#0:私の日記に関する初めの記述
ご存知の通り、自分自身に尋ねてみても、我々夜の住人には安息の時はない。だが人間並みに、それどころか人間よりも、人間的に言うならば「老後の楽しみ」はあるはずである。鶴は千年、亀は万年生きると云う。長命の彼らにしろ老いも有り、数百年の時間を「老いて」過ごさねばならんのだ。そう。不死のものとて例外ではない。不老でないから年は取るし、実際私としても「老い」と言うものを実感してきた。戦いの日々より身を引き、かねてからの悲願である私の城、安息の地である我が住まいを構える事を考える時が来たのである。
ともかく。ここに私の日記を残すという、かつての私には考えもつかないことを本日をもって始めるのだ。私と刃を交え、私を一度は葬り去った彼らの伝記を思い出さない訳ではないが、ここに日記を書くということを宣言しておこう。誰に語りかけると言うことでもない。しかしながら私の思考は雄弁家めいたところがあるので、話す言葉、書く言葉は尊大だが、尻尾より食われる様に忘れてしまう。何か見聞録を残さねば。そうでないと、私の存在そのものが少しづつ未確認なものとなっている気がしてならない。まあそれも理由の一つとしておこう。
この一頁目、否、一章目に関して、まず私の周辺について整理をしておきたい。私がおぼろげにしていることの整理だ。まず私は「日本」の「トーキョー」という都市に住んでいる。正確な住所は忘れたが、ともかく「トーキョー」なのだ。そして今している小遣いを稼ぐ手段。とかく最近というのは、金が全てと言っても過言ではないだろう。私の生まれたころには考えもつかないことであったというのを覚えている。幸いにしてそこそこ長くこの世にとどまり続けているので、だらだらと過ごす分には困らぬ量の金はあり、なんなら寝床だけでも私は困らないが、私自身を楽しませる物を手に入れるには金ばかりかかる。それ抜きでは私はそれこそイかれた怪物となるだろう。また食事ににしても重大問題だった。少し前まではちょっと気に入った人間で食料をいただけば何も問題はなかったが、ここ最近だろうか、警察組織のお陰で、黒夜堂々と、ある種けだものとしての暮らしが脅かされているのだ。だが心配はすぐに解決された。幸いにして長生きした分多少なりともゴマかす手は持っていて、例えば「浦戸鉄平」という名前や、現在住んでいる集合住宅の一室を借りるのも、長年の知恵というものだ。我ながらそんな知恵を生かして、とりあえず「レントゲン技師」なる職業に私は付いている。暗室での仕事というのも魅力的だが、なによりも週6日は休めること(これも私のちょっとした術によるものだが)、忙しくとも、そういう時は夕方からの仕事であること、なにより医療関係の為、私が最も栄養面で最高と考える血液が容易に手に入ることだ。廃棄予定のものを少々頂けば良い。まあ腹八分が精一杯なのだが。
さて、現在の私の身の回りについてはこの程度でまとめておこう。書けば書くほど楽しくなる。なるほど、彼らも書きたぐるはずだ。
まあともかく、争いの絶えない世の中で、私がこの後静かに過ごせるのか、それを備忘録として書く為の日記をここに始める。さあまずはどこへ向かおうか。
メモ:飛行機のチケットが取れた。この国の人間が慰安地としておそらく一番に思い浮かべる土地の一つとして、私の直感にピンと来たところだ……