11、使者
軍務に関わる別棟の最上階。
客室のある棟とは趣の違った廊下を突き当たりまで進むと、やや大きめの立派な扉があった。
扉の前でアスコットがノックの後所属と名乗りをすると、扉の内側から入室の許可を出す声と共に扉が開き、使者の護衛であろう人物に迎え入れられる。
「こちら先日我々の窮地を救って下さいました、アレンハワード=サリヴァン殿です」
「ご紹介に預かりました、アレンハワード=サリヴァンです。魔道具と魔術の探究の旅をしております魔術師でございます」
アスコットから紹介を受け、アレンハワードはゆっくりと一歩前に歩み出て優雅に礼を取る。
上質な調度品が揃えられた会議室のソファーに座していた四十代と思しき男性は、やや硬い表情のまま立ち上がり、アスコットとはまた違って貴族らしい礼を取った。顔を上げた男性の鋭い黄色の瞳が、鈍色の髪と同じ色の獣の耳が、ほんの微かに相手の全てを探るかのような緊張を見せる。
恐らく警邏隊が対応出来なかった魔物を、アレンハワードが単独魔術のみで討伐したという流れが報告に挙がっているのだろう。騎士団では無いが、獣人の身体能力も含まれる警邏隊の戦闘力を以ってしても苦戦を強いられた場面を、覆す程の魔術を扱う若き魔術師の力量及び魔力量。
それが意味するのは、幼い頃から魔術を研鑽する環境に身を置く事の出来る身分にあったか、産まれながらにその環境を持つ者である可能性。即ち貴族階級か、それに与する組織に縁があるという事だ。
そこまでを瞬時に考察したであろう前方の男性は、アレンハワードに対して丁寧な口調で名乗った。
「サリヴァン殿、此の度は我等が領での助力、誠に有難う御座います。私はモルガン領の領主の名代として参りましたコナー・ロス=ウォードと申します。領主閣下より執務官の任を頂いております」
「執務官殿にご足労頂くとは、恐れ多い事にございます」
「いえいえ、この地は他国への関も近い故、崩れてはならない場所なのです。サリヴァン殿のお陰で、面目が保たれたと言っても良いくらいです」
一通りの名乗りと会話をして続きの間に案内された一行は、隣室に用意された昼食会へと移行する。執務官と護衛の騎士、アレンハワードとレオナとアスコットの五名のうち、テーブルに用意されている食事は二名分のみ。
それを見たコナーは席につきつつも、向かいの席に着いたアレンハワードの後ろに控えたレオナを一瞥した。
「確か、サリヴァン殿は幼いお嬢さんをお連れだとか」
「ああ、お恥ずかしながら娘は人見知りが激しい年頃でして。お借りしている客室にて、留守番をしてもらっています。これは、私の旅の道連れのような者です」
流石は悠久の時を生きているだけあり、無表情ながらも綺麗なお辞儀をレオナは返す。ただ、その様子はひたすらに隙がなさ過ぎて、アレンハワードは少し困った顔をする。相手が武官であれば、警戒される気配の消し方だ。
心なしかコナーの背後の赤銅色の髪を持つ長身の護衛を、挑発している気がしてならない。いや、寧ろ挑発しているのだろう。
執務官などと領主の右腕のような存在が使者に立てられ、旅の魔術師の元にやってきたのだ。狼の聖獣に縁のある土地であるにも関わらず、彼らの警邏隊はウルフと名の付く魔物に遅れを取っていた。メルヴィンからも魔物の話を聞いている。
調査か討伐の依頼をしてくるにしても、きっと実力を測ってくる筈だ。
普段は殆ど戦う事のないレオナだが、元来殲滅が得意であるのは言うまでもない。
やり過ぎて追手が掛からない程度に留めてくれる事を内心祈りながら、アレンハワードは曖昧に笑った。
表面上はマルティエでの旅の目的や今後のルート、遺跡や名所などのたわいもない情報交換をしながら、昼食会は食後のお茶まで進んでいく。その頃には、アスコットから上がっていた報告の解説や補足を含め、領主からの褒賞の話になった。
「領主閣下から褒賞として、当要塞の生活棟及び龍の背骨内の遺跡の施設の滞在と利用の自由。また、旅に出られる際は、当方にて物資等必要な物は用立てよと仰せつかっています。後は、ご希望であれば出立の際、次に向かわれる町まで、馬車でお送りするようにと。以上となっております」
コナーは何食わぬ表情で懐から封蝋付きの封筒を、そっとテーブルの上に置きアレンハワードの方へと差し出し、侍従がそれを手渡してくる。受け取って封を解き開いてみると、先ほどコナーが口頭にて伝えて来た褒賞の目録だった。
平民か貴族かも解らず、実力も判明している訳ではない筈だろうにと、アレンハワードの心の中は、冷えていく。相手が上位者であったとしても無礼にならないように、そして恩を着せて従属させる為の褒賞でもあるだろう。故郷での身を置いていた環境を嫌でも思い出し、どうしようもない反発感を抱く。
時間がたっぷりある者であれば、こんなやり取りも罷り通るのは事実。
だが、自分にそんな余裕はないし時間も赦されていない。
ルーナエレンが側にいれば、或いは此処まで感情が冷え込む事も無かったのにと、自分の中の冷静な部分が呟くのが聞こえた。
「たかが一介の旅の魔術師に、好待遇過ぎませんか?勿論、とても有難いですが」
そこで言葉を切ったが、言外に「胡散臭い」と述べる。
目を通し終わって静かにそれを畳んで封筒に戻したアレンハワードは、テーブルの上で手を組み、やや姿勢を正す。向かいに座るコナーに向けていたアイスブルーの瞳は、穏やかながらも相対する者の心胆寒からしめるものだった。
部屋の空気がどんどんと重くなるような錯覚を皆が覚える中、黒髪の少女は無造作にアレンハワードに控えていた背後から掌を上にして手を出す。
ぱちんと軽い音を立てて、青銀の髪の青年と黒髪の少女は手を打ち合わせた。
* * * * *
使者の護衛として同行していた赤銅色の髪の長身の騎士は、自分の身に何が起こったのか理解出来ぬままうつ伏せに床に転がされ、十代前半と思しき黒髪の少女に掴まれた利腕を背中に回され、身動き取れない状態になっていた。
背に跨っている少女の重量はほとんど感じないのに、身動ぎすら出来ない。
足下に、ぴたんぴたんと何かが軽く叩きつけられ、力が入らないまま得体の知れない相手への恐怖と疑問符が頭を占拠する。
ちなみに足下で動いて彼の身体を軽く打っていたのは、レオナの黒い尻尾だったりする。
アレンハワードとレオナ以外のこの場に居た全員、時間が止まってしまったかの様だ。
「‥‥‥レオナ、やりすぎだよ」
「えー‥‥」
机の上で組んでいた掌を解き、こめかみをそっと押さえて目を伏せるアレンハワードの声が、ほんの少し責めているような響きがあった為だろう。レオナは少し低い声で不満そうな声を漏らす。
頭の上には黒い艶やかな髪と同色のまろい獣の耳が、ほんの少し斜め後ろに傾く。
「抜刀する前にちょこっと顎打ちして膝カックンしただけなのに、やりすぎゆーし」
「はは‥‥‥‥‥」
演技でもなんでもなく、乾いた笑いがアレンハワードから溢れる。
手加減どころか遊んでもないのは、良く分かっているけれど。何でこんなのと旅をしているのか頭痛がしてくると言うのが正直な気持ちだ。もしかしたら、自分の呪いの回避が出来なければ即世界の滅亡とか、洒落にならない事態なのかも知れない。
後でしっかりと話し合いをせねばなるまい。最悪エレンの口から誓約させる事も必要かも知れない。
「さ、サリヴァン殿‥‥、これは、その‥‥」
正面から動揺と怯えが綯交ぜになった声がして、レオナの方へ向けていた視線を前方のコナーに戻す。
先刻までのコナーの余裕と警戒混じりの表情は、あきらかに強張っていて額には脂汗が滲んでいた。
「利害の一致で共に旅をしているだけなので、私には命令権も強制力もないんですが。いい子でしょう?」
暗に自分を通じて動かせる相手ではないと公言し、制御も管轄外と伝えるつもりでアレンハワードは軽くため息を吐く。
「もちろん、私の魔術もファング殿にはどんな物か理解頂いていると思います。我々を留め置くおつもりでしたら、褒賞など不要。今夜にでも立ちます」
「あ、‥‥そんな、我々は」
「どんな思惑であろうと、陰でこそこそされるのは好みません」
一旦目を固く瞑り、低くそう言い切ったアレンハワードはコナーを真っ直ぐ見据えて席を立つ仕草を見せた時。
床に転がされレオナに未だ馬乗りにされている赤銅色の髪の騎士が、慌てた様な声を上げる。
「お待ち下さい!こちらの非礼は幾重にも謝罪させて頂きます!!どうか、お話だけでもっ」
「いいえ、謝罪は不要です」
必死さを滲ませた声音ではあったが、アレンハワードの返答は冷たかった。
そのまま席を立つと優雅に一礼し、部屋を後にする。
黒髪の少女もまた、軽い動作で立ち上がると騎士を解放し、そのままアレンハワードの後に続いて退出してしまった。
テーブルの上にはコナーが差し出した封筒が、そのままポツンと置かれたままになっていた。




