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退去

(天空都市群グングニル・中央島セントラル街タワーマンション最上階:ドアの前)


 時刻はPM14:30。


 部屋の引き渡しと財産の売値査定にかなり時間と手間がかかっちまった。


 買取業者の奴ら、一つ一つ安く買いたたけるものがないか、入念に調査していやがったし、これだけ時間がかかるのも無理はない。


 部屋と家財道具、愛車はそれなりの値段で売れたが、それらはすべて来年の確定申告にとっておかねばならない。


 (※稼ぎが入ればいくらかは税金として納めねばならない。天空都市は累進課税制度だから、高額所得者になればなるほど納めるべき税金の額も跳ね上がる。俺の場合は年収の約半分。今年の現在までの稼ぎは約七億ミスリルだったから、その半分の三億五千万ミスリルが、来年三月に収めなきゃいけない金額だ。三億五千万ミスリル。はあ……)



 来年の三月に払わなければならない税金だけで、軽く天空都市の生涯賃金の半分以上だ。



 こんなことになるなら、年末のチャンピオンゲームの優勝賞金十億ミスリルなんて当てにしないで、こつこつためておくんだった。


 現役のときは、まだまだ若いと思って、保険にも入っていなかったし、貯金など持っての他だった。


 宵越しの金を持たないのが、クールな事だと勘違いしていた。


 あの時の俺自身をぶん殴ってやりたい。


 だが、もう嘆いても取り返しのつかないことも、また事実だ。



 さっき帰っていった税理士にも嫌みを言われた。



 ――「それだけ貯金がないということは、別の稼ぎ口をもう見つけてらっしゃるのでしょう?」



 けっ。見つけてるわけがない。いかにも堅実そうな税理士だったから、きっと俺の生き方が嫌いだったのだろう。



 もしかしたら、現役時代の俺のアンチファンかもしれない。俺にはアンチが多かったからな。でも、そいつらを結果で黙らせるのが、快感だった。それももう、二度と味わえないんだろう。


 

 ……暗い気持ちになっても仕方がない。


 昼飯を食べていないし、どこかに食べにいこう。


 どうせ、今まで住んでいたこのタワーマンション最上階とも、お別れなのだ。


 つい数十分前、あの部屋は、俺の所有物ではなくなった。


 このドアをくぐって、あの豪奢な部屋に入ることも、二度とないだろう。


 天空闘竜なしで、数億の稼ぎをやる手立てなんて、俺にはない。というか、できない。


 それだけ、天空闘竜という競技にかけた人生だったのだ。


 金で縁どられたエレベーターのボタンを押す。


ここに最初に入居してきたとき、エレベーターさえ装飾品のように美しかったのには感動した。そして、ここに長く住めるだけの、天空闘竜の選手であろうと決心した。


 だが、人生は残酷だ。


 あれから一年。正確には十一カ月で、俺はここを出て行くことになる。負け犬として。


 そもそも、普段はここのエレベーターなんて使わなかった。

 

 俺は空を飛べるアニマ―ガスだ。わざわざエレベーターを待つよりも、飛竜の姿に変身して飛んで降りた方がずっと早い。それに気楽だ。


 だが、最後にこのタワーマンションを出て行くとき、俺はエレベータのボタンを、愛おしそうに撫でてから押した。


 未練たらたらなのが、誰にでも分かる。


 女々しい自分に腹が立った。


 だが、エレベータを使わない選択はできない。


 怪我をしていることもあるが、それ以上に、一秒でもこの夢の住居に留まっていたかった。


 だって、二度と帰ってくることはない。


 永遠の別れだ。

 

 華やかな生活との決別を、未だに俺は受け止めきれていない。



 しかし、そんな感傷とは無関係に、エレベーターはやってくる。


 無機質に開く扉。異音一つなく、静かに開く。


 死刑台へのエレベーター。なんとなく、それにも似ている気がした。


 ためらうが、乗り込む他にない。


 スムーズな下降運動により、地上へ運ばれる


 幸い、途中で他の住人は乗ってこなかった。


 誰かと出くわしていたら、気まずかっただろう。


 エレベータが停止する。無音でドアが開き、俺はフロアへ出た。


 が、その瞬間、フラッシュが俺を照らす。


 マスコミだ。しかも大勢。最近では、一番多いかもしれない。


 

 タワーマンションの広いフロア一体、特に、俺が降りてきたエレベーターからフロアの出口までのところに、報道関係者が詰めかけている。



 フラッシュとかしましいリポート声に、露骨に顔をしかめる。


 ――しまった。どうやら待ち伏せされたようだ。


 

 ここ数日、嫌な予感はあった。だが、それが現実になったようだ。


 どのタイミングでこういった取材攻撃がくるのか危惧していたが、やはり住居を追われたもっとも惨め(と思われる)瞬間に、マスコミ連中は時期を絞っていたらしい。



 どうせ、どの記者やキャスターも、引退して悲嘆にくれてる俺の絵とコメントが欲しいに違いない。


 腹立たしいことだ。


 現役のときの扱いとは、雲泥の差である。



 さて、どうしたものか……。



 この危機を、どうやり過ごせばいい?


 

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