23、考察と野営の朝
残暑お見舞い申し上げます。
溶けそうですねぇ_:(´ཀ`」 ∠):
夜更の静かな森の中、焚き火から少し離れた場所で身を伏せていたレオナルドだったが、僅かに気にかかる事があった。
周囲は焚き火の火の粉が爆ぜる音が時折聞こえるのみで、虫の声も夜行性の生き物の息遣いも聞こえない。魔素の多いこの森にありながら、小さな妖精が草木を揺らして遊ぶ微かな音も無い。
もしかしたら自分が僅かに解放した威圧や気配に恐れをなして、ひっそりと息を殺して潜んでいるのかも知れない。だが、不思議な事に未だぐんぐんと音も立てず成長を続ける菩提樹の若木以外、命の揺らぎが感じられない。
一見静かに過ぎる秋の夜の静寂に包まれた、夜の森に向けられた黒い艶やかな毛並みのまろい獣の耳は、ピクリともせず周囲に不穏な揺らめきが生まれないか、注意深く探る。
そのまま前脚を交差させて顎を乗せ、フスンと大きく鼻息を吐いた。
こうしていると、まるで『あの場所』で微睡んでいる時のようだ。自然と思考が現状やこの状況の分析へと廻り始める。
幾ら存在を下位に封じていたとしても、自分というこの世界においての変則的な存在が及ぼす影響は、予測不可能な範囲が大きいものであり、ましてや女神や自分のような超越者であっても、全てにおいて全能な訳でも完全な予知や予測の能力がある訳でもない。
あくまでも、おおよそのこうなるであろうという可能性や道筋が、膨大な知識や道理の範疇から予測出来るに過ぎない。
神の手から離れたこの世界に於いて、その予測の範疇から大きく離れ、あるとも言えない思惑に沿うような歴史は未だ続いた試しがない。一度悪戯に起きてしまった『感情』などで道を大きく外れ、意図せぬまま次第に破滅に向かい、世に満ちる魔素が様々な負の感情を伴う色に染まってしまうと、自分は微睡から意識をこの世界に引き摺られ、幾度も審判を下して来た。
今回も微睡から意識が浮上したところまではいつもと同じだった。
ただ、常と違った銀の彼女の行動と、それに図らずとも関わった只人ならざる存在になった人間の魂。
その魂に惹かれた女神と、誰に知られることもなく産まれ落ちた女神の愛娘。どこまで偶然なのかそれともこれが世界で言うところの運命なのか、呪われた身を持つ始祖の末裔の肉体と、その因子を持つが故に、幾重にも女神の娘としての力は隠されている。
自分という超越者がその魂に魅了されてしまったのは意図した流れではなかったけれど、保護者としても守護者としてもこれ以上の存在は恐らく無い。だからこそ銀色を持つ彼女は、自分が存在を堕としてまで側近く降りた事に、何も言わず、また反応もしないのだろう。
漠然とした予想として、今の寵児達に不遇があれば。彼女も自分も、この世界を廃棄もしくは破棄とする。
もう、得るものは無いと断じる。
この世界に満ちる、自分や女神の魔素を消費する価値があるのであれば、今まで通りの営みを静かに見守ろう。
取り敢えずは今宵の見張りと、あの黒い陽炎について周辺に意識を飛ばしておく。
菩提樹の若木は薄ぼんやりと燐光を放っていて、その影が余計に色濃く浮き彫りにされている。あの魔獣が這い出して来た、儚く仄暗い菫の揺れる群があった場所は、今は下草も枯れ剥き出しになった地面が煤けたようになっていた。
* * * * *
翌朝、何時もより少し半刻ほど遅くに空間魔法から出て来たアレンハワードは、困ったように形の良い眉を下げながらも、蕩けんばかりの笑みを浮かべていた。
「おはようレオナ、昨晩は見張りをありがとう」
「‥‥‥おはよう」
夜の番の焚き火を朝食の支度の為に小さく竈門のように石を組んで用意していたレオナは、相手を見なくてもどんな表情をしているのか、手に取るように分かっていた。別に悔しいからそちらに視線を向けないのでは、断じてない。と思っているのは、恐らく本人だけではある。
今のレオナルドは既にいつもの少女の姿に戻り、朝の身支度まではきちんと終え、刻んで干した野菜と薬草、要塞砦の厨房で持たせてもらったソーセージを適当な大きさに切って加えたスープを、竈門にかけた小さめの鍋で煮込んでいた。
いつもなら起きて来たら挨拶のハグまでが一連のルーナエレンの行動パターンなのだが、昨晩の反動なのだろう、幼い愛娘はアレンハワードの首にしっかりと抱き付いたまま、離れようともしない。
それだけ、ルーナエレンにとって昨晩の事は恐怖だったのだ。だから寂しくなんてない。と、レオナは心の中で独りごちる。
「もうすぐ出来る。座って」
言葉少なにそう背後の二人分の気配に声をかけ、少し硬いパンをナイフで薄くスライスし、小さめの籠に並べていく。その間にアレンハワードは愛娘をくっつけたまま、大型の獣の毛皮を敷いて座る場所を用意する。
そして、未だ離れようとしない愛娘の耳元に何事か囁いて、そっとその小さく華奢な身体を下ろした。
調理も粗方終わり、配膳の準備をしていたレオナに、気恥ずかしそうなルーナエレンの声がかかる。
「レオナ、あのね‥‥」
アレンハワードにべったりとくっ付いていた筈のルーナエレンが、背後にいた事に驚きつつ振り返る。
悔しかったのと寂しかったので、意識的に感覚を鈍くしていた為その距離感に心底吃驚してしまった。
ふわりと小さな腕に横から頭を抱えられるように、抱きしめられ頬に小さくチュッとキスされる。
「きのう、こわいゆめをみたの。でもレオナがとうさまよんでくれたんでしょう?」
ぱちくりと青い目を瞬かせ、上手く反応出来ないままのレオナの様子を見て、ルーナエレンはほんの少し照れたように頬を染め、微笑みを浮かべた。
「ありがとう!レオナもだいすき」
抱きしめられてキスされて微笑まれたレオナは、手に持っていたスライスしたパンを入れた籠を取り落としそうになるも、気付かない間に身を離したルーナエレンがそれを受け取り、また父親の元に軽い足音を立てて戻って行ってしまう。
今まで態度や表情や接し方から、信頼や親愛を寄せられているのは理解出来る様になっていたし、同じように返して来たつもりだったレオナルドだったが、他者から言葉ではっきりと「だいすき」を貰ったのは存在するようになってから、正真正銘、初めてだった。
数秒遅れでやって来た、胸を締め付けるような熱が、痺れるようにじわじわと全身に廻って行く。
味覚とは違うはずなのに、何故か酷く甘いと感じる感情。自然と顔と頭に血が昇って、耳や首まで赤くなった自覚がある。
目が勝手に潤んでくるのを誤魔化すように、一度ギュッと目を瞑り、堪らず振り返った。
振り返った時にはもう、ルーナエレンは敷かれた毛皮の上に籠を運び終えてレオナに背を向けていたが、こちらを向いていたアレンハワードとは視線がしっかりと合った。
何かを叫びたい衝動に駆られていたレオナに、アレンハワードは優しい眼差しを向けながらも、唇の動きだけでゆっくりと諭すように告げる。
『 待 て 』
慈愛に溢れた神々しい程の美貌の微笑みなのに、有無を言わせぬ力が宿ったアイスブルーの瞳が、レオナを見て細められている。それだけで、何となくレオナの中にあった得も言われぬ溢れそうだった感情が、徐々に冷静になれと言わんばかりに落ち着いた。
実際のところは、幼女に大好きと言われて壊れそうになった見た目のみ少女の魂の叫びを、幼女の実父がその実心情を理解出来るも立場上複雑極まりない想いで、敢えて留めさせた訳だったのだが。
そんなアレンハワードの気持ちは若干ズレた解釈として、レオナに受け止められたらしい。
一拍口を真横一文字に堅く引き結ぶレオナの思考は、このままこの感情の昂りに身を任せるなど、古の何処かの愚かなアレと同列になるではないか。などという考えに至っていた。
別にアレンハワードの視線がそれを物語った訳ではない。それでも、そんな過去を事実と知っている自分と、その対象の末裔を二人も目の前にしているこの現状、何かしらの自分にとっての試練の様にも感じてしまったのだ。
しばし大粒の青い宝玉のような目と深い知性を湛えたアイスブルーの瞳が見つめ合っていたが、せっせと配膳を手伝うルーナエレンから、くるるきゅぅ〜っと可愛らしい空腹を訴える音が聞こえた事により、謎の緊張状態は無事解除された。
ルーナエレンは恥ずかしそうに頬を朱に染めながら、即復活したレオナがよそったスープが満ちた木製の碗を食卓へそろりそろりと慎重に運び、はにかんで小さく笑って言う。
「おなか、すいちゃった」
三人は野外の朝食をしっかりと摂ってから、この後の予定を確認する事にしたのだった。
お読み頂き有難うございます٩( 'ω' )و
大筋では一応筋を考えてはいるのですが、なかなか行き当たりばったりで書いてしまうので、思うように進みません_:(´ཀ`」 ∠):
次は、多分処理回と別視点まで行けたらと思っております。




