行間:週刊誌
(天空都市群グングニル・中央島北部沖合:最北島との中間空域 スカイリニア機内)
俺とキーロは、新天地に旅立つため、スカイリニアの機内にいた。
時刻は、丁度夕飯時である。
あと一時間もすれば、最北島につくだろう。
PM5:43発の最北島便に乗ったから、到着はおよそ二時間後のPM8:01である。
中央島と最北島は約1500キロ離れている。スカイリニアの時速は700キロ以上。
単純計算で、二時間で到着というわけだ。
今の時刻はPM6:45。そろそろお腹が空いてくる頃である。
「機内販売、来ないかしら。私、お腹すいちゃった」
二人掛けの座席通路側座るキーロが、その場で背伸びをする。
俺も、彼女に同意見だ。
「そうだな。確か一時間弱で回ってくるから、そろそろだろう」
最北島便の車内販売弁当は、キング・サーモンとイクラを使った親子丼だ。
肉ほどじゃないが、きっとカロリー豊富でうまいに違いない。
楽しみだ。楽しみだが、どうせ俺の夕飯は複合栄養素配合のプロテインだろう。
たぶん間違いない。キーロが中央島のマーケットで目を輝かせながら不味そうな配合食を買いこんでいた。あれが今後の俺の主食に違いない。
悲しいことだ。
まあ、自分で決めたことだ。親子丼くらい諦めてやるさ。はーあ。
そんなふうに考えを巡らせていると、車内販売がやってきた。
キーロの奴は、迷わず親子丼を頼む。
そして、俺に例の総合プロテインを押しつける。
畜生! 予想通りだ。
だが、糠喜びしなくなっただけ、俺も成長したんだろう。
そう思うことする。
親子丼を隣で食べる幸せそうなキーロを視界に入れたくないから、俺は何冊か週刊誌を買ってみた。
内容はどれも噂話や邪推ばかりだが、暇つぶしにはなる。
ちなみに、週刊誌を読むのは三か月ぶりだ。
自分の引退記事を、好んで読む奴はいない。
それに、結構ぼろくそに書かれてたろうし。
そんなもの、できることならわざわざ読みたくなかった。
だが、もう俺の引退騒動はほとぼりが冷めつつあるはずだ。
世間も他のことに興味があるはずだ。
天空闘竜や七帝についての情報もあるかもしれない。
久しぶりに、世間のことを勉強しよう。
一冊目の天空闘竜専門マガジンは、スーパーリーグの有望若手選手が表紙だった。
こんな選手いたっけ? 見覚えが無いな。
――なになに。『氷息帝が失意の怪我で姿を消してから、台頭した次世代の有望株』。
なるほど。見覚えがないわけである。
この選手は、俺が怪我で世間から消えていた十月のプロテストを受け、グラディエーターになった後、僅か一ヶ月足らずでスーパーリーグに昇格したようだ。
プロテストは偶数月の一日に行われるから、この若手有望株を俺が知らなくても無理はない。
ちなみに、尊敬する選手は俺でもクラウンなく、紅恋帝アウラの奴らしい。
けっ。可愛くない奴。
次の雑誌に行こう。
次は、きまぐれで買った女性週刊誌だ。
表紙は例の紅恋帝アウラだ。
紅恋帝はモデル体型で美男子である。女性ファンも多いんだろう。
だから、購読層が主に女性の雑誌でも、たびたび表紙になっている。ふん。優男め。
甘い視線をこちらに向けてくるアウラの表紙をめくって、何かめぼしい記事が無いか探す。
が、なにもなかった。
『女子におすすめの天空闘竜観戦法』とか、『女子がときめくグラディエーター五選』とか。
男の俺には興味ない記事だ。しかも、やっぱり一位がアウラだし。
料理コラムもまるで興味がない。これは後でキーロにやろう。
次だ。
不倫ネタなどをすっぱ抜くことで有名な、有力週刊誌。
俺がさっき買った雑誌の中でも、抜きん出て低俗で、下卑た週刊誌だ。
俺はこの週刊誌が大嫌いだ。
何度か当時付き合っていた女性との隠し撮りを掲載されたこともある。
何人前だっけ? 三人前くらいかな?
それで。あのときは、どうしたんだっけ?
思い出した。
記事を書いた記者を取材と呼びだして、時速数百キロで積乱雲の中を小一時間遊泳した気がする。
そうだ。そうしたんだった。
それ以来、俺の隠し撮りを無断で載せる記者と雑誌はなくなった。
報道関係者からの人望は、地に落ちたけれど……。
まあ、無断で私生活を暴露されて気持のいい奴はいない。俺もそうなのだ。
さて。肝心の中身に取り掛かろう。
表紙は、グラマーな水着の女性だ。誰だろう。分からない。
でも、結構タイプだな。
表紙をめくって、目次を見てみる。
不倫、ダブル不倫、泥沼離婚騒動。
ドロドロしたニュースしかない。
まあ、この週刊誌はいつもそうだ。
何か有益そうなニュースはないか。
一つのニュースが目にとまる。
タイトルはこうだ。
――『天空都市の歌姫F、イケメン七帝Aと熱愛!』
なになに、『突如神隠しのように引退してしまった元七帝Xと破局を迎えた歌姫F嬢の恋は、元彼と同じ職業である現七帝Aと、再び燃え上がった。記者はF嬢自身に突撃取材を試みたが、周りを固めるガードマンに阻まれてしまい……』
以下は、あまりにくだらないので省略する。
俺はF、A、X、三人ともの実名を知ってる。
Fは、天空都市一の歌姫フェリェ。怪我が原因で別れた元彼女だ。俺より二つ年上の十九歳。
Aは、勿論、あの紅恋帝アウラ。こいつも十九だ。フェリェと同い年。
そしてX。これは俺だ。ザザの綴りは、「Xaxa」だから頭文字もあってる。
俺は記事を読む前から、二人が付き合っていることに、うすうす感づいていた。
フェリェと俺は勢いで付き合ったけど、相性が最悪だったし、キスすらしてない。
何度かデートした程度だ。
彼女には、包容力のある男性があっていると、付き合っていた当時から思っていたから、アウラとできたのも、ある意味不思議ではない。美男美女同士、仲良くすればいいのだ。
記事では、フェリェが怪我をした俺を見捨ててアウラに乗り換えたと書いているが、これも事実じゃない。
寧ろ、当時自暴自棄なっていた俺から別れを切り出し、フェリェは出ていったのだ。
未練もないし、幸せになってくれてうれしい。
素直にそう思っている。
そう思っているが。
……よりもによってアウラか。
フェリェとくっついたことに関しては気にしちゃいない。
が、あいつと俺は永遠に対立する関係にあるようだ。
絶対、怪我を治してコテンパンにしてやらねば。
……それはそうと、この雑誌。やっぱりあるんだな。袋とじ。
なになに。さっきの表紙の美女のグラビアなのか。
気になるな。これは。
綺麗に開けて、見なくてはなるまい。
「……なにしてるの。スケベ」
いつのまにか親子丼を食べ終わったキーロが、俺を睨んでいた。
視線がかなり冷たい。
「うおっほん。情報収集だ」
「そうね。女性の裸体に、現役復帰できる重要な情報が、あるみたいね」
そう冷凍庫みたいに冷気を吐き出して、俺から雑誌を奪うキーロ。
「違うよ。となりのページを見てたんだ。『天空闘竜で違法賭博? 華やかな世界を穢す闇』。これを俺は読んでたのさ。いやあ、けしからんですなあ。神聖なスポオツで賭けごととは。初代カイザーの黄金帝も天国で悲しんでいるに違いないな。うむ。許せん」
「許せないのは、あなたの即物的な欲望と、それに歯止めをかけない倫理感よ」
「ぐぬ」
そう俺に止めを刺して、キーロは三冊の雑誌に目を通し始めた。
例の最後に読んだ週刊誌は、駅員が切符回収に来たとき、処分を願い出て渡してしまった。
ああ。俺のグラビアが。
俺はスカイ・リニアの天井を仰ぎ見た。
順調に中間空域を進む車両は、もうじき目的地に着こうとしている。
極寒で過疎のホームに、俺達二人はもうじき降り立つだろう。
だが。
そこで。
――予想だにしない奴が、待っていた。




