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呪われ魔導師と秘密の至宝  作者: 七縁ささみ
三章
142/150

142、襲来

 

 船内の個室内に隔離状態を解除した後、レオナルドは少し散歩してから帰ると言ってふわりと消えた。


 ここからは放逐したあの猫がどういう反応を引き起こすのか、様子を見つつの船旅になる。


 国境を越えたのが週始め明の日であり、今は二日目である陽の日の陽の三刻(午後三時)をしばらく停止して過ごしていた訳だが、この後の展開次第では週末の安息日に物事が動く場合がある。


 皆の安息日の帰省を邪魔されたくないという想いが強過ぎて、安直に相手が動かざるを得ないような強力な脅し効果をグランジエール自身に持たせた訳だが。


 流石に存在の次元が昇格してしまったグランジエールは、精神的にも疲れがあったのかうつらうつらとベッドで船を漕いでいた。


「若さま、寝るにしても先に少し食べた方がいい。儂の収納にお嬢様からの差し入れが届いておった『え!』」


 明らかに寝落ちしそうな状態だったグランジエールが、ギデオンの言葉の中にルーナエレンからの差し入れというフレーズを聞いた途端グインと顔を上げて声を発したので、ギデオンは苦笑いを浮かべつつ主人を優しく持ち上げてベッドからテーブルへと移動させてやる。


 優しい味付けのほろほろに煮込んだ鶏胸肉と野菜のスープを鍋ごと収納から取り出してテーブルに配膳し、平べったくもちもちした手ごねの薄いパンも横に置いてやる。


 ギデオンは添えられた二通の手紙にさらりと目を通して、グランジエールの覚醒具合を視線だけで確認すると、すでに目の前に出された食事にまあるい花緑青の瞳を輝かせていた様子が見えたので、軽く笑んで声をかけた。


「手紙は、まぁ食事の後でも宜かろう。出したら冷めてしまう故、どうぞ」

『ありがとうギデオン!いただきます!』


 声音は元気さが伺えるが、先ほどまで寝落ち寸前だったのだ。

 子供の体であることだし、満腹になればより強い睡魔に襲われる事だろう。


 そう考えたギデオンは、ルーナエレンが焼いたであろう平パンに口をつけ始めたグランジエールに問いかける。


「儂が読んで伝えるかの?」

『うん、食べたら寝ちゃいそう』

「承知した」


 そうして食事をしながらこちらに耳を傾ける微笑ましい主人を見つつ、一枚目の手紙を開いた。


 =====


 グランジエール、レオナルドが大暴れしたようで大変だったね。体調に問題はないかい?

 丈夫な体とはいえまだ君は幼いのだから、あまり過信しないようにしなくてはいけないよ。

 君に何かあったら、エレンは酷く悲しむからね。

 しっかり食べて、しっかり眠るのを心掛けて。


 あとは、あまりレオナルドに染まり過ぎないこと。

 くれぐれも、頼んだよ。


 安息日に君たちの無事な姿を見ることを、心から願っているよ。


 アレンハワード




 =====



 げんきがないときやつかれたときは、エレンがつくったごはんをいっぱいたべてね。


 あんそくびまで、まいにちよるねるまえにかぞえてるよ。

 とうさまやレオナには、ないしょなの。


 げんきですごしていてね。



 ルーナエレン



 =====


『ギデオン‥‥』

「どうした若さま」


 愛らしい手紙を自分の野太い声で読み上げてからの気恥ずかしさと、読み上げることに異論はなかったはずの主人へ無機質な目を向けたが、その内に宿った異論は認めないという意思が読み取れたのか、グランジエールはそこから言葉の続きを発せない。


 だが、何とはなしに伝わる感情は居た堪れないとしか言いようがなく。


 きっとレオナルドとグランジエールの遣り取りをすぐ側で見せられたギデオンは疲れているからと、グランジエールは続けるべき言葉を飲み込んだ。


『ううん、ありがとう‥‥‥』

「‥‥‥どういたしまして」


 食事を終えたグランジエールは、心の栄養も十分補充出来たのでそれ以上何も言わず、ベッドの上でクッションをふみふみしてから丸くなって眠る事にした。









 * * * * *





 日付が変わり宵の日宵二刻(午前二時前後)頃だろうか。


 眠っていた筈のグランジエールの耳がぴくりと動き髭が震えた。

 ゆっくりと花緑青のまろく大きな眼を開き、顔を上げる。


『ギデオン、起きて』

「む、如何した‥‥若さま‥‥」


 まだ眠りから醒め切らない様子でありながら返事をするギデオンに視線を向け、グランジエールは珍しく低い声で呟き返した。


『来たみたいだよ』

「何‥‥?」

『構えて、揺れる』

「は?うわ!!」


 上体を起こしてベッドから降りようとしていた矢先にかけられた鋭い声に、反応が間に合わずギデオンは大きな衝撃音と船自体が大きく揺らき傾いだ事に咄嗟に対応出来ず、思わず受け身を取りながら床に転がり降りた。


 上空から大きな重量物が船目掛けて落ちたような、衝突音と船の沈み込む動きの後の不安定で激しい揺れ、そして破損部分でもあるのだろう、船員たちの大声でのやり取りが聞こえてくる。


「これは、どちらかというと愚物の類か‥‥」

『普通の猫や人も乗っているけど、構わないってことかな』

「わからんが、沈めても構わんという思惑はありそうだ」

『気に入らない。チェリーねえさん!』


 相手の意図までは推測出来ないが、こちらを大いに侮っている態度であるのは明白だ。


 グランジエールの短い呼びかけに応えたチェリー姐さんがするりと船室に顕れると同時に、すでに臨戦体制とヤル気に満ちた前傾姿勢となっていた事にギデオンはギョッとする。


「どうした、殺気まで‥‥」


 壁の向こう側に意識を向けているのか、ギデオンの問いかけに応えず眼を爛々と怪しく光らせるチェリー姐さんに、グランジエールは少しだけ声の調子を戻して説明をする。


『ほら、ボクらだけで遊びに行った時にね、ひよこちゃんへの無礼が酷かったんだ』

「それは、ううん、何というかの」

『齧っちゃったボクも悪いけど、可愛いから。だけどあれでも隣国の最上位の土属性の大精霊なんだよ?』


 怒号飛び交う船を軋ませながら何かが近付いてくる気配が分かっているのに、鼻息を荒くするチェリー姐さんの状態を解説しているグランジエールだったが、暗に相手の目が節穴であると言っているようなもので。


 それでも直接相手を確認していないし侮辱して来たのは()()()であるポイ捨てしたアレ。


 きちんと相手を視てから判断をすべく、グランジエールはこの部屋に相手が辿り着くのをじっと待っている。


 だが響く破壊音や船員や他の乗客たちの怒号や悲鳴が大きくなるにつれ、花緑青の瞳の奥に言い知れない光が宿り始めている。


 その様子からグランジエールの心境が手に取るように理解出来てしまったギデオンは、あまり性質の良くない来訪者に己の気分も下げられる思いがした。


 出来れば世界を慈しむ方向で、健やかに育って欲しい龍種の始祖。

 破壊の神の後継者でありながらまだまだ無垢なグランジエールに、負の感情を多く学んで欲しくはないのだ。


 無関係とはいえ他者の命に頓着しない手法を取っているらしき相手に、同じようにはして欲しくないと思いつつも、ギデオンはグランジエールの瞳の奥を伺うしかない。


「若さま、あまり無体を働く輩であるなら先に船に保護をお願いしたい」

『そうだね、その方がボクたちにも良さそうだね』


 相手を嗤うような言い方と声音に、すっかりとレオナルドに染まった自身の主人の将来を心配せずにはいられない。


 読み上げた手紙の前者を思い出し、週末にアレンハワードに全て事細かに報告せねばならんだろうと覚悟を決めて、グランジエールの言葉の後に辛うじて釘を刺すしか出来ない。


「お手柔らかに、と言っても無駄かの‥‥‥」


 ギデオンの諦めたような呟きと声は、外からの様々な音に遮られ誰にも届かなかった。





お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و


ギデオンは声真似なんてしてません!

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