ゆびきり (ショートショート61)
松造は若くして極道の道に入った。
以来、生死の修羅場を何度もくぐる人生で、いっときも気の休まることはなかった。
それが五年ほど前。
五十を超して、それまでにない安らかな日常が訪れた。所帯を持ったことを転機にカタギとなり、妻と二人で小さいながらも食堂を開いたのだ。
今では五歳になる娘ミツがいる。
ミツは歳をとって生まれたこともあり、松造のかわいがりようはひとかたならぬものであった。
しかし……。
平穏な日々は長くは続かなかった。
不治の病魔が松造の体をむしばんでいたのである。
死を迎えた日。
病床に伏せた松造は、すでに意識がもうろうとしていた。
枕元には妻とミツが寄り添っている。
「ミツ、次に生まれるときも、父ちゃんの子になって生まれてくれるか?」
松造はミツに左手をのばした。
「うん。ウチ、また父ちゃんの子になる」
ミツが松造の手をとる。それを見て、妻はハラハラと涙をこぼした。
「じゃあ、約束だ。父ちゃんとゆびきりしよう」
「うん」
松造の小指に、自分の小指をからませようとしたミツだったが……おずおず手をひっこめた。
「父ちゃん、ゆびきりできないよ」
「こんな父ちゃんじゃ、やっぱりイヤなんだな」
松造は淋しそうな笑いを浮かべた。
「ううん。父ちゃんのお手て、だって小指がないんだもん」
ミツの声が、うすらぐ意識の中で聞こえる。
――そうか……。左手の小指は、組を抜けるとき親分に……。
松造はそのことを思い出し、最後の力をふりしぼって右手をのばした。
「父ちゃん、こっちのお手ても」
とまどうミツの声がする。
――そうだったんだ。たしか右手の小指は、ハタチのころにドジをふんで……。
松造の顔がガクッと横にくずれた。
ミツとのゆびきりが叶わぬまま……。