132、お留守番(チェリー姐さんの場合)
123話から130話の間のお話になります。
本日もやや短め。
「さて、まずはうちの可愛い義息子に首を垂れた心情から、お聞かせ願おうか?」
目の前の黒髪の美丈夫は腕を組んで青い目を細め、チャリオット改めチェリー姐さんを感情のない視線で見ている。
そこそこの巨体を誇っている自分ではあるが、立った状態で相対した場合彼の身長は自分の胸の辺りまでだというのに、存在自体が恐ろしく大きい。
主となったあの仔猫にも感じた次元の違う濃密な存在感は、目の前の美丈夫の方が恐ろしい程に上位であると本能が激しく警鐘を鳴らし危機感を刺激するのが分かる。
全面的に降参です!という気持ちを精一杯体現しようと、脚を折り地に身を伏せて首も差し出すように頭を下げる姿勢を取らずには居られなかった。
少し前までは三者面談と言っていた筈なのに、何故か現状一対一。
威圧感は無くとも存在感が圧倒的に違い屈服したあの外見キュートな仔猫姿の主も大概だと思っていたのだが、その養父だと言ったこちらの方が端的に言って無理の一言。
故郷では原初の神の末裔や高位の精霊や妖精は殆ど遺っておらず、何処かに秘された聖域を内包しているらしいのだが、そこに至る路も方法も資格すらも誰にも何も遺されていない。
それでも聖樹の森の幻だけはオクリウェートに住まう者誰もが、一度は遭遇するという。
実態はなく手の届かない距離に顕れる幻の儚さと美しさ、それと同時に湧き起こる畏怖の念があの地に存在する命ある者には刻まれるのかも知れない。
そしてその畏怖の感情は、目の前にしている黒髪の美丈夫を前にしているとまだ甘かったのではないかと思わされるこの現状。
額に脂汗を滲ませながらそっと主の気配を探ると、やや心配そうにこちらを伺っていたので助けて欲しいという気持ちを込めて元から涙で濡れていた目を意識的にうるうるさせて訴えてみたものの、何故か幼い主は可愛いお口をきゅっと引き結んで顔をそらしてしまった。
それ以上どうにかしようにも、すぐ目の前の脅威がそれを赦してはくれない。
先程迄の逆急流降りの己の大絶叫せずには居られなかった恐怖よりも、遥にそして確実に上回る怖くて恐ろしいナニカ。
引っ込みかけていた涙が無意識に再度決壊してしまっていたチェリー姐さんだが、無情にもレオナルドに青水晶群の隅っこへジリジリと追いやられ、空間の隔絶をその周囲に展開されてしまった。
機嫌を損ねればどうなるか分からない程の実力差の相手であるのは明確で、下手に偽ったり取り繕った場合は問答無用で不興を買って存在毎刈り取られるのは必至。であれば、多少情けなくとも本心を曝け出すべきと覚悟を決める。
そこからは、比較的に早かった。
可愛いものと温泉への熱意。
オクリウェートでの不満とまでは言わないが、味気ない変化のない環境。
故郷ではそこそこに上位ではあるが、更に上を目指すついでに条件の良い好みの塩分も持った、気性の穏やかな青水晶。
それらの下心を語った上でグランジエールと出逢い、それだけで格の違いを肌で感じた事。
この身を素材や火の魔素源と位置付けられたとしても、仔猫姿の主の側近くに侍った結果恐らく自らも諸々含めて引き上げられる効果があるだろうと直感で感じ取っていた事。
黙って目の前で表情を変えずに聞いている黒髪の美丈夫に感じる行き過ぎた畏怖から、饒舌が過ぎたのかも知れない。
最後の引き上げられる効果に気付いた流れを話し終えた途端、ズバンと重い音と額に形容し難い痛みが走り脳髄が直に衝撃を受けた。
悲鳴をあげたつもりが全く自分が動けていないと、暫く思考の処理が追いついていない影響なのか分からない。
「素直に白状したのはまぁいい。ひよこも、本人の了承があればと可愛い義息子が言っているしそれもいい。ただ気に入らないのは、見合ってない癖に恩恵は期待してる根性だ」
物理的な衝撃を受けて頭が弾けてしまったとしても不思議は無かったが、幸か不幸か物理的に問題がないらしい。
ガクガクと身を震わせながら、上目遣いで表情を変えない麗しい青い目を見ると、そこに得体の知れない、でも明確に気に食わないという冷たい彩が鈍く光っていた。
「お前が引き上げられるかどうかは努力次第。野心や野望や展望は己を磨く指針ともなる故に否定はしない。だが、相応しくない存在には祝福は呪いともなると覚えておけ」
媚びるのは悪手、それだけははっきり理解出来る。
言われた言葉に対して全肯定の感情を込めて何度も頷けば、レオナルドは思い出したようにふと視線を大鹿から離した。
「ああ、お前の温泉への熱意は旅の中で迷惑を掛けなければ問題ない。ギデオンとも打ち解けるきっかけの一つにもなるだろう。報告はしっかりあげてもらうが」
これにも必死で頷きを返す。
「それから、精霊の癖にやたらと物理と質量厨なのが取り回し辛い。圧縮や変換くらい魔素の制御で習得しろ。可愛い仔猫ちゃんとひよこたん、そしてやや低身長のドワーフ一行に巨大な鹿とかおかし過ぎだろが‥‥」
「う‥‥」
絵面は確かに酷い物だと自分でも想像がついたので、思わず呻き声を漏らしてしまうがそこで一旦レオナルドの醸し出す空気がやや柔らかいものに変化した。
「この週末になるべくさっき言った圧縮と質量変換を身に付けろ。従者(仮)になるならそこからだ」
「はぃ‥‥」
今の状態では従者の仮免許すら出ないと言われれば、限られた時間の中でも頑張るしか道はない。
やったこともない、今まで努力した逆方向の修行に途方もない無力感に苛まれていると、苦笑いを溢した後悪戯げな笑みの形に綺麗な形の口の端をあげたレオナルドが、ポツリとアドバイスをほんの少しのサポートをくれた。
というのも、先程物凄い衝撃を受けた額に静かに指先で触れただけだったが、ごっそりと身体の中から物質化させていた魔素が抜けていき、密度を保とうと無意識に収縮する己の体内魔力があるのを感じたのだ。
「標はしてやった。これで自身のサイズ感が変化出来れば、遠い未来だろうがひよことの関係も物理的に障害になり難くなるだろ?」
「!?」
どん底で地を這うような心持ちだったものが、現金にもその一言であっという間に前向きに浮上する。
レオナルドの言動にまんまと操られている自覚もないまま、チェリー姐さんは魔素が減ってダル重い身体に鞭打って黒髪の美丈夫へと再度叩頭いたのだった。
お読み頂き、有難うございます٩( 'ω' )و
閑話を後一話程、保護者達目線で予定しております。
その後、少々おやすみを頂いて新章・水の国を引き続きグランジエール主体でぼちぼちやっていきます。
今後とも、よろしくお願い致します(о´∀`о)




