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第十七章 その3 続々発掘新商品!

「ふう、一仕事したなぁ」


 全員で挑んだジャガイモとハッカの植え付けは意外とすぐに終わり、畑の脇に俺たちは座り込む。


「お疲れ様、はいどうぞ」


 そう言ってチニタとお母さんが木をくりぬいて作った杯に入れたお茶を配ってくれた。


 お茶と言っても茶葉から作ったものではなく、自生する薬草類を配合して作ったイソリオリジナルブレンドだ。草のにおいがやや強いものの、ほのかな甘みがあって疲れた体にもすっと沁み込む。


「3ヶ月ほどして茎と葉っぱが黄色くなったら収穫できるよ」


「本当に上手くいけばいいんだがなぁ」


 カゲさんが訝しげに返すその時だった。


「サブさん、こちらも収穫ありましたよ!」


 コタンに姿を見せたのは川辺屋の棟弥さんだった。俺とは別行動で商品になりそうなものを探していたのだが、彼も何かめぼしいものを見つけたらしい。


「アイヌの人が料理に使っているのを見まして、使えないかと」


 持ってきたのは巨大な何かの塊だった。白くてごつごつつした握り拳程度の大きさの物体を、両手で抱える籠一杯に持っている。


 見慣れぬその外見に俺は「何だコレ?」と目を細めてしまったが、すぐに横から覗き込んだイソリが説明してくれた。


「イマキパラ(エゾスカシユリ)の根ですね。そのままでも団子にしても美味しいですよ」


「ああ、ユリ根のことか」


 どうやら茶碗蒸しに入っているイメージが強いユリ根の一種らしい。普段から頻繁に食べる食材ではないので、パッと見ではよくわからなかった。


「ええ、ユリ根は収穫までに5年以上かかるので高値で取引されています。ですが蝦夷では探せばそこら中にユリが生えていますし、うまく畑に植えれば栽培も可能です」


 ユリと言えばその美しい外見から園芸植物として人気もあるが、江戸時代では専ら食用と薬用に使われていた。日本の野山ではヤマユリがそこら中に自生しており、取り立てて珍しく扱われることは無かったのだ。


 しかしシーボルトはじめ西洋人は日本で独自の進化を遂げたユリの美しさとバリエーションに驚嘆し、こぞって祖国に持ち帰ったという。やがてヨーロッパでは日本産のユリが大人気となり、一時期日本の輸出品目ではユリの球根が絹に次いで第二位まで上りつめていた。


 ちなみに現代でもユリ根の生産量は北海道だけで全国の9割を賄っているそうだ。


「ほう、いい所に目を付けたじゃないか!」


 俺とイソリを押しのけ、目を輝かせたカゲさんが割り込む。


 初対面の棟弥さんは目を点にしたまま「こちらの方は?」と尋ね、俺はすかさず「出羽の農学者の佐藤信景さんです」と補足した。


 だがカゲさんはそんなことも気にせず、得意げに話すのだった。


「ユリ根の栽培方法はつい最近確立したんだが、安心しな、持ってきた本に書いてあったぞ」


 どうやら得意分野となれば態度も大きくなるタイプらしい。さすがは多種多様な人と接してきた棟弥さん、「それは大変心強い」とおだてるとカゲさんはますます饒舌になった。


「へへ、大船に乗ったつもりで安心しなって。でも確か植え替えの季節はまだまだ先だし、ユリ根は一度乾燥すると発芽が悪くなる。当分はユリ根を植えるための新しい畑を作った方がいいな」


 そうまくしたてるカゲさんの顔はどことなく嬉しそうだった。新しい作物を前に、失っていた自信を徐々に取り戻しつつあるようだ。




 早速カゲさん指導の下、新しい畑を開墾するため近くの荒れ地の土を掘り返しに手代たち数名が召集された。秋にはユリの植え替えができるよう下準備を整えておくようだ。


 本当にこれでアイヌの人々の食料事情が好転すればよいのだが。


 俺と棟弥さんはイソリ家に上がり込んで夕食作りのお手伝いをしていた。今日もここにお世話になるのだが、手代と俺たち12人の食事までお母さんに負担させるのは気が引ける。


 持ってきた食料品も提供し、家の中はまるで宴の準備のような慌ただしさだった。


「収穫が楽しみね」


「うん、焼いたジャガイモは美味しいから、楽しみにね」


 期待に胸膨らませ米を研ぐチニタに、俺は汲んできた水を運びながら微笑み返す。


 だが農作物は収穫時期も限られ、不作なら商品にならないのでそれだけでは弱い。他にも商品になりそうな物、それこそ工芸品があれば強いのだが。


 俺は部屋をぐるりと見て回す。


 この家はアイヌの中でも比較的裕福な方で、和人からもらった家具や食器が置かれている。いずれも丁寧な仕事が施されており、それに比べて単に木をくりぬいただけのようなアイヌの日用品はあまりにも素朴すぎる。これでは敵わない。


 アイヌ独自の希少性を前面に、かつ使用に耐えうる頑丈さを持った品が欲しいところだ。


「そうだ、お兄様。破れた服を直しておいたわ」


 チニタがふと思い出したように言うと、棟弥さんといっしょに薬用の葉を細かくちぎっていたイソリは「ありがとうチニタ、いつも助かるよ」と妹に礼を述べた。


「チニタちゃんは裁縫が得意なんだね」


「ええ、妹はこう見えて手先は器用で、アットゥシも自分で織れるのですよ」


 イソリが笑いながら言うのでチニタはすかさず「手先()、てどういう意味よ?」と頬を膨らませる。


 が、ここで俺は水の入った瓶を持ったまま立ち止まった。


「そういえばアットゥシて前にも少し聞きましたね。たしか木の皮で作る布のことでしたっけ?」


「ええ、ニレの木の皮を剥いで、そこから繊維を取り出して紡いだ糸を使うのよ」


 答えたのはチニタだった。さらにイソリも「水に強く、男が引っ張っても滅多にちぎれないほど頑丈です」と付け足す。


 聞いた限りではかなり使いやすいもののようだ。もしかしたら和人にもその良さが理解されるかもしれない。


「チニタちゃん、そのアットゥシ、ちょっと見せてよ!」


 強く頼み込む俺に、チニタは目を丸くして「へ、いいけど?」と答えた。


 夕食の準備を一時中断し、木の箱にしまっていた衣類を取り出す。


 祭礼の時に使う文様入りの民族衣装だった。艶も無くゴワゴワと硬そうな見た目だが、実際に羽織ってみると思った以上に柔らかく動きやすい。


「ふんふん、軽いし、通気性も良いね」


 麻や木綿ともまた違う。今までなじみの無かったこんな織物がこの日本にあったことに俺は驚いた。


「反物として大きさを統一すれば買い手も見つかるでしょう。お触れによって服装も制限されていますが、麻と同程度の値を設ければ町人にも売れます」


 俺の着ている服の袖をじっと凝視して品定めをしていた棟弥さんも、にこりと表情を緩める。彼もアットゥシを流通に乗せることに異論は無いようだ。


 江戸時代、武士も庶民もぜいたく品を持つことは度々制限されたが、農民に比べ町人に関しては比較的その規制は緩やかだった。例えば農民は木綿か麻しか認められていなかったが、町人は絹以下なら何でも着用可能だった。金持の商人ならばそこらの武士よりもはるかに豪華な身なりをしていたこともあった。


「チニタちゃん、これすごいよ。和人にだって欲しがる人はいるはずだ」


「本当?」


 少女の顔がより一層明るくなる。


「本当だとも。ねえ、他にも見せてよ」


「わかったわ、たくさんあるからね」


 衣服以外にも巾着のような小物や、日用使いの縄など。そのどれもが丹精込めて作られており、本土には無い独特の風合いを持っていた。


「どれもこれも良い品だ。よし、俺たちは日牟禮会はこの品を買うよ!」


「本当に!? やったあ!」


 喜ぶチニタに、イソリは優しくその頭を撫でた。


 だがチニタが普段作るのは家庭内で使う程度だ。売り出すとなればある程度量をそろえねばならない。それにアイヌ独自の文様はさすがに使用に抵抗を感じるだろうし、まずは無地の織物を売って和人の反応を試す必要もある。


 その事情も説明すると、次に立ち上がったのはイソリだった。


「そういうことなら作り手の女たちに声をかけましょう。人手がもっとほしいなら他の(コタン)からも集めます」


 思い付きで始めたアイヌの生活向上だが、思ったよりも順調に進みそうだ。

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