14、昼食会のその後で
短めです。
会議室での昼食会は、双方ともに不満足な結末と言えた。
モルガン領と要塞側の思惑が一緒ではなかったようにも思われるし、何よりもアスコットから伝え聞いていた筈の使者を偽っている。いきなり現れた得体の知れない歳若い旅の手練れに、警戒するなという方が無理からぬ事でもあるだろう。若しくはメルヴィンから、何かしらの情報を得て急遽人員の変更がなされた可能性もある。
また相手次第では、この地に繋げられるなら繋げたいという思惑が透けた遣り取りは、辺境の領地の要塞なのだから当然なのだろうけれど、それが心底苦手なアレンハワードの心情など彼らが知る由もない。
硬い表情のまま、与えられている客室に足早に向かう。
「エレン、戻ったよ」
軽く扉をノックして声をかけ、右の人差し指と中指でそっと魔法陣を描く。微かに魔力の解ける気配を確認してから、ドアノブに手をかけた。
室内へ入ると、部屋の奥から軽い足音がまろぶように駆けてきて、アレンハワードの足にしがみついた。
「とうさま!レオナも!おかえりなさい!」
「エレン、お利口にしてたかな?」
小さな愛娘を掬い上げて腕に抱くと、柔らかなピンクに染まった頬を緩ませて、アレンハワードの首に抱き付いてくる。暖かさとふわりと波打つ柔らかな淡紫の混じった青銀の愛娘の髪に顔を埋め、アレンハワードは先刻までの波立った心がゆっくりと凪いで行くのを感じた。
はぁっと深く息を吐き出し、ルーナエレンを待ち受けていたレオナに渡し、空間を軽く『戸締り』する。
その間にレオナが食事の確認や、室内の把握を行なう。
「さて‥‥」
自然と保護者二人の視線が、テーブルの上に置かれた絵本の上に留まった。そのまま互いの心情を確認し合う様に、一瞬視線が合う。
「エレン、菩提樹のアレ、来なかったのかい?」
「あれ?」
可愛く小首を傾げるも、伝わっていない。名前を呼ばせたくない為、アレだとかオネエさんだとかしか言葉にはしない。
「緑色のオネエさん」
「あ!」
ぼそりと呟いたレオナの言葉で、ルーナエレンは忘れていた事件?を大慌てで、二人に報告と相談をし始めた。
お昼ご飯で助けてもらった事、果物を貰った事、オネエさんが何か喜んで叫びながら本に吸い込まれてしまった事。絵本を少し逆さまにして振ってみたけど、出てこなかった事。
話を黙って聞いていた二人は、思い浮かべた状況に頭痛を覚える。危惧していた通りになっていた事、そんな状況を愛娘に目撃させてしまった事。
幸いにも、ルーナエレンに怯えた様子はないが、念の為の絵本の罠がものの見事に役立ってしまうとは。
「出さなくて良いんじゃね?」
ルーナエレンを抱きしめたままぼそりと溢れたレオナの呟きは、アレンハワードにしか聞こえていない。出来ればその提案には全力で乗りたいが、今回の使者の次は領主が直々に乗り込んできている。
正直もう面倒な人物に会いたくないし、面倒事に巻き込まれたくない。
それでも領主の契約妖精であり、この地の妖精達にとっての纏め役のような存在の長寿のドライアドだ。
一足飛びに別の場所に安全に向かって身を隠すとしても、メルヴィンは連れて行かないし依代である本体から余りにも離れる事は出来ない。
保護者二人の口から、同時に深い溜息が漏れた。
* * * * *
程なくして、非常に不本意な表情をしつつ、アレンハワードとレオナは絵本からメルヴィンを解放した。
ほっとした様に顔を綻ばせたルーナエレンから見えない角度で、アレンハワードとレオナは底冷えのする表情と眼差しでメルヴィンを迎え、結果メルヴィンに冷静さを取り戻させる。
午後のお茶の時間より少しだけ早いが、運動を今日はあまりしていないルーナエレンは少し蜂蜜を垂らしたホットミルクを貰い、ソファーに座っていた。
「エレン、急だけど夕食を終えたら出発しようと思う。平気かい?」
こくりと頷いて、飲み終えたカップをテーブルに置く。素直なルーナエレンの様子に、アレンハワードもふわりと微笑む。
「とは言え、約束したお仕事があるし、エレンもこの地の魔物が気になっているだろう?」
「おおかみさん‥‥?」
「そう。もしかしたら他にも理から外れてしまった物も居るかも知れない」
少しだけ眉を寄せて、再びこくりと頷く愛娘の真剣な顔が、場違いながらも可愛くて仕方がない。
ついつい、ソファーの隣の席に腰を下ろして抱き上げ、膝の上に乗せる。よしよしと頭を撫でながら、要塞に来てずっと頭の端にあった事を呟いてしまった。
「エレンは、初めてお外の人と触れ合ったけれど、怖かったみたいだね。連れて来てしまって、ごめんね?」
物心ついてから、遠目に見かけたり存在は教えて貰っていたけれど、直接間近で相手に認識され、相対するのは確かに怖かった。興味はあったけれど、アレンハワードやレオナとは違う。
害意や敵意なんてないのは分かっているが、大きな男の人が怖かった。匂いも、全然違って心が安らがない。
相手もちょっとおっかなびっくりだった気がする。
気になるけれど、仲良くなりたいかと言われると難しい。
それでも、アレンハワードに謝られなければいけない程の苦痛や恐怖とは、違うように思う。
気遣うように優しく頭を撫でてくれる大きな手に、満たされながらアレンハワードの胸に頬を擦り寄せた。
「ううん、あたらしいのたくさん、たのしいよ?」
「そうか‥‥怖かったらレオナも私も居るからね?」
「うん!」
にこにこと親娘で語らっている背後で、名前だけ参加していた黒いのと、話題にすら挙げて貰えない緑のは。
親娘の視界の外で、それぞれほぅっと溜息を溢しながら見守っていた。
「じゃあ、この後の方針を相談しようか」
ゆっくりしていたら、いくらこの部屋の空間を内側から『戸締り』していたとしても、要塞の中の人物が引き留めにやって来てしまうかも知れない。無駄な遣り取りに時間や労力を割かれるのを防ぐ為、先ずは移動中であろう領主一行にメルヴィンから話を通して貰わなければならない。
今夜には要塞を出ると言い捨ててあるので、そのまま実行に移す。それまで、まだここに留まっているであろう使者達の働きかけを留める様、伝令を直ぐ様下す手筈をし、それまでに移動なり調査なりでアレンハワード達は要塞の外へ。
領主が領都を出て要塞に向かっているのは使者たちにも要塞の者にも伝わっているので、顔合わせをするにしても一度要塞に入って貰う。
メルヴィンの依頼にどれ位領主が関わってくるか、理解度や野心にもよるだろうが、関われる相手であれば共に問題の解決なり今後の対応なりを、顔合わせと共に行う。
取り敢えず今はメルヴィンの働き次第。
要塞を出立した後の行き先。
行き先は、先日アレンハワード達がブラックハウンド達を討伐した付近にルーナエレンの手で植える様にと言われて、小さな巾着に沢山の木の実や種が入った物を渡された。
話し合いの間じっと静かに保護者たちの話を聞いていたルーナエレンは、出立までに厨房の兎耳の優しい二人に、挨拶したいと頬を染めながらおねだりをし、その場の空気が和んだ所でメルヴィンが領主の元に叩き出されたのだった。




