愛しい人は、愛せない。
「たとえ結婚せざるを得なくても、心配することないわ。本当に愛している人は側妃にすればいいでしょう? 私、いじめたりしないし、ちゃんと応援すると誓うわ」
僕の婚約者は、そう言ってなんでもないことのように笑う。
「そんな顔しないで。貴方がそんな不義理なことが大嫌いなことは分かってるわ。だから、呪いを解こうと頑張っているのよ」
困ったように眉根を寄せて、彼女は僕を慰めるように優しく言う。僕はいったい、どんな顔をしてたんだろう。
「大丈夫、きっと私が呪いを解くわ。貴方と、貴方の大事な人のために」
僕の大事な人は君なのに。
涙が出てきた。どうして僕は、君を好きだと言えないんだろう。
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それは不思議な呪いだった。
物心ついたころ、初めて彼女……僕の婚約者ラウリルに会った瞬間、その呪いは発動した。
「ごめん。やっぱり僕は、君を愛せない」
突然、口をついて出た言葉に、僕は自分でびっくりした。初めて会ったのに、なんでこんなこと言っちゃったんだろうって、わけが分からなかったんだ。
でも、彼女は怒るでもなく、不思議がるでもなく、ただ悲しそうに微笑んだ。彼女はあの頃から、妙に大人びた子だったから。
そのあとに次々に自分の口から勝手に出てくる言葉も、その頃の僕にはよく意味がわからないことばっかりだったけど、それが、『呪い』で、みんなをとっても悲しませるものなんだってことだけは、幼い心に叩き込まれた。
だって、お父さまも顔が怖い公爵も、今まで見たこともない青い顔で「呪いだ」「本当だったのか」っておろおろしてたし、なによりラウリルが、泣きそうに悲しそうな顔をしてたから。
呪いは強固で、陰湿だった。
ラウリルに会うたびに、勝手に口が動き出すんだ。口から吐き出される言葉は、いつも同じ。
「ごめん。やっぱり僕は、君を愛せない」
「こんな気持ちのままじゃ、君とは結婚出来そうもない。婚約を解消したいんだ」
そんなひどい言葉ばかりが転がり出る。
それを聞くたびにラウリルは悲しそうに笑うんだ。「そうよね、仕方がないことだわ」って。
違うのに。僕は、別に君を嫌ってなんかいないのに。
そう言いたくて口を開いても、その言葉はことごとく冷たい言葉に変換されて、僕の口からでていくことになっているらしい。
彼女にひどい言葉しかかけられないというのに、ラウリルは決して怒らなかった。それどころか、こんな僕のことをなぜか愛しそうにみつめて、いつだって労わってくれるんだ。
その穏やかさに、寂しそうな瞳に、優しさに、僕はいつしか恋をしていた。
だからこそ、僕は自分自身が許せない。
結婚なんかしてしまった日には、僕は顔を合わせる度ごとに、絶対に彼女を傷つけてしまうだろう。