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第三章 その6 白石屋明日への一歩

「わ、わかった、全部話すよ! お、俺は水運商に頼まれて偽の情報を広めたんだ!」


 物が無くなりがらんとした白石屋の蔵の中に連れ込まれた惣介は、今にも泣き出しそうな必死の形相だった。


 俺と宗仁さん、それに白石屋の店主が彼を取り囲む。全員が沸々と湧き上がる殴りかかりたい衝動を堪えていただろう。


「ほら、俺ってずっと絵師になりたくてずっと頑張っているのに、全然芽が出なくてさ。瓦版だって大した金にならないし。金ちらつかされて、つい魔が差しちまったんだ! 悪いことしたと思っている、だから勘弁してくれ!」


「勘弁してくれ、じゃないよ! この店潰れていたかもしれないんだよ!」


 俺の怒号に惣介はひっと小さくなる。


 山賊の助力で鈴鹿山脈中の裏道を教えてもらい、予定よりも早く白石屋に帰った俺たちは早速店主に事の次第を報告した。


 その後いつも通り顔を出した惣介をここまで引っ張り込んで問いただし、今に至る。


 なお湖春ちゃんと丁稚の吉松はお使いを頼んで店にいない。子どもにはショックすぎるからという判断だ。当然惣介の関与も知らない。


「水運商に川辺屋が手を回していたなんて。奉行所に届けましょうか?」


 俺は惣介から目を背けるように振り返る。だが店主は首を横に振った。


「いや栄三郎さん、それは得策とは言えません。山賊が教えてくれたと端緒が明らかになれば、それこそこの店が山賊とつながりがあると疑われて不利になりますし評判も落ちます」


「そうそう、それに川辺屋は役人ともつながっているはずさ。訴えても知らぬ存ぜぬを貫かれるだけだぜ」


 調子良く付け足す惣介。それを俺はギロリと睨みつけた。


「どうしましょう?」


「とりあえず積み荷が無事と聞いて安心しました。惣介、積み荷のある場所を教えてくれ」


「お、俺は分かりませんよ。ですが水運商に訊けばわかるかも」


「そうか……よし、じゃあ押し掛けましょう!」


 店主の声に俺と宗仁さんは「はい!」と声を合わせた。


 その後水運商の家を俺たちが訪ねると、半泣きの惣介を見るなり出迎えた店主は顔を真っ青にした。


 すべてを悟った水運商の店主は平謝りし、手つかずの状態で蔵に隠していた白石屋の積み荷を返却した上でさらに賠償金も払うと申し出た。


 しかし白石屋の店主は荷物は受け取るが賠償金については断った。奉行所に届け出たところで川辺屋の関与はもみ消されるだろうし、誰にとっても得にならないからだ。


 だが今後一切の契約を結ばないこと、さらに店への出入りを固く禁じることを水運商と、山賊と白石屋が関係を持っていたと流布すれば本当に山賊を呼ぶことを惣介に念押しし、白石屋には800両近くの価値に昇る積み荷が戻ってきたのだった。


「みなさん、このことは私ら3人だけの秘密ということにしてくれませんか?」


 帰り道、反物など高級品で満載の荷車を引く俺たちに店主がぼそっと話しかけた。


「今、川辺屋はこの町の実質的な支配者です。彼らに表立って楯突くのは賢明ではありません。私たちは水運商の不正に騙され、川辺屋の関与は知らない。当面はこの姿勢を貫けませんか?」


 それも尤もだな。今俺たちがあがいても、川辺屋に敵うとは思えない。


 いっそのこと沈没騒動の裏に川辺屋がいると俺たちが気付いていないだろうと川辺屋が高を括っている内に、色々と準備をしておく方が賢い。


 俺と宗仁さんは顔を合わせると互いに頷き、「わかりました」と答えたのだった。




「あなたやったじゃない!」


 どこから持ってきたのか比売神様がクラッカーをぱぁんと引いて俺を祝福するので、俺はなんだか力が抜けてしまった。


 白石屋に帰るなり湖春ちゃんの日課の日牟禮八幡宮参りに付き合ったわけだが、そこで俺は女神からの賛辞を受けていた。


「これでとりあえず史実通りのルートは回避できそうね。でも川辺屋はまだまだあの手この手で白石屋を潰しにかかって来るわ、覚悟していなさい」


 女神様、ちょっと楽しんでませんか?


 俺が動いたおかげであの悲劇は避けられたようで、それは素直に嬉しいし、安心した。


 だがひとつだけ不満がある。俺はため息交じりでぼやいた。


「でも積み荷が見つかったんじゃあすぐに借金も返済できますよね。せっかく苦労してもぐさを売り歩いたのに、肩透かし喰らった気分です」


「いいえ、あなたの働きは決して無駄ではないわ、ほら」


 女神様が手をかざすと、空間の一部がテレビのモニターのように別の景色を映し出す。


 八幡の町の中、井戸端の人々がひそひそと噂話に興じていた。


「この前の沈没事故、川辺屋が後ろで糸を引いていたらしいわね」


「聞いたよ、惣介も一枚かんでいたそうじゃないか。突然いなくなったと思ったらあの野郎そんなことを」


 あらまぁ。


 女神はくすくすと笑いながら話した。


「いくら秘密にしたところで噂というのはどこからか漏れ出るものよ。川辺屋はこの件で相当ダメージを受けたわ。それから未来について話すのは良くないのだけれど、明日の朝、店で良いことがあるわ。心して待っていなさい」


「良いこと……ですか?」


 女神様は無言で頷いた。


 途端、空間が歪み、気が付けば夕日の中またも湖春ちゃんが立ち尽くす俺の顔を心配そうにのぞき込んでいたのだった。




 翌朝、取り返した積み荷を再び若狭のお得意様に届けるために店主は外出しており、店には俺と湖春ちゃんと丁稚の吉松だけが残っていた。


「女神様の言ってた良いことって何だろう?」


 店主が帰って来るまでのしばらくの間、俺は店番を任されていた。


 ぶつぶつと呟きながら店先を竹ぼうきで掃いていたその時だった。


「すみません」


 大きな荷物を担ぎ、頭に深い笠をかぶった小柄な男が声をかけてきたのだ。


「私、江戸の商人で京に向かうところだったのですがね、鈴鹿峠の旅籠で据えられたやいとが驚くくらいによく効いて。聞けばこの白石屋さんが扱っているそうではありませんか。お金に糸目は付けませんので、是非とももぐさを譲っていただけませんかね?」


 まさか良いことって。俺の顔も緩む。


 俺が苦労して歩いたのは無駄ではなかった、白石屋の次への一歩をしっかりと後押しで来ていたのだ。


「ええ、是非とも! 長旅で大変でしたでしょう、どうぞお上がりください」

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