新天地について
(天空都市群グングニル・中央島北西地区:エアーポート 三番ターミナル)
さて。俺達は午前中に行政と交渉(?)し、貸切の演習場を借りられることになった。
その名も、「ウェンカムイ演習場」。聞いたことのない名前だ。しかも、何故かそこは冬季限定営業だという。
大きな湖のある山村に、その競技場は存在するようだ。
おまけに、その村が位置するのは、最北島の中でも北の内陸部。秘境的地域である。
俺は少し不満だった。
だが、キーロはむしろ都合がいいという。
なんでだ?
キーロなりに考えがあるんだろう。
しかし、まだ話してくれていない。
荷づくりが忙しかったのだ。
キーロの部屋には分厚い専門書が何百冊もあった。
そのうえ、引っ越し業者に早く予約をとらないと、荷物が何もない状態で俺達だけが向こうに着いちまう。
かなり焦って、荷づくりをこなしたのが、今日の正午近く。
会話もほとんどなしに、俺達は黙々と荷づくりに勤しんだ。
それが終わった後も、トレーニング器具の買い出し(高価な製品は買えなかった。財布の都合で)や、生活品の準備(俺の布団や服など)に追われて、もうへとへとである。
キーロの休校手続きや、「東洋亭」への別れの挨拶、運悪く遭遇した週刊誌の記者からの逃走……。様々なことをこなしているうちに、あっという間に、夕方だった。
(※キーロは単位が足りているから、一カ月くらいなら休んでも進級に問題はないそうだ。というか、一年の時点で卒業要件をほとんど満たしている単位数なのには、驚いたな。やっぱり、キーロはそこらへんの女学生じゃない。因みに、天空都市の上級教育舎は全て単位制だ)
そして、いざ新天地へ向かうため、俺達は空港のターミナルにいる。
俺達が向かう競技場には、謎が多い。最北島行きのスカイ・リニア(※線路のないリニア・モーター・カーだ。天空都市独自のクラフト技術によって、空中を移動する。その時速は約700キロ。でも車内は快適だ。機内食の販売もある)を待っている間、キーロが色々調べていたが、詳しいことは分からなかったようだ。
分かったのは、
①ウェンカムイ演習場は、最北島の地方自治体が管理していること。
②その演習場は、最北島の内陸部北側に存在すること。
③周囲を湖と山に囲まれていること。
④その競技場には、地方自治体からの予算がほとんど計上されていないこと。キーロに言わせれば、演習場を運営する額としては少なすぎるという。
この二つくらいだろうか。予算がほとんど割かれていないというのは、言いかえれば金がかけられていないということだ。その規模、一番巨大なコロッセウムの三十分の一以下である。
――こんな額で、競技場を運営できるのだろうか?
いや、流石に無理だろう。
少なくとも、『普通の競技場』は無理だ。
言い方を変えれば、これから俺達の活動拠点になる競技場は、『普通じゃない』ってことだ。
どういう競技場なんだろう。
楽しみでもある。それ以上に、不安でもある。
……まあ、出たとこ勝負だな。
――それと、あと一つ。説明せねばなるまい。
俺達が向かう最北島についてだ。
最北島は、グングニル九島の中でも、最南島と並んで、最も自然の豊かな地域だ。
人も少ない。建物も少ない。
あるのは、雪山と大きな湖だ。
飛行許可をとる人間も多くないため、好きな時間に飛行訓練ができる。
ここは、最北島の長所だな。好きな時に好きなだけ飛べる。中央島ではこうはいかない。
空だけじゃなく、陸地の人口密度も過疎のようである。
「ウェンカムイ演習場」近くの宿泊施設を探したのだが、該当したのは一件だけだった。
山籠り用のキャンピングロッジしかなかったのである。
余所の長期滞在者を泊める施設は、そこだけだった。
キーロに相談したが、そこで良いとのお墨付きを得たので、俺はロッジのオーナーと交渉し、一カ月宿泊する商談を結んだ。
料金は驚くほど安かった。キーロの今までの家賃一カ月分と大差なしで、二階建ての広いロッジが借りられるらしい。
驚嘆すべき物価・地価だ。
キーロが最北島で納得したのも、こういう事情があるのかもしれない。
現時点で分かっているのは、これくらいだ。
あとは、現地に行って確かめるしかない。
丁度、スカイ・リニアが到着した。
行き先は、『最北島』。
俺達の目的地だ。
よし、それじゃ。
いって来よう。
新天地へ。




