3.愁の正体
――目を覚ますと、自室の天井が目に入った。
傍らには心配そうな顔をした愁兄ちゃんがいた。
「愁兄ちゃん……」
「大丈夫か?」
私は横になったまま、彼に語りかけた。
「ねぇ、愁兄ちゃん。私、変な夢を見たの」
「変な夢?」
「うん……。そうだ! あれは夢。夢に決まってる! ねぇ、そうでしょう? 愁兄ちゃんがおばあちゃんを食べるなんて! そう、何もかも夢よ! おばあちゃんが亡くなったのだって、きっと悪い夢に決まってる!」
彼が私の手を握って言った。
「愛莉、落ち着いて聞いてほしい。すまない、今まで隠していて」
「えっ? 何で謝るの?」
彼は何かに耐えるようにして、真剣な眼差しで私を見ていた。
「愛莉、さっき見たのは夢じゃない。全て現実だ」
「嘘……」
「俺は普通の人間じゃない。人間を食べなければ生きてはいけない鬼の血が流れているんだ……」
私は思わず上半身を起き上がらせた。
「何を言っているの? 嘘だ! そんな話聞きたくない。これも夢……だよね?」
「お願いだ! 聞いてくれ! 俺は愛莉が好きだ。ずっと一緒にいたい。だから、俺のことを知ってほしい」
彼が私の両肩を掴んで懇願した。
私は信じることが出来なくて、思わず彼を睨んだ。
「そんなこと言って、私のことも食べるんでしょう? 食べないと生きていけないんでしょう?」
「愛莉を食べたりしない! 俺だって食べなくても生きていけるなら食べたくなんかないんだ!」
彼の必死な様子に、どうやら嘘ではないのだと、恐ろしく絶望的な気持ちになった。
「ねぇ、愁兄ちゃんどういうこと? 従兄妹だって言うのも嘘なの? 本当のことを教えて!……待って! やっぱり私、怖い。聞いてしまったら愁兄ちゃんが遠くへ行ってしまう気がするの。いっそこのまま何も聞かずに、兄と妹として一緒に暮らそう? ねっ、そうしよう?」
私は彼にしがみついた。
「愛莉、それは出来ないよ。お互いにつらいだけだ。……だが、従兄妹だというのは本当だ」
彼は、「はぁ。」と息を吐くと、しがみついていた私の背をポンポンとあやすように軽く叩いた。そして、「ちょっと待っていてくれ」と言って、私をそっと離し、部屋から出て行った。
すぐに戻ってきた彼は、手に持っていたものを私に差し出した。
「死ぬ前に、ばあちゃんから預かった手紙だ。取り敢えず、これを読んでくれ」
呆然として受け取る事が出来ずにいた私に、「いきなりで混乱するよな……。それに、あんなところを見てしまったんだ。仕方ないよな……。落ち着いたら話を聞いて欲しい。……俺は、ばあちゃんの所にいるよ」と言って手紙を握らせ、部屋から去って行った。
私は彼の言動に理解が追いつかず、身動きすることが出来ないまま、彼の姿を見送った。
どれくらいそうしていたのか、握っていたはずの手紙が手から抜け落ちて我に返った。
頭の中は未だぐちゃぐちゃだったが、それを拾い、封筒から便箋を出して開いた。
「愛莉へ
出来ればこの手紙を読まなくて済めばと思い、愁に託したのだけれども、愛莉にはつらい現実を背負わせてしまって、申し訳なく思っています。幼いころに両親を亡くしたお前に、これ以上つらい思いをしてほしくはなかったのだけれども、そうもいかないものですね。けれど、愛莉、愁の身の上はお前よりもずっと過酷なものです。どうして私の孫ばかりがこのような目に合わなければならないのか。神様はなんて薄情なんだろう。せめて愛莉が成人するまで一緒にいてやりたかったのに、残念でなりません。
愛莉、どうか愁の話を聞いてあげて。そして受け入れてあげて欲しい。二人共、もうお互いしか家族はいないのです。どうか仲良く助けあって生きて下さい。
お前たち二人の幸せだけが私の願いです。
弱い私を許して下さい。
清子より」
「おばあちゃん……」
私は涙を拭い、仏間へと向かった。
「愁兄ちゃん」
襖を開け、声を掛けると、虚ろな目をした彼が振り向いて私の方を見た。
「……愛莉」
「愁兄ちゃん、教えて。どういうことなの?」
彼は視線を祖母の方へ戻し、覚悟を決めたように前方を睨み、頷いてから話し出した。
「信じられないだろうけど、俺の父親の一族は、人を食べなければ生きてはいけない、普通の人間からは鬼と呼ばれるような存在だったそうだ。だが、父は母が亡くなってから、生きる目的を失ったかのように人を食べるのを止めた。そして、数年後に栄養失調で亡くなった……」
「そんな……」
「俺は普通の人間の血の方を多めに引いているからか、ずっと食べなくても平気だった。だが、十五歳のある日、急に飢餓感に襲われて……」
つらそうに顔を歪めた彼を見ていられなくて、私は思わず彼を抱きしめた。
「愛莉……」
彼は少し身動ぎしたが、そのまま話し続けた。
「父が亡くなって身寄りの無かった俺は、しばらくは施設にいたんだ。でも、数カ月後に父の叔父だという人が引き取りに来た。俺はその人に連れられて、餓鬼の郷というところに行った。そこで初めて父の一族のことを知ったんだ」
お読み下さり、有難うございます。
次は、愁の過去話です。
視点も愁視点に変わります。