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呪われ魔導師と秘密の至宝  作者: 七縁ささみ
三章
143/150

143、衝突

 

 激しい水の飛沫(しぶ)く音や重量のある水が叩きつけられて船体が破壊される音、船員や乗客達の悲鳴や怒号と大型獣の咆哮が暗闇に響いている。


 その様子を不愉快と言わんばかりに花緑青の眼を細め、ふすんと鼻を鳴らしたグランジエールはすうと息を吸い込んだ。

 途端に、何かがスッと入れ替わるような感覚がギデオンにも理解出来た。


 だが、外の状態は何ら変わらず物々しくも騒がしいでは済まない有様なのが伝わってくる。


 注意深くギデオンは主人の様子を伺うが、その小さい横顔には敵対者への僅かな苛立ち程度しか見えてこない。

 暗闇でもある程度見えるドワーフであればこその視力だが、主人の声音からも現在の感情を推し量る必要がある。

 ただ、雰囲気としては焦りや怒りはあまりないように感じられる。


 ギデオンの、外部と同時に主人の様子もしっかりと把握しようとする姿勢に気付いてか、存外柔らかな声での念話が届く。


『気付いた?』

「何か、すり替えなさったか?」

『ふふ、流石ギデオン』


 短いやり取りですぐに気分が回復した様子に、内心ギデオンは安堵する。

 恐らく船や自分達以外の存在は安全が保障された状態になったのだろう。


 船室の外から聞こえてくる様々な音も音量自体は変化がないが、実態は無いのだと確信に近い感覚があった。


『もう、閉じ込めちゃった』

「早過ぎじゃろうて‥‥」

『でも船沈んじゃうといい景色撮れないし」

「ああ、なるほどの」


 呆れる程の彼自身の事情だが最も重要な懸念であるのは理解出来るので、簡単に納得の言葉を返す。


『さて、じゃあここに誘導するけどどれくらいで辿り着けるかな?』

「若さま、早く。踏んづけてやるから!」

『そんな簡単に終わらせるの?』

「おいおい、どっちも不穏な事言い出さんでくれ‥‥」


 自分以外が引く程ヤル気満々な為、ギデオンはすでに何やら気力を消耗してしまったようで、自分も眠っていたところを叩き起こされたという不満もあり次第にこの後の心配を投げ出してしまった。


 何故こんな面倒事を引き起こす愚か者の為に、こちらが気遣ってやったり心を砕いてやらねばならぬのか。


 段々と理不尽さを覚えてしまう。


「若さま、一応言っとくがサリヴァン家の方々にも話が漏れる可能性、心の何処かに留めておいてくだされよ」

『む、分かったよ』

「踏む。とりあえず踏む。加減は、頑張る」

「はぁ‥‥‥」


 一先ずやり過ぎないよう主人と鹿には釘を刺し、ギデオンは深く溜め息を吐く。


 事前の打ち合わせでは滅ぼすにしても従えるにしても、レオナルドと面通しはするのだろう。

 相手の意識の有無は問われなかったので、命を取る事以外は許されている状態だ。


 声に出すとグランジエールの機嫌が氷点下に到達するので出さないが、口の中だけで呟きを溢す。

「偉大なる有翼の黒様」、と。


 本来の「有翼の黒獅子」を識る機会を得て尚今も存在するならば、それは確かに人よりも上位の存在なのだろう。

 それがどれ程の年月を経て今に至っているのかも、不明だ。


 ただ、この国での支配層とは別に存在し、()()()()を掻い潜っているらしき存在。 


 この後の始末は何処まで波及するのか、今週末までには終わるのだろうかという不安もジワリと頭をもたげてきたが、弾け飛ぶ扉と破壊音にギデオンの思考は強制的に止められてしまった。






 * * * * *





 弾け飛びながら大小の扉の欠片が室内に勢いよく飛び込むも、全てグランジエール達には届かない。

 だが視野に広がる船室の床にはそれらが無惨に転がっている様が見て取れる。


 そこに実態はない可能性を考えて、ギデオンは表情には出さずに感心していた。


 大きく開かれた扉があった空洞は横の壁ごと壊されたように広く、ややあってからゆらりと陽炎の如く禍々しい魔力を揺らめかせて大きな獣が姿を見せる。


 猫と言っていたはずだが、大きさは明らかに普通のそれではない。


 造形は猫と言って差し支えはないが、大きさと威圧感はレオナルドが敢えて黒い大型の猫の姿を取るのと近いそれ。


 彩合いも確かに黒ではあるのだが、本物(レオナルド)を知っていると薄いというか濁っているというか、とにかく彼のような高貴で純然たる黒には見えなかった。


 鋭い牙がのぞくその口元から漏れる呼気も酷く獣臭く、幻獣ケット・シーとはとても言い難い。


『え、なに?滅ぼす前からもう滅んでたってオチ?』

「関係ない、ヤルのみ」

「待て待て二人とも!視てる最中だからちょっとばかし待て!」


 場違いな会話を相対する存在から威嚇されつつ呑気に交わしていると、苛立ったのか獣は唸り声を上げつつくぐもった声を発し、尊大な態度で朗々と口上を述べ始めた。


『我は偉大なる黒を纏うものなり!我が眷属に狼藉を働いた輩は、お前らかぁあ!!!』


 サリヴァン家で作成した魔導具のゴーグルで相手を視つつ、ギデオンは頭痛を堪えるように無骨な左の手のひらで額を覆う。


「若さまよ、半堕ちって記述があるが一応ケット・シーらしい。元の色はこれじゃない」

『半堕ち、黒いのが原因?』

「恐らく、後は何気にすごいご長寿だというのが特徴かの」


 会話をしている間に、チェリー姐さんが元の8割程度の大きさに戻り突進してゆく。


『お幾つのじいちゃんなの?』

「儂は幻獣の寿命なんて知らんぞ?だが、(よわい)五百七十三となっとる」


 呑気に話しているけれど、目の前では怪獣大戦争もかくやと言わんばかりの、見事な突進からの突き上げ、そして捻りが入って床に叩きつけられる巨大猫?の姿と響く破壊音。


『フェイトリネアってパパの破壊はその年付近にあったのかな?』

「さあ、どうでしょうな。帰省した際にでも」

『そうだね、図書室で調べるよ』


 一応は激しく抵抗しているのかズドォォンと巨体が倒れるような音とそこに同じく重量級の何かが追撃し衝突する音が轟く。


「すごいですな、閉じ込めたのにこの見え方は」

『虚像だよ、立体映像と音もちゃんと本物みたいに頑張ったんだよ』

「おお、成長なさいましたな」


 一際高いカッという硬質な蹄を打ち鳴らす音がしたので二人が何気なくそちらに視線をやると、チェリー姐さんが意気揚々と鼻息も荒く黒い獣をうつ伏せにして前脚で踏んづけまくっている。


『流石武闘派、そこらへんでー』

「どうどう、終わりじゃ終わり」

「踏んでやったんだから!」

「そうじゃの、すごいすごい」

『チェリー姐さん流石ぁ』


 よく見れば蹄の下の黒い毛皮が焦げており、地毛らしき色が見え隠れしていた。

 ついでに少し焦げ臭い。


 グランジエールは少し顔を顰めて、しっかりと呟く。


『チェリー姐さん、焦げ臭い』

「あ、も、申し訳ありません夢中で」

「若さま、これをどうするおつもりじゃ」


 異常なテンションが通常に戻ったチェリー姐さんは少しやり過ぎたことに狼狽えたが、ギデオンはそれよりも今のうちに始末をどうつけるのか、それを確認にかかった。


「船は無事だが状態確認と周辺も被害がどんなものか、確認が必要じゃろうて」

『んー、チェリー姐さん近隣の陸地はどう?』

「火の気配などはないけど、怯えた気配はそこかしこにあるかも」


 その答えにグランジエールは少し考え、自ら床に伏せられた黒っぽい獣に近付いた。


 何かを感じたギデオンが静止する声をかけるよりも早く、グランジエールは徐に相手の首根っこをがぷりと噛みつき振り上げる。


 何をするのかと見守るギデオンとチェリー姐さんがギョッとしたのも、仕方のないことだった。






お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و


チャリオット(戦車)ことチェリー姐さん本領発揮(小出し

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