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呪われ魔導師と秘密の至宝  作者: 七縁ささみ
一章
13/150

13、お留守番

 大事な御用があるからと、レオナまで連れて部屋を後にしたアレンハワードを送り出したすぐ後。

 ゆっくりと客室の扉が閉まるのをじっと見守り、ぴったりと閉まったと同時にふわりと室内の空気が優しくなったのを感じる。レオナすら傍に居ない初めてのお留守番に、ルーナエレンは自然と硬くした身体の力を少しだけ抜いた。

 本当は不安と寂しさで涙が滲みそうになっていたが、アレンハワードの守護が掛かった空気でほんの少しだけ緊張が解ける。


 すると、くぅ〜っと可愛らしい空腹の悲鳴が、誰も居ない室内に響いた。自然とルーナエレンの眉尻が下がる。

 いつまでも扉の前で立って待っていても、お腹は膨れないし寂しさも変わらない。

 胸に抱えた大きな絵本を一旦客室に備え付けられているベッドの一つに置き、トコトコとテーブルに向かう。

 テーブルの上にはレオナが用意しておいてくれた昼食が入ったバスケットがあり、上にナフキンが掛けてあった。


 ルーナエレンは踏み台を持ち上げて椅子の横に置き、クッションを二枚重ねてある椅子に登る。


「ん‥‥と、とどかないよぅ‥‥」


 テーブルの真ん中に置いてあるバスケットは、ルーナエレンの席からはあと少し届かない。

 椅子の上に立ち上がって身を乗り出せば手が届くかも知れないが、椅子の座面に二枚重ねになっているクッションが滑って転んでしまいそうだ。


「うー‥‥」


 眉を八の字にして大きな紫水晶の瞳を潤ませ、小さな挫折を感じていると。ふわりと目の前のバスケットが、ルーナエレンの手の届く範囲に移動して来た。


「!!」

『うふふ、遅れちゃって御免なさいね?』


 テーブルの横に、ドライアドのオネエさんがたおやかに立っていた。



 * * * * *



 お昼ご飯は、たっぷりチーズと香草と厚切りベーコンのキッシュに、メルヴィンが差し入れてくれた瑞々しい果物だった。直接厨房に顔を出したお陰で、食事の量を理解してもらえた様だ。作り手の顔を知った今ではキッシュの味わいも格別に美味しくて、自然と寂しさは薄くなっていく。

 食後のお茶もメルヴィンが用意してくれて、現在フーフーしながらルーナエレンは大きいカップを小さな両手で包んで持ち上げ、ちょびちょびと飲んでいる。


「オネエさん、ありがとう」


 先程使者との昼食会の為に部屋を出た保護者たちがお留守番についての説明中にずっと、メルヴィンをオネエさんオネエさんと連呼してルーナエレンに聴かせたせいだろう。絶妙なイントネーションでメルヴィンの心を抉る効果を発するが、三歳児にその真意が理解出来ている筈もなく。

 無垢なお礼と笑顔に癒されるのに、居ない相手からの間接攻撃でメルヴィンはちょっと泣きたくなった。


「ちょっとね、さびしかったから、オネエさんいてくれて、うれしい」

『ぐはっ‥‥』


 カップを置いて、はにかみながら長い睫毛に縁取られた大きな紫水晶の瞳に上目遣いで見上げられ、小さな可愛らしい声でそんな事を言われてしまったメルヴィンは、心の中で吐血する。


『このメルヴィン、一生姫に憑いていきます!』


 勢い込んで身を乗り出し、ルーナエレンの小さな紅葉のような可愛い手を取ろうと迫った瞬間。

 ベッドに無造作に置いていた大きな絵本が、勝手にパタンと開いたかと思うと魔法陣が浮かび上がり、メルヴィンを瞬時に飲み込んだ。


「‥え‥‥‥?」


 目の前で息をする間も無く大きな妖精さんが絵本に吸い込まれていったという、衝撃映像を目にしてしまったルーナエレンは思考回路が真っ白になってしまった。

 呼吸を忘れていたのを思い出し、はっとなって目を擦る。ゆっくりと椅子から降りて、ベッドに向かうとそこには開いたままの絵本と浮かび上がったままになっている魔法陣。

 部屋の中を見回してみても、先刻までそこに存在していたメルヴィンは居ない。


「どうしよう‥‥」


 絵本も魔法陣も、アレンハワードとレオナの気配しか無い。大好きな優しい二人の魔力と気持ちが、あるだけだった。

 それでも、間違いなくこの絵本に吸い込まれてしまったオネエさん。

 絵本を閉じてしまったら、魔法陣が消えてしまったら、もしかして二度と出てこられなくなるのではないか?

 そんな不安も感じてルーナエレンは開いたままの絵本をそっと斜めに少しだけ持ち上げ、表紙と裏表紙を見る。


 絵本は今日のお昼寝から目覚めた折、アレンハワードから貰ったばかりの新しい絵本だ。魔法陣が浮かび上がっている以外は、貰った時と全く一緒にしか思えない。

 相談すべき相手が誰もいない今。お昼ご飯を食べて、食後のお茶を飲んでいた時間を考えてみて、アレンハワードとレオナが戻って来てくれる時間を考えてみる。まだまだ戻ってこない気がする。そう結論付けて、肩を落とす。


 あんなに大きな妖精さんなのだから、そう簡単に消滅してしまう事はないとルーナエレンでも分かったが、目の前で自分の意思ではなく消えたのでは、心配しないではいられない。


 一人で考えても出来る事は殆ど無い。いつも助けてくれる保護者に助けを求めて呼ぶにしても、自分に留守番を初めて課す程重要な所用があるのだ。

 ベッドの上の開いたままの大きな絵本と、その上に浮かぶ魔法陣を見つめて拳を握り立ち尽くしていると。

 背後からふんわりとした風が頬を擽ぐり、頭に直接柔らかな思念が届いた。


(ドウシタノ〜?)


 一人きりの筈の部屋の中で、不意に聴こえたその思念にふと視線を左脇を見る。

 鮮やかな青い燐光を淡く放ちながら、黒い小さな蝶々がひらひらと舞っていた。窓も扉もどこも開いていないし、外から舞い込むような要素はない。

 ルーナエレンに引寄せられた、菩提樹の周辺に居た小さな妖精達の中に、見覚えがあった。


「ここにね、すいこまれちゃったの」

(マホウジン?)

「そう、おおきなきの、オネエさん」

(メルヴィンサマ‥‥)


 蝶々の姿なので感情は目には見えないが、思念が心なしか呆れている様だ。


(マホウジン、ツヨイ)

「うん、とうさまとレオナのかも」

(ホットク?)


 思わず、答えられずルーナエレンは蝶々を見つめる。ホットクとは、放っておくという意味だろうか。


「ほおっておいても、へいきなの?」

(メルヴィンサマ、シブトイ。ヘイキ)

「‥‥‥」


 シブトイって何だろうと考えてみるルーナエレンだが、響きからなんとなく褒めていないのは理解出来た。


(マホウジンコワイ。ホントジテ)

「あ、うん」


 綺麗な蝶々に可愛くお願いされてしまったので、開いたままの絵本をベッドに登ってパタンと閉じる。魔法陣も絵本を閉じると同時に、ふわりと消えてしまった。

 若干の不安も感じるが、蝶々の妖精さんも平気だと言っていた事だし、アレンハワードもレオナも戻って来たらちゃんと話そうと決意する。


 絵本を持って今度はテーブルに移動し、クッションを重ねた椅子に再びよじ登る。

 絵本を読んで待っている様に言われたのだし、そのまま静かに絵本の最初の頁を開く。

 綺麗な挿絵の絵本。文字はそんなに多くなく、学者肌のアレンハワードから文字を教わって簡単な単語なら読める様になっていたルーナエレンには、十分に追える内容だった。


 昔々の、花の女神の末娘と人との、優しい淡いお話。

 村に病が蔓延し、神の山に薬草を求めて遥々やって来た心根の優しい男の子と、花の女神の末娘が出会う。

 神の山に立ち入り、薬草に触れられる程の美しい魂を持った男の子は、女神に気に入られ薬を作る方法も教わった。薬の作り方を教わっている間、叙々に末娘と交流を重ね、心を通わせる。そして、無事に薬を完成させると、末娘と再会を約束して自分の村に戻って皆の病を癒した。


 最後まで読み終わった絵本をパタンと閉じて、ルーナエレンは左肩に留まっていた蝶々の妖精にふと尋ねてみる。


「あえたのかな?おとこのこと、おんなのこ」

(カイテナイネ〜?)


 少なくとも、身近に歳の近い存在が居ない。

 まだまだ狭い世界しか知らないルーナエレンには、ちょっと難しいお話だったけれど。

 何処か心の奥に、言いようのない感覚が生まれていた。





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