最弱傭兵団は鹵獲屋さんを営んでいるそうな。
傭兵団を運営しだしてから早二年。最弱の傭兵団と評価されている。それもそのはずで、団員が少ない。戦闘力が乏しい。資金力も言わずもがな。ないない尽くしの傭兵団なのだ。
まず、団員は十名。個性派が揃ったいい奴らだ。十名で傭兵団が成り立つのかって? やりようによりまっせ。
お次は戦闘力。いやぁ、弱いんだわコレが(笑)
実力がある奴はこの中では二人だけだな。突破力があるけど体力無いのと、地味だけど堅実な奴の二人。こいつら頼りだ。後は一点突破の奴ばっかりで使い所が微妙に難しいんだよなー。え? どんな奴か知りたいって? じゃぁ、ちょっとだけ紹介しよう。
まずは土魔法師なんだけどさー。これがまた曲者なのよ。なんせ土偶を作るしか能力が無いんだわ。それどうやって戦場切り抜けるつもりなんだって?
次はねー、薬草師。いや、もうなんでお前傭兵団にいるんだ!? て、思うだろ? こいつ毒専門だからなー。一般的な薬草煎じれないらしい。それで薬草師名乗るなよー。
もういいかな? 恥晒していくの辛くなってきた。
まぁでも曲がりなりにも二年やってきた中で脱落者いないんだからなかなかのもんだろ? そうだよ。
資金力だが、まぁ察してくれ。多くは語るまい。いや、語れない。
そんな俺たちにもちょくちょくとチャンスはやってくるんだよ。捨て駒的なやつな。いい金になるんだが、帰れる気がしないやつ。戦争屋という職に就いてりゃ避けて通れない部分だよ。最前線任務な。そういうのは断る。命あっての物種ってなもんよ、実際。
俺たちがやるのは専門も専門、鹵獲ってやつよ。相手の物資、武器奪ったり、食糧ダメにしたり、邪魔するのあるだろ? アレ。
巷で最弱の傭兵団と言われてんのは、鹵獲屋をやってるからじゃねぇよ? 個人の実力が明らかに低いからだ。さっきも言ったが、要はやりようだ。使い所を間違わなきゃ俺たちゃ誰にも負けねぇ。総合力で勝ちを取るんだよ。
おっと、客のようだ。お喋りは終いだ。
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スラム街を私は歩いている。まだまだこんな所がある事に溜め息を隠せない。はぁ、と盛大な息を吐くと、やや後ろを歩く臣下の二人から肩を窄める雰囲気がした。たぶんそうだろう。わざわざ見てやることもないから振り返ったりはしない。
私たちは今、ある傭兵団の塒に足を運んでいるところだ。本当は傭兵団は呼び出すものなのだが、今回は特殊だ。相手は最弱の傭兵団という噂がある団体だから、わざわざ呼び出すわけには行かなかった。そんな噂がある傭兵団を頼ったなんて外聞が悪すぎる。実に厄介な相手だ。鹵獲の実績がある信頼性の高い依頼のはずなのに、最弱という噂のせいですんなり話を通せないのだ、軍費的に。予算を出し渋られる。最弱の奴らに払う金などないという感じで。
だが、私は知っている。彼らが緻密に、綿密なる計画を実行できるということを。その詳細なプランの立て方から、実際に完遂するに至るまでの無駄を省きに省いた作戦は圧巻なのだ。だが、彼らは淡々とこなしては颯爽と去っていくから、実力の半分も伝わっていないのだろう。
確か、この建物を曲がってから、路地裏で外階段を一旦上がるんだったな? ややこしい所に事務所を構えているらしい。ココか。私がドアの前に立つと、従者がノブに手をかけた。
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「ようこそ! 最弱の傭兵団へ」
幾分古びた革の鎧に身を包んだ、頬に傷のある水色の髪の角刈りの男が大げさに手を広げて、部屋に入ってきた男達を出迎える。部屋の主はこの男だ。油断出来ない雰囲気が漂い始める。一発触発の空気をぶった斬ったのは以外にも客の方だった。ヘラりと笑ってみせる。場の緊張が緩む。
「依頼ですかい?」
「ああ、私は……」
「おっと、名前はまだ結構。受けるとは決まってない。ここの流儀だ。我慢してくだせぇよ? 受けると決まればお立場からなんから聞きましょう。お貴族様には失礼かと存じますが」
名乗ろうとした相手を制して角刈りはのうのうと口上を述べる。失礼とか、無礼とか微塵も思ってないだろうが、と客の後ろに控える従者たちは青筋を立てているが、当の本人がヘラヘラしているため、怒るに怒れないモヤモヤが二人を支配していた。
お貴族様と称されたこの男は貴族では無い。貴族風の装いではあるのだが。男にしては長髪で前髪は左右に垂らしている。見た目は金髪の爽やか系優男だ。
「内容からどうぞ」
ぞんざいに話を促す態度に目くじらを立てる従者たちをよそに、角刈りの男を前にした優男は笑みを深める。
「依頼は鹵獲。ものは食糧」
「ふむ」
簡潔な依頼内容に角刈りは好感を抱いた。居住まいを正す。そして地図を広げて角刈りは応じた。一点を指す。
「ココか……?」
問われた優男が息を飲んだ。うむ、と首を縦に。
「報酬は奪取で5、破棄で3。腐敗、焼却は4」
次々に要求を突き付ける。優男は負けじと応じた。
「三分の一で失敗とする」
「わかった」
角刈りはニヤついた。『温い、実に温い』と思ってるんだろうな、彼の仲間がいたらそう表現するだろう顔をする。
「半分で成功でよろしいので?」
挑むような目線を受けて、優男は大きく頷いた。優男の方はと言えば、打てば響く会話に快さを感じている。遠慮の無いもの言いに後ろの二人はイライラしているようだが、彼にとっては新鮮で、場の雰囲気を楽しんでいるようだった。
「半分の物資の消滅で、奴らは半月ももたないだろう。その時間さえ確保できればこっちのものだよ」
優男の周囲に取り巻く空気が重みを帯びたように感じた角刈りは目を少しだけ細めた。そしてこの依頼について思案する。誰を連れていくか、首尾は? 最適解はなんだろう。最悪の事態の対処など、考え得る全てを網羅するにはちと早すぎたようだ。目の前の三人が自分を見つめていることに気がついたからだ。待たせた事を少し詫びる。
「……失礼。この依頼、受けましょう」
「そうか!」
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ああ、ビビったぜぇ。相手は王子様だったんだと。あのオーラだもんなぁ、ありゃ大物の類いだな。怖ぇ怖ぇ。だが怖いのは後ろの二人もだ。殺気が半端じゃない。随分不遜な対応を心掛けたが、肝が冷えたぜ。まだ繋がっててよかったわ、俺の首。
依頼主の対応の仕方で受けるか受けないかを決めるんだが、今回は格が違いすぎた。戦況を正確に把握しているのも決め手になる。王子は情報を握れる立場にしっかり立っている。傀儡ではない証拠だ。幾つか古い情報を試しに吹っ掛けてみたが、見事に躱していった。まぁ、こんなスラム街のわかりにくい場所に足を運んでいる時点で合格ではあるんだけどな。
さて、今回の鹵獲作戦。どうしようかねぇ。まずは最上の奪取。コレをするにはアイツは外せない。異空間収納という世界も真っ青なスキル持ちのアイツだ。うちにいる奴らの中でも破格のスキル持ち。だが、こいつがまた使えないんだよなぁ。収納したら最後、もう動けないんだよ。魔力がごっそり無くなるんだと。アイツを連れていった任務で危うく全滅の危機に陥ったからな。抱えて逃げるのに苦労した。
それを踏まえた上でだ。アイツを運ぶ腕力バカを投入必須だ。でもなぁ、あの脳筋、足遅せぇんよ。地形から考えると谷側が逃走ルート確定として……。
作戦考える時が至福のひとときだな。上手くいくかはわからんが、ハマった時が最高だからな。スタートしたらそれどころじゃなくなるし、今ぐらい幸福を感じていてもいいだろう? さてさてどうするか。
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少し興奮している。やはりここへ来たのは間違いではなかった。団長の彼は只者ではなかったから。何が最弱の傭兵団だ。見事なカモフラージュ振りに舌を巻く。予想通りの作戦立案能力も、まだ関わっていないはずの戦況を把握していることも、彼の評価を一段上方修正する必要があった。こちらを試しているのを要所で感じた。
イライラしている後ろの二人が話していたら破談になっていたことだろう。王子に向かって何事だとキレて、そこで商談も切れるだろう。自分で話に来て良かった。護衛としては最高の手札だけど、交渉ごとはまず無理そうだ。その辺の臣下も加えたいところだ。団長を誘ってみたがニヒルに笑われてスルーされてしまった。
我らが騎士団と王国軍は精鋭揃いだと自負している。しかし、それに頼りすぎて準備を怠るわけにはいかない。強くても無尽蔵ではないし、勝敗は兵家の常だ。負けることもある。それに今回は被害を最小限に抑えたい。戦はこれだけではないから。むしろ、あとに控えている方が本命だ。主力をぶつけるには早すぎる。
鹵獲作戦で実績のあるこの最弱の傭兵団こそ、今回のキーだ。勝利の扉を開けるには彼らが欠かせない。失敗するとは思えないが、その時の話をしっかり持ち出してくるあたり、彼の本気と誠実さを垣間見た。
頼んだよ。
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画して鹵獲作戦は決行された。
前代未聞の鹵獲術。敵側は物資の半数を奪われ、四分の一を焼かれた。残った食糧には検出しにくい麻痺毒や下剤などありとあらゆる毒素が撒かれる。
空前絶後の大被害。死傷者ゼロの大敗北。撤退を余儀なくされた帝国軍は這う這うの体で逃走した。王国軍のほとんどは、状況を理解出来ずに勝利に困惑していた。何故帝国軍が逃げたのか。同士討ちなどの混乱が生じたという噂が広がった。あまりのスマートな勝利に上層部も唖然とするほかなかった。王子の暗躍に戦慄する。彼の地位は盤石なものになりつつある。日和見の貴族達は誰につくのが良いかをもはや疑うことはないだろう。
後年、歴史学者と考古学者の研究チームによる合同発掘調査の結果、驚愕の事実が幾つも発見される。
歴史建造物に指定される数年ほど前、王城の地下図書室が研究チームに公開された。新たな歴史のページを刻むべく歴史学者たちは禁書庫へ突入を果たす。謎だった王家の秘密が湯水のように溢れ出てきたのだ。近年の歴史の教科書には謎だった部分が解明され、事実として記されるようになるだろう。研究チームの発表によって明るみに出る事実は出版業界を大いに忙しくさせている。一般公開されるにはまだまだ時間がかかるだろう。
研究チームが今注目している発掘場所は王国帝国戦争の前哨戦とされている国境付近だ。王家の書庫から出てきた手記によれば、帝国の謎の撤退が始まったのは今発掘しているちょうどこのあたり。帝国の鎧や武器、竈の跡が幾つか出土した。研究チームは手記に見られる帝国側の補給線を徹底的に調査している。手記はただ一言、「鹵獲は成功した」と記されているのみ。
この鹵獲によって帝国が撤退を余儀なくされたことは、近年の戦争学では当たり前に受け入れられる内容だが、当時の人々は鹵獲の価値に気づいていたのだろうか。
書庫から出てきた当時の王国地図によると、帝国側の補給線には高所が選ばれているのだが、現代の地図と照らし合わせれば、地形が変わっていることが見て取れる。谷が現代地図から消えていた。
大規模な発掘隊が編成され、王国地図を再現するべく谷を掘る。出てくる出土品に困惑を隠せない。千体に及ぶリアルな王国兵士の兵馬俑が均等に配置されていたのだ。恐らく焼けたであろう土があるあたり、糧食の一部は焼かれたと推測される。
史上最強の王、賢王と称される王の時代。鹵獲は一般的だったのだろうか。当時、王子として戦場を駆け回った若き日の賢王は、この前哨戦で地位を確固としたという見解で意見の一致を見ている。これから次々に新たな事実が発掘されていくことだろう。
この研究チームが最弱の傭兵団によってもたらされた大勝利の真相にたどり着くことはできるのだろうか。未だに続いている団長のカモフラージュ能力は時を幾つも超えていくのかもしれない。
お読み頂いてありがとうございました。




