144、水の気配
先週はお休みを頂き、申し訳ありませんでした。
ぼちぼちと更新を続けさせて頂きますm(_ _)m
グランジエールが首根っこに噛み付いて振り上げ、そのまま自分の質量の十倍はあろうかという大きな獣を振り回す。
振り回す度に獣から赤黒い何かが飛び散り、チェリー姉さんは咄嗟にギデオンと自分に対して薄くはあるが魔力障壁を張り巡らせる。
物理特化といえども一応は精霊なのだ。
自分の属性を操るのであればそれこそ生まれついた時から可能で自在ではあるが、魔力単体での操作は意識したことが最近まで無かったというおさぼり状態だったので、辛うじて飛来しているブツを付着させずに済んでいるがそれだけだった。
「な、何これ」
「あやつの血?‥‥では、なさそうかの‥‥」
戸惑うチェリー姐さんに応えたギデオンの声が、飛来した赤黒いものが床でうぞうぞと動き集まろうとしているのに気付いて小さくなる。
すかさずゴーグルで鑑定を行うが、うまく見えない。
知らない言語や単語の羅列を拾い上げる事が出来たものだけで推測するに、雑多であらゆる黒いものの残滓らしい。
「しかし、黒と言えるのか、これは‥‥」
自分が識る黒が、限りなく美しく混じり気も斑もない純然たる艶やかな黒なだけに、こちらは禍々しさを感じる混沌とした濁りの極み。
そう、濁りとしか言いようのない何かだ。
チェリー姐さんに辛うじて庇われながらそう観察結果を吟味していたギデオンは、つい主人に向かって呟きを漏らす。
「若さまよ、サンプルをとっても」
「ダメに決まってんでしょ!!バカなの?!」
「むぅ、仕方ない、メモを取るとしても難解じゃて」
必死だったチェリー姐さんはギデオンの呟きに信じられないとばかりに目を見開き、その瞳には若干引き気味な彩が滲んでいる。
『え、いるのこれ?』
「言語も単語もわからんものが多い、儂の習練不足で申し訳ないが」
言外に学べる要素新たな知識の元であると伝えると、グランジエールは振り回していた獣をポイっと投げ出しペロリと口元を舐めた。
「あああ!また変なもんを!!あれほど無闇に呑み込んではならんとお伝えしたと言うに!!!」
『あ、ついぺろっとしちゃった』
「‥‥つい??なの?それ?」
可愛く上目遣いで誤魔化してくるグランジエールだったが、食中毒など心配する必要もないかとチェリー姐さんはツッコミだけを溢してしまった。
本当に有毒だったとしても自力で体内隔離をするだろうし、なんなら帰宅して話に聞くサリヴァン親娘やあのレオナルドに甘やかされればそれこそ一石二鳥。
つまりつい、ではなく。
明らかに確信犯。
少しずつ主人たちに対する恐怖や畏怖は、こういう思考回路を理解することによって幸か不幸かチェリー姐さんの中で堅苦しさを和らげ始めたのは余談である。
『ええと、これどうしよっか』
自分でも少々苦しい誤魔化しである自覚があるのか、グランジエールは煤けた色合いにまで脱色された堕ちた幻獣と足元に散らばる集まろうとウゴウゴしている赤黒い何かを一纏めに指して言う。
三人の視線がそれらに向けられるが明らかに面倒という雰囲気が出ている。
幼いグランジエールが一番影響がないだろうとわかるものの、主人にある種汚れ仕事をさせるような気分になったギデオンとチェリー姐さんが、互いに視線を絡ませる。
どうするよこれ。
え、あんま触りたくないんだけど。
心の声が聞こえるような状態でしばらく返事が出来ずにいたところで、新たな声が割り込んで来た。
『ぴよ〜〜!おはようございまぁす!!』
* * * * *
呑気で愛らしい声が場違いに響き渡り、ピョーンと飛び出してきた青ひよこは華麗に空中回転をしてから着地を決めた。
『若さま、申し訳ないですぴよ!ちょっとトラウマを刺激されて気を失ってしまうだなんて、なんたる失態ぴよ』
『ああ、良いよその分チェリー姐さんが暴れたから』
『ぴよぉぉぉ?!?!』
引き続き場違いな愛らしい二人のやり取りで再び現実逃避をしそうになる大人二人は、若干引き攣った笑みを浮かべずにはいられなかったのだが、驚いた拍子に煤色の何かに視線を向けたひよこがぴたりと動きを止めたので、皆がそれに注目をする。
『若さま、ここ、なんか変なの埋まってるですぴよ』
『ええ、どこ?』
『ここ、ここですぴよ』
トコトコと対象に歩み寄る小さい青ひよこと白練色の仔猫をややぼんやりと見送っていると、ひよこが丁度先ほどまでグランジエールがカプリとしていた部分を小さな翼で指し示す。
『この歯形、若さまですぴよ?』
『うん、そうだけど?』
『ここ、何だか水の気配が滲んでるんですぴよ』
『え、ほんと?』
そんな会話を耳にして、ギデオンは何となくゴーグルをしてから近付いた。
「肉体的には何も視えんがの‥‥‥」
『肉体的じゃないとこ、視える??』
「視ようとすれば出来るのじゃろうが、儂の扱い方がまだ未熟とみえる」
『ほうほう』
念の為とばかりにチェリー姐さんも側までやってきて指摘された部分をじっと見つめるが、青ひよこが言うほど水の気配とやらは掴めない。
ただ、少しばかりチリリとした微かな苦手とする気配がして目を眇める。
無意識に蹄に力を込めていたらしい。
『物質体ではなく精神体か幽体ってことかな』
ポツリとそう言ったグランジエールは大きい相手の背中にぴょいと乗ると、先程ぶん回した時に自らが噛み付いた部分へ可愛らしい小さな頭を突っ込んだ。
「『『?!?!』』」
『ふんぎゃああああああ』
従者たちの声無き悲鳴が綺麗に重なっていたが、そんなこともお構いなしである。
ちなみに一緒に大音響で発せられた野太い獣の悲鳴は皆華麗にスルーしていた。
何故ならその煤けた色の獣は床に転がったまま動けず、首のところからグランジエールを生やした状態でぴくりとも動いていない。
悲鳴は念話だったのだが、変質してしまったギデオンよりも力が弱いのかさして悪影響はなかったのである。
「若さまよ、ちょっと‥‥絵面がかなりやばいぞ?」
『えー?うーん、これかなぁ』
『あ、若さまそれですぴよ!』
『合ってる?じゃあゆっくり?それとも一思いがいいかな?』
「絶対わざとよねその言い方あ」
明らかに面白がっているグランジエールの物言いにチェリー姐さんが突っ込むものの、正体不明で扱いが自分ではわからないものに対してなので、何とも言えないし制止も出来ない。
『おまかせするですぴよ』
「ダメだろ普通に」
ツッコミ疲れたギデオンとチェリー姐さんの動きと判断が鈍ったところで、グランジエールが可愛らしい四肢に力を入れた。
『よっこいしょー!』
多少のオーバーリアクションで自分の頭を引っこ抜くようにしたグランジエールが、バランスを崩してころりと床へ転がって行くのが、ギデオンにはスローモーションのように見えていた。
このあとのお約束はその水の気配と言っていた該当のブツを飲み込んでしまうか噛み砕くか。
そう直感的に先読みをしたギデオンは、咄嗟に駆け寄って転がり落ちる主人を受け止め直ぐ様逆さまにぶら下げた。
従者が主人をこんな風に扱うのは御法度だろうが、そんなことは知ったこっちゃないとばかりの勢いだったからだろうか。
びっくりして花緑青のお目目が極限まで見開かれ、可愛らしいお口はぎゅっと噛み締められる。
閉じられた空間の中、小さくピシリと何かが割れるような不吉な音がした。
お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و
グランジエール部隊はお笑い集団になりつつあるかも_( _ ́ω`)_
そしてひよこちゃん、おはようではなく深夜ですよ(´・ω・`)
次回は、正体です。




