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呪われ魔導師と秘密の至宝  作者: 七縁ささみ
三章
145/150

145、正体

 

 何かが小さく割れた音の後、その場の空気がピリリと自然と凍りつく。


 誰かが何か言葉や物音を立てるのを咎めるような、妙な静けさだった。


 びっくりして咄嗟に口に含んだものを噛み締めてしまったグランジエールは即座にそれ以上の動きを止めたし、勢いよくグランジエールを引っ掴み、ひっくり返したギデオンもまた同様に出来得る限り動きを止めた。


 誰もが様子を伺って辛うじて瞬きのみを数回しているうちに、ピシリ、ピシリと少し違った音が微かに響く。


 ここはグランジエールが閉じ込め隔離した空間である筈なのに、何が起こって何が割れて行く音なのか、本人はうまく把握出来ていなかった。


 そしてひび割れの音が何処から齎されていたのか誰も把握出来ていなかったが、思わぬ処でそれが知れる。


 逆さまにされたグランジエールの口から、突如濃い水と表現する他ない水が勢い良く溢れ出たのだ。


 本人もギデオンもギョッとしたものの、グランジエールの意思と能力とは関係ない大量の水の放出が、異質な別の気配を孕んで姿を顕すまで察知を遅らせた。


『‥‥みぃぃつけぇたぁぁあ!妾のぉ!愛しい!仔猫ちゃぁぁん!!』

『ピギャああああああああ!!!!』


 辛うじて青ひよこ以外咄嗟に悲鳴を堪えたが、溢れ出た水からゆっくりと何かが身を起こし、ねっとりとした執着を見せる声が震えて響く様を茫然と見てしまった。


 濡れた長い青い髪が顔に張り付き全容が判別出来ないが、女性らしきソレはずるりずるりと水と一体化しながら這い出てくる。


 一言で言って怖い、怖すぎる。

 というか、ものすごく得体が知れなくて気持ちが悪い。


 それがグランジエールを始めとした四人の共通した今の感情だった。


 今こそ、ぶん投げる時だ。


 何よりも自分の口から未だ止まらぬ水そのものも気持ちが悪くて仕方が無い。

 半端に存在を残しているから悪いと咄嗟に考えたグランジエールは、事の発端となったケット・シーの首に埋まっていた何かを力の限り噛み締めた。


『ぎぃあああああああああ!!い、痛ぁああい!!』


 女性らしき青い髪の何者かと繋がりは予想はしていたものの、ダメージまで通じているとは思っていなかった。

 だが、相手が怯んだ今を逃すグランジエールではない。


 お口の中の物質や水を頑張って極限まで圧縮収納して空間で隔離を図り、勢いよくペッと吐き出す。

 嫌悪感をそのままに、先刻までこちらをねっとりとした眼差しで見ていた気配の相手ごと、これまた煤けた猫っぽい何かも一緒に隔離して隔絶した。


 こちらは内圧というか抵抗があったので無理に圧縮するのはやめ、一定の面積までしか許容しない設計にしておく。


 まだ内部で大仰に痛みを訴え泣き叫んでいる相手の力が、空間の隔離には干渉してこないのを確認したグランジエールは肺いっぱいに、力の限り空気を吸い込んだ。


『パァーーーーーーーパァぁあぁぁーーーーーーーーーーー!!!』






 * * * * *





 まだ夜明けには早い闇三刻の少し前。


 アレンハワードは美麗な眉根を寄せて仁王立ちし、眼前の黒髪の美丈夫を睥睨する。

 いつもより五割増の氷色の鋭い視線を、ダラダラと額に汗を流しつつ正座で受け止めている。


「持って帰るのは許可出来ない」

「そこを何とか‥‥」

「エレンにこんなものを近付けてレオナルドは平気なんだね?」

「‥‥‥う"、いや、かも、無理、うんやだ絶対」


 じっと殺傷能力すらありそうな眼力で見てくるアレンハワードの怒りは、分からなくもない。


 何よりも説明も無しに、珍しくルーナエレンに請われて一緒に眠っていた彼を引っ掴んでここに一緒に連れてきたのはレオナルドである。


 連れてこられた先は先行していたグランジエールの居場所だと簡単に予想出来たが、状況が酷すぎる。


 正座しているレオナルドの背後には所在なさげなギデオンと青ひよこ、そしてプルプル震えるやや大きめの鹿がいた。


 そこまでは良い。予定通りの人員であるし、彼らに異常は特に見られない。


 だがしかし。


 一番外側の船や周囲は時間を停められ、隔離空間内は謎の煤けた大きめの猫と曲芸のように一纏めにされた水浸しの何者か。

 加えて部屋の床も水浸しで、意味不明な力の強そうな水っぽい塊も転がっている。


 グランジエールはといえば、レオナルドの腕に抱き込まれて耳を伏せさせ、若干震えて身を丸めていた。


 このままここでお説教も考えたがまだ冬の夜中、幾ら空間魔法の内部とはいえ幼子をそのままには出来ない。


「レオナルド」

「わかりました、後で絶対にお説教受けますう‥‥‥」

「‥‥‥‥」


 珍しく青の瞳が真剣な彩を帯びていたので、少しの沈黙を持ってアレンハワードは決断を下す。


「よろしい。ギデオンは一旦おうちに戻って。船は私が偽装して、君たちは早朝到着予定の次の船着場で下船した事としておくよ。精霊たちは後片付けを手伝うように」

『『畏まりましたあ!』ピヨぉ!!』


 方針を決めて指示を出し始めたアレンハワードにキビキビと従い始めた精霊たちの声に、ようやくグランジエールがそろそろと顔を上げる。


「怖かったんだね、もう大丈夫だから。後処理をするから私とおいで」

『わかり、ました』


 震える声で答えると、アレンハワードは少し驚いたようにアイスブルーの瞳を瞬かせ、すぐに解けるように綺麗な笑みを浮かべた。


「すごいね、念話をしっかり習得しているし話し方もエレンより流暢だ。目覚ましい成長ぶりは、まさに男子三日会わずんば刮目して見よ、だね」

『本当?』

「ああ、かっこいいよ」


 そう言って視線の高さを合わせるために膝をついたアレンハワードがグランジエールに手を差し伸べると、恐怖と気持ち悪さに身を震わせていた仔猫はすっかりと元気いっぱいな様子になった。


 ぴょいと義父の腕から飛び出してアレンハワードの手に向かうとすかさず優しく抱き止めてくれる。

 レオナルドとは違って幼子を扱い慣れている雰囲気と、柔らかな良い匂いがグランジエールの少し荒んだ心を慰めてくれた。


 すりすりと思わず彼の胸元に頬を擦り付け、喉をゴロゴロと鳴らしてしまったのは完全に無意識。


 背後でとても恨みがましい視線を保護者仲間に向けている義父の存在などすっかり忘れてしまっていたが、そこはアレンハワードがフォローをする。


「さあ、レオナルドは君の愛息子を怖がらせた不届者の処理を担当して。持ち帰りは原則ダメ。後処理は報告出来る範囲ですること。それ以外はエレンに怒られると理解して行って下さい、以上」

「か、畏まりぃ‥‥」


 レオナルドが殊勝に返事を返した事で、ようやく普段の穏やかな表情でアレンハワードが相棒を見る。


「レオナルドはあんまり他者への興味がないからヒントだけ。それ、恐らくフェイトリネアの昔話にある人魚姫の末子の物語と関係あると思うよ。真相は本人?が知ってるだろうから、私はここまでかな」

「人魚姫?ああ、ケルピーだの猫だのあいつら‥‥‥」


 苦々しい顔をして正座を崩し胡座をかいたレオナルドを一瞥し、アレンハワードはゆっくりと踵を返す。


「時間をいじってる様子だから利用するよ。処理が終わったらみんな連れて帰っておくかい?」

「あー、ギデオンだけで」

「了解。じゃあ精霊たちは助力後はお手数だけどレオナルド付きでよろしくね」


 魅惑の微笑みで青ひよこと鹿を従え、腕にはすっかり寛ぎ蕩けた仔猫を連れて去って行く氷の魔王。

 何故あそこだけ雪解けなのかと些か理不尽さを感じつつ、先に時間概念の主導権をアレンハワードに一時付随させる。

 と言っても、グランジエールが使用した魔術式を最適化した上で略し、アレンハワードへの使用許可パスを繋いだ形だ。


 それ以外はきっと、彼の自力で対処するし最上位と上位の精霊が付き従っている。

 魔力が足りない場合があっても、グランジエールが抱っこされているなら問題はないはずと判断し、レオナルドはチラリと部屋の内側に残された二つを嫌そうに睨め付ける。


「同等よりちょい上は、あの双子かなぁ」


 呟きと共に、レオナルドがパチンと指を鳴らし、景色が変わる。

 その先で、閉じ込められていた水ごと何かがびしゃあっと床に無駄に広い水溜りを作り上げた。


『あ"ー!!執着変態人魚おおおお!!』

「いやお前言い方ァ」


 挨拶もすっ飛ばしたメルヴィンの怒声が、レオナルドの耳を突き抜ける勢いで木霊していた。




お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و


あれ、正体未満になっちゃってる?!

久々賑やかなおネエさん登場(*´ω`*)

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