばして組み合わせると、そこにはちょっとしたテーブルセットが出来上がった。


『ふふ‥‥‥その表情が見たくて、意地悪しちゃったわ。お詫びに、美味しい花茶を淹れてあげる。お座りなさいな』

「‥‥有難く、頂こう」


 そうして深夜のささやかな茶会の席に着き、ランドルフは静かに、お茶の用意をするメルヴィンを上目遣いで見上げた。


「明日は、バーナードとルディが此処に顔を出すかも知れない。もし良ければ、才能を見てやってくれると、非常に有難い」

『あら、長男君に決めたんじゃないの?』

「恐らく‥‥バーナードはラドルファスの下に就くと思うのだが、ルディが少々気掛かりなのだ」

『そう、もう六歳なのね』

「ああ」


 二人は会話をしながらも、優雅に薫る湯気を立て、透明なポットの中でゆっくりと茉莉のようなお茶が、ゆるりゆるりと(ほど)けて花が(ほころ)んで行くのを見つめる。

 ほんの少し冷えたランドルフの心に、その光景は美しく映った。

 蒸らし時間を終えて、カップに柔らかく爽やかな花の香りを載せた湯気を立てるお茶が注がれ、差し出される。


『解ったわ。どちらの子が来ても、此処に居る子に声をかけてあげる』

「恩に着る」

『嫌ぁね、資格が無ければ結局どうにもならないのよ?』

「それでも、その機会が与えられるのなら、破格の待遇と言えるのも事実だろう」

『そう‥‥かもね』


 曖昧な言葉が会話を途切れさせ、お互いカップを手に取りそっと口を付ける。程良い温度に落ち着いた、メルヴィンの淹れた花茶はするりと喉を通り、控えめな花の香りが仄かに残った。


 今宵のメルヴィンは何時になく、気長にランドルフに付き合ってくれる。

 ならば、深夜に考えても仕方無いと断ち切った思考を、目前の上位者に、紐解く為に欠片程でも助言が欲しい。


 少しだけ冷えた頭と、抜けて来たがまだ残っている酒精にほんの少しだけ勢いを得て、ランドルフは自分なりに領内の今後の問題と対策の課題について、現段階で決定まではしていないものの原案とも言うべき事柄について、話し始めた。


「メルヴィン、貴女は世界の声を聞けと、足掻けと俺に言った。だから、俺なりに少し伝手を使って貴女の言葉を元に、一つ見えた事がある」

『‥‥何かしら?』


 手元のカップに視線を落とし、一呼吸置く。


「聖獣の眷属を魔獣に堕とすと俺たちは表現するが、そもそもこのマルティエ自体が特殊なのではないか?」

『まぁ、そうね。特殊と言えば(まさ)しくそうだけど‥‥意味が色々有り過ぎるわ』

「ああ、すまない。上手く言葉で表現出来ていないな。まず、魔の森のかなりの範囲が我がモルガン領であるが、他領に含まれる魔の森でも、始祖に関わる聖獣の眷属は魔獣として存在しなかった。これは、マルティエでは周知の事実であり、魔の森に関係する地域では幼子でも知っている常識として扱われている」


 静かに美貌の天女は相槌を打ち、先を促す。


「あまり他国には詳しくはないが、城の文官に他国の動植物の生態や分布などについて、書かれた書物を集めさせ、確認をさせた」


 その報告によると、生態環境が整っているにも関わらず、特定の種や眷属が魔獣化しない若くは分布が無いというのは、あまり例がないという。

 勿論、その土地に聖獣が存在していたり始祖として伝わっている土地でも、眷属の魔獣化は実在した記述があり、あくまでも獣の魔獣化は、個体の資質の差と偶然が因子の様なのだった。

 つまり、『古の地龍』に関するこの土地が特殊であり、特殊であった何かが細々とあったのが、この数年で崩壊しつつあるのではないかと思い至ったと、ランドルフは言う。


 そしてその原因として一番に思い至るのは、魔素豊かな筈の、この森の魔力の枯渇。


 ランドルフの述べた考察に、メルヴィンは息を詰める。この土地に古くから深く関わって来たドライアドのメルヴィンにとって、他国との差異から問題点を導き出すなどという着眼点は無かった。


 この森の魔素の大元は古の地龍の命そのもの。

 嫌な想像をしてしまい、己の契約者の前だというのに狼狽え、僅かに声が漏れる。


『そんな、いえ‥‥まさか』


 思わずと言った風に零した自らの呟きに気付かず、メルヴィンは今も尚地脈深くに潜り、尊い御子の命を護っている対の存在を探る。

 相手は深い深い眠りに就いているのか、相変わらず反応は薄い。だが、やはり微かに対象の魔力に、昏い陰が入り混じっているように感じた。知らず麗しい柳眉が、僅かに歪む。


 憂いを払うには、どうあってもこの地に由来する魔力豊かな人材は幾らあっても不足はない。寧ろ、全く足りていないのだから。


 《こればかりは、悔やんでも悔やみ切れないわね》

「?」


 事故で亡くなったモルガン家の双子の子息は、揃って先祖返りの高い魔力と、強い魂の色を持っていたと記憶している。息災であれば、御子を除けば一番ルーナエレンに相応しかったのではないだろうか。

 既にこの世にない存在であり、何よりも彼らの喪失を嘆き悲しんでいたランドルフを見守って来たのだ。ここでこれ以上、言葉にしないし出来はしない。


『なんでもないわ。‥‥‥兎に角、今は私の方で動いているって伝えたわよね?だから、ランディは少し動きがあるまで、待ってて欲しいの』


 自分の考察を聞いてから、何処か思う所があるようなメルヴィンがそう切り出すまで、静かに待っていたランドルフはそっと自身の契約妖精に頭を下げ、礼を述べる。


「ああ、助力に感謝するメルヴィン。俺はまず、魔獣討伐に必要になるだろう魔道具の開発予算と、研究者や素材の品質の確保をしながら待っていよう」


 丁度、魔道具に造詣の深い元侍従長が、今回の視察では同行している。ラドルファスの扱う攻撃魔法を纏う剣を、どうにか魔道具を利用してでも再現出来ないか、各方面から研究開発を試みようと決意を新たにする。


『あ〜、後‥‥ラドルファスに伝えておいてくれるかしら?』


 ほんの少し前向きな空気になり前を向いたランドルフに安心したのか、メルヴィンが深夜の茶会はもうお開きとばかりにテーブルセットを菩提樹本体に戻しながら、ふと思い出したように呼びかける。

 いつもの優しい艶のある声ではなく、温度の感じない硬い声音が気に掛かったランドルフが僅かに首を傾げた。


『黒髪で青い目の相手』


 そう言うと、すっと嫋やかな白い指先が自身の前髪の白くなった一房を指し示す。


『絶っっっっ対、怒らせないで!!!』


 古の強き力を持つ妖精を物理で絞れるような相手が、実弟をあそこまで凹ませた相手であったと、この時初めてランドルフは事実として認識したのであった。



お読み頂き、ありがとうございました!


怒らせてるのは、大体メルヴィンなんですけどね_(:3 」∠)_

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