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第三章 その5 若葉と権六

 俺たちは真っ白の頭をさらに金槌で殴られた気分だった。


 え、あの番頭の権六? その妹だって?


「驚いて言葉も出ないって感じだね。いつぞやはうちの兄が迷惑かけたね」


「ほ、本当にあの権六さんの妹なの?」


 パニックの頭をなんとかクールダウンさせながら、俺はしどろもどろ尋ねる。


「疑い深い人だねぇ」


 幼い少女は苦笑いとため息で呆れ顔を見せると、得意げに話し始めた。


「うちの兄権六が白石屋に奉公に出たのは10歳の時、18で手代になって2年前、24という若さで番頭まで上り詰めた。しかし琵琶湖で商品を積んだ船が沈み白石屋が困窮する際、突如として店を出た、そうでないかい?」


 前半は知らないが、後半は目の前で起きた事実だ。


 てか意外と若かったんだな、もう30超えているかと思ってた。


 妹かどうかは今一つ疑問は残るが、よく知る関係者であることは確かだろう。


「そうだけど、どうしてそのことを?」


 俺は大きく身を乗り出した。


 だがすかさず隣の宗仁さんが手を伸ばし、俺を遮る。


「……部屋の外にいる。2人ほど」


 俺はぞっとした。仮に俺たちがこの娘につかみかかろうものなら、すぐさま屈強な部下に斬り殺されるだろう。


 山賊というのはここらではある種の任侠としての役割を果たしているようだ。町の影の支配者と言ったところか。


 そんな怯える俺を見て楽しむように、山賊の少女若葉は笑っている。


 だがその顔もすぐに憂いを帯び、親にしかりつけられる直前の年相応の子供のように変容した。


「白石屋には長いこと世話になっているのに、うちの兄が迷惑をかけたよ。それについてはあたいからも謝るよ」


「待って、権六さんが店を出たことを、どうして知っているの? それに……権六さんはどこに行ったのかも気になる」


 俺は震えながらも訊いた。


「兄はいつもあたいにお手紙を送っていたんだ。表にならないよう、こっそりとね。それが川辺屋とかいう店にバレてしまったみたいでさ。身内に山賊がいるなんて表沙汰にされたら役人に捕まるのは明らかだろ? それに白石屋の評判も悪くなる。それを材料に兄さんは川辺屋の言いなりになっちまったのさ。今は堺の支店に飛ばされちまったらしい」


「なんて悪どい……そのことはどうやって知ったの?」


「兄貴は普段はあたいらと内通している町人を介して手紙を送ってくるんだけど、それ以外にも何人か仲間はいる。もしものときの連絡網はあたいらも備えているんだよ」


 聞けば聞くほど腹が立ってくる。あの肥満親父、ニコニコ愛想振るまいながら腹の内は真っ黒だな。


 それに番頭の権六。八方塞がりとはいえ、もう少し何とかならなかったのか?


 震える俺を宗仁さんが小突いて諌める。


 だがひとつ、これだけはどうしても聞いておきたかった。


「どうして俺たちにそのことを?」


 若葉は流し目で答えた。


「長いこと兄がお世話になったからさ。貧しい村の出身で、読み書きを習う機会すら無かった兄が番頭にまで登り詰められたのも白石屋のおかげだよ。あたいらは裏家業の人間だから直接白石屋に連絡を送ることはできない。あんたたちが偶然通り掛かって、事実を知らせるにはこの時しかないって思ったのさ」


「そうか……ありがとう」


 もし彼女らから動いたら白石屋が山賊とつながっていると思われる可能性がはね上がる。


 偶然通りかかったところでこうやって密かに伝えるのが最も安全なのだ。


 さらに彼女は続けて話す。


「それから安心しな、積み荷は無事だよ。川辺屋が水運商と結託して偽装しているらしい。どこかに隠しているはずさ」


「ど、どこに?」


 びっくらこいて俺は手をつきながら若葉に近寄った。


 慌てて宗仁さんが俺の服をつかんで引き戻す。


「それはさすがにわからない。でもよく思い返してごらんよ、沈没の話を聞くまでに、怪しい動きをしている人はいなかったかい? そこから逆に辿れば糸口が見つかるはずさ」


 意外と可愛らしく笑う若葉。


「怪しい動き……あ!」


 一連の沈没騒動を思い出す。よく考えていれば情報があまりに不十分なこの事件、なぜ彼はいち早く知り得たのだろう。


「瓦版売りの惣介さん……沈没の第一報を伝えたのは彼だ!」

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