扉の気配
(天空都市群グングニル中央島北東地区:第二円形闘技場)
「よし! 行くわよ、アニマ―ジュ!!!」
キーロの元気のいい号令が、早朝五時の第二闘技場に響く。
今日から試合まで、人型での鍛錬はせず、竜型での訓練に専念するという。
その理由は、これから教えてくれるというのだが……。
「あるべき鏡の巨躯よ、我が真の姿となれ!!」
詠唱を終えると、闘技場には白銀の凍結飛竜が存在している。
その巨大な姿で、俺はキーロに顔を近付けた。
巨大なワイバーンの頭部が、小さな苦学生に肉薄する。
鼻息だけで、キーロはよろけてしまいそうだ。
「もう。鼻孔が近いわ。もう少し、はなれて」
苦言を言われてしまった。
「……俺の鼻息が荒いってのかよ?」
「そうじゃないわ。ただ、人間には、その大きさが受け止めきれないだけよ」
「ふーん。ま、確かに。俺でも五階建てのビルくらいはあるからな」
「自覚してるなら、初めからやってよね。全く、要領の悪いグラディエーターなんだから」
こういうやり取りも、いつも通りだ。
でも、今はギラドア戦に向けて、一分でも多く練習時間が欲しい。
怪我の状態もあるので、無理はできないが、主治医がドクターストップをかけないうちは、ひたすら鍛錬あるのみである。
「それで? どうするんだ、今日の練習?」
キーロは、聞かれてもすぐには答えなかった。
変だな。
こんなことは、これまで一度もなかったんじゃないか?
キーロは、いつもはっきりものをいう性格だ。
特に、天空獣医学の領域や、トレーニングメニューに関する事項では、それが際立つ。
「……おい、キーロ?」
「……ねぇ、ザザ。覚えてる? あの日のこと?」
静かに、キーロはそう告げる。
そして、迅速に呪文を唱え、両眼を妖しく光らせた。
可視化天空術『サーチ』だ。
「あの日のこと?」
「そう。あの襲撃者が、私達を襲った日のこと」
俺は、記憶を呼び起こした。
鮮烈な想い出だった上に、最近の出来事なので、思い出すのは難しくない。
あの黒い襲撃者が、キーロに手をかけそうになった瞬間。
俺の中で、何かの感覚が、目覚めたのである。
「……あれのことか、キーロ?」
彼女は、一度だけ深く頷く。
「うん。そうよ。あの感覚を、あなたの新しい武器にするの。そうすれば……たとえ七帝相手であっても、勝算があるわ」
「勝算、ね」
俺は、あのとき感じた可能性を、思い出す。
これまでとは別次元の力だった。
だが、自分の意のままに、操れた訳ではない。
寧ろ、内部に眠るそれが、俺の極限まで達した激情で、ただその片鱗をみせただけだ。
「……でも、どうする? 襲撃者の件以来、俺はあの感覚を一度も感じてないんだ。もう一度やろうっていったって、どうあの力を呼び起こせばいいかも、わからないんだぞ?」
「それは、その通りよ。でも、一度できたことだもの。二度目も、きっとあるわ。それに、もう一度奇跡を起こすのは、ただのアニマ―ガスじゃない。元とはいえ、七帝のあなたよ。それに、私は賭けてみたいの」
『サーチ』で、俺の細部を診ながら、キーロが言う。
「……なあ、キーロ。一つ、聞いていいか?」
「……なに、ザザ?」
「さっきから、ずっと俺を診てるよな? 何か、引っ掛かることでも? まさか、怪我が悪化したとか……?」
あの妖しく光る両目に見つめられ続けるのは、どうも落ち着かない。
それに、今日のキーロは、ずいぶん無口だし。
何か、良くないことがあったのかと、邪推してしまう。
だが、俺の主治医は首を横に振った。
「……ううん。怪我の経過は、順調よ。あれだけの試合をこなして、けっこう練習してるのに、順調過ぎるくらいだわ。やっぱり、飛竜の身体は頑丈ね。ただ……」
「ただ?」
「なんだか、今まで診てきたあなたが、失われて言っている気がするの」
「なんだよ、それは? まるで死ぬみたいじゃんか」
「かもしれないわ」
「おい」
ふーっ。と、キーロは息を吐き出す。
「嘘よ。でも、これまでとは違う方向に、あなたの変身後の姿が、変化しているような気がするの。それが何かは、私にも、まだ、分からないわ……」
「もしかして、いわゆる『成長期』のことか? でも、飛竜は死ぬまでそうだぜ? 特に、珍しくはないと思うが……」
キーロは、俺の言葉に、ゆっくりと頭を横に振る。
「うーん。違うのよね。そういうのとは。何というか、本当に……。ザザ、あなた、もしかして、エイリアンなの?」
「知るかよ。違うだろ」
「ま、そうよね。この問題は、また時期が来たときに、再考しましょう。さて、じゃあとりあえず、アップ行くわよ!! 人型訓練が無いから、念入りに行くわよ!! みっちりとね!!」
「扉はどうする?」
「午後の部で、それを刺激するメニューを用意してあるわ」
「つまり、午前はひたすら基礎練というわけか」
「そういうこと。分かってるなら、早く!!」
どうやら、扉の問題は、一旦午後までお預けらしい。
俺は、先達ては、目の前の基礎練をこなすことにした。
それにしても。
何なのだろう。
あの力は?
(続く)




